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梅雨~昼

 取り敢えず今日の分だけの食材を買い、それからの分は明日の特売で買おう。中途半端に活気のある商店街を自転車を押しながら雑に計画を練ると、取り敢えず肉屋に向かい、八百屋を経由して何となく駄菓子屋に立ち寄ってみた。

 小学生の頃は、割りとよく来ていた。冬場以外だと基本開けっぱなしの引き戸を潜ると、両側に駄菓子の乗る木製の棚が立ち並び、奥座敷のレジ部分にはあの頃のお婆ちゃんが…………。


「秋山さん?」

「あっ、水瀬君」


 よくよく考えたらここの駄菓子屋、秋山商店だったな。今までまるで気づかなかった。どうする、このまま帰ったら俺は冷やかしみたいだし何となく面倒だな。


「えっと、いらっしゃい」

「あっはい」


 通常ならここで気まずくなるのだろう、しかし俺はそんな事無い。所詮俺と彼女は店主と客、バイヤーとサプライヤーでしかない、そこまで意識する理由なんてどこにもないのだ。

 そう思ってるのは少なくとも俺だけみたいで、さっきの一瞬、秋山さんの顔は一気に強ばった。障子の強度がそこに住む人間によって変わるのと同じで、その場の空気はやはりその場の人間によって変わるようだ。


「えっ、えっと水瀬君?」

「…………」

「おーい、水瀬くーん?」

「無理して話しかけなくてもいいですから」


 そう、これがお互いにとって最善の返答。楽しくもない話を嫌いな相手としたって疲れるだけだしストレスも無駄に溜まる、それくらいなら無関係でいた方がいいに決まってる。だから自責の念でか話しかけようとする彼女に俺は、無関心と無関係を提案したのだ。

 他人と無関係なら争いとは基本無関係だし、無関心なら争いは起きない。小学校でもまず最初にこれを教えるべきだと思う、夢は叶うとか努力は無駄じゃないとか、クラスメートは仲間とか。そんな事を教える暇があるなら、現実を教えてやればいいのに。


「別に無理してないし」

「今朝の一件もそうです。秋山さんは、俺に少し濡れ衣を着せるつもりがとんでもないものに飛躍し、俺が休学したことに少なからず罪の意識を感じてる。だからそうやって罪滅ぼし的な思考で俺に話しかけてるんですよ」

「水瀬君、絶対人間の事好きでしょ」


 なんで今のでこうなんだよ、最近の学生怖すぎ。


「水瀬君が皆に責められてる時もさ、意味わからないくらいみんなの事的確に言い抜いてたでしょ。多少解釈の違いがあっても、それだけ水瀬君は人を見てるって事じゃないかな?」

「敵を知らないと自衛できませんからね」

「水瀬君は自分に目を向けなさすぎだよ」

「……意味が分からないですね」

「もっと自分を見てあげて」


 何だよそれ、もっと自分を見てあげてだと。

 それじゃあまるで俺が誰かのために自分を犠牲にしてるみたいじゃないか、それじゃあまるで俺が偽善者じゃないか。俺は誰よりも俺に優しいと自負してるし、自分を犠牲にしたことなんてただの一度もない。

 なのに分かったような口ぶりで自分を見てあげてだと、ふざけるのも大概にしろよ。


「文化祭の時だってちゃんと弁解すれば、皆誰が悪いか分かってくれた筈なのに、言われるがまま全部一人で背負って。もっと自分に――――」

「張本人が言うことですか?」

「――――そうだけどさ」

「誰かに責められるなんて俺は慣れっこなんですよ、だからあれくらいの事じゃ俺は傷付かないですし、丁度良い休学理由ができてありがたいくらいです」


 だからその分かったような口ぶりはやめろ。

 世の中の言う他者への理解はただの、傲慢でしかない。分かった気になって、それを疑うこともせず傲慢と独断と偏見で勝手な答えを出す、それを勘違いや思い込みと言わず何て言う。


「本当に辛くないの?」

「勿論です」

「ならどうして復学しないの?」

「今の生活が気に入ってるからですね」


 少し癪だが、小春さんと過ごす日々が心地よくないと言えば嘘になる。体感速度緩めに流れる時間や煩わしい人付き合いに苛まれることの無い生活、身近に居て欲しくない脊髄で考えるバカもいない生活を俺はかなり気に入ってる。


「だいたい秋山さんがそこまで執拗に俺を復学させようとする理由がわかりませんね」

「…………」

「この際だからはっきり言いますけど――――」

「私の為」

「――――は?」


 この言葉の意味を一度で理解できる人間がいるとしたら、俺は間違いなくその人間を尊敬する。それくらい訳のわからないセリフが秋山さんの口から飛び出したのだ。

 窓の外はいつの間にか茜色に染まり始め、今朝の雨が嘘だったかのような快晴だ。


「まぁ、私も色々悩んで結局留年してさ。やっぱりクラスには中学の時の後輩とかもいたりしてなかなか馴染めないんだよね、だから誰でもいいから学校で話し相手ほしくて」

「ならなおのこと俺には関係無いですね」

「やっぱりそうだよね。でもやっぱり居場所がないって辛いもんなんだね、私気づけなかったよ。だからごめん」


 そこに居るのに居ない扱い、やはり経験は何事にも勝るようで俺には居ないもの扱いの辛さが身に染みてわかる。アニメなんかじゃ自分にされたいじめを加害者が受けて笑ったりするが、現実そんなもんじゃない。

 やられて痛いのはやられてる人間で、それを見て笑える人間もやっぱり、やってる人間だけなのだ。ならやられていた俺はどうなのか、理解したとは言わないが思うとこはある。


「居場所なんて秋山さんが座ってるその場所だけで充分ですよ」

「え?」

「秋山さんの場合はまだ、家に居場所があるじゃないですか。なのにどこにも居場所無いみたいなこと言わないでください。あっ、これお願いします」

「……あっ、百七十円です」


 言われた金額ちょっきしを宅の上に出して商品を鞄のなかに納めていく。そろそろ帰って夕飯の支度をしないと、小春さんが不機嫌になるしな。

 以前すっとんきょうな顔で固まる秋山さんのに少し頭を下げて俺は外に止めてある自転車に荷物を積んだ。


 商店街の賑わいは夕方と言う事もあり一日でもっとも賑わっている頃だ、そんな中を自転車で駆け抜けるのは些か危険なので俺は行きと同様、自転車を押してしょうてんがいをでた。

 子どもが誰一人いない閑散とした公園を横切り、少し坂を上っていくと我が家が見えてくる。俺の新しい居場所はこの自宅だ。


「ただいま」


 リビングに行くと、何時ものように縁側で涼む着物姿の美人がそこにいた。


「おかえりなさい」

「……うん。すぐ晩飯作りますから、少し待っててくださいね」

「はい待ったわよ」


 振り返りいたずらっぽい笑みを浮かべながらそんな子ども染みたことを言い出した。これにはドキッ、よりもイラッ、の方が強く反応するな。

 返すのも面倒なので少し嫌みに深くため息をついて俺は夕食作りに手をつけた。結局夕食がいつもより遅いと怒られたが、まぁそれは別の話。こうして俺の梅雨の一日はもう少しだけ続く。

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