梅雨~朝
いつの間にか梅雨入りが気象庁から発表された今日日。縁側から見る庭は、雨粒達に打ち付けられ所々に水溜まりを作っている。雨がやんだら庭の手入れしないとな、水溜まりとか放っておくと蚊が大量発生しかねん。
避難させた洗濯物を、比較的風通しのよい空き部屋に干しリビングに戻ると、こんな日でも自称春の亡霊は縁側に座っていた。
「何が見えるんですか?」
「今年ももうこんな季節なのね」
「と言いますと?」
「私くらい長く生きてるとね、一年が一時間くらいに感じるようになるの。少しまばたきをするだけで目の前の人の孫か娘を抱き上げてたり、でも最近は一日を自覚できるわ」
あぁ、人間には分からない話か。
でもまばたきした次の瞬間何もかもが変わってるなんて、タイミングによっちゃ異世界に飛ばされた感覚になるのかな。そう言うのってどんな感じなのだろう、一瞬でそれまで見てきた風景も環境も人間も全てが一変してしまう。少し怖いかもしれない。
加えて彼女は亡霊、誰にも基本認知されない存在だ。そこにいるのに居ないもの扱いはかなり堪えるけど、多分一瞬でなにもかも変わるよりかはましだな。
「だから夏輝には感謝ね」
「そう思うんだったら扇子諦めて成仏してください」
「うん、それ無理」
「はぁ」
そろそろ冷蔵庫も空になってくる頃合いだし、雨上がったら買い出し行くか。まぁ上がんなくても行かないといけないんだけどさ、面倒だけど。
どうせ雨はやまないので、俺はさっさと着替えて財布とエコバックの用意だけ済ませた。
「誰か来たわね」
「どうせ郵便かなんかでしょう、無視です」
俺の家にくる人なんて手紙の配達か宗教の勧誘くらいなものだ、そういう場合は無視に限る。
誰かは知らないがしつこく何度もインターホンを鳴らしてくる。俺のスルースキルはその辺のスルーとは一味も二味も違うことを教えてやる。
「水瀬君居ないのー?」
俺の名字はまぁ表札書いてあるから誰でもわかるが、君づけか普通。俺としてはさん付けの方が礼儀正しい気もする。
「あの服は、夏輝が以前通ってた高校の女子制服ね」
「は?」
「ネクタイの色からして二年生。夏輝の事知ってるみたいだし出てあげたら?」
「ならなおのことで無視ですよ。今更やめた高校の元同級生に訪ねて来られても、話すことなんて何もないですから」
「今出まーす」
「あっおい!」
通常彼女の姿は見えない、亡霊なのだから当たり前だ。そんな彼女が玄関を開けてしまうと、見えない人からすれば一人でに開いたように見えるだろう。
玄関先で悲鳴をあげられるのは迷惑だ。
俺が玄関に到着すると共にドアは開けられた。小春さんはしてやったりと言う面でこっちに微笑み、玄関先にいるビニール傘をさす茶髪の少女はかなり気まずそうな苦笑いを浮かべていた。
「えっと……久しぶり、かな?」
少しウェーブ気味のショートヘアーを揺らしながら、首をかしげる。小春さんとは対照的に発育のよい体付きをしており、スカートから覗かせる太股は程よくむっちりしている。
元クラスメート、名前は確か秋山悠里だったかな。俺が居場所をなくす原因を作ったのはこいつだ。
「何のようですか?」
「えっとまぁ、今更なんだけどね、その……謝りに来ました」
「なんの事か分からないんで帰ってください。てか学校はどうしたんですか?」
「創立記念日で、ここくる前にちょっと学校によったの」
だからと言うわけではないが、秋山さんを家にあげるつもりなんて欠片もない。それに彼女の言う通り今更謝られても、と言うか事がすんでから謝られても仕方ない、俺が高校をやめたことにかわりないしこの件を知ってる人たちの中じゃ、たった一つの真実は見つけられてるのだから。
「俺のせいにして自分は助かったんですよね、ならもういいじゃないですか。俺みたいな非リアぼっちは放っておいて、楽しい学生生活を送ってください」
いつも自分が悪いなんて事はない、周囲や世の中が間違ってる事だって沢山ある。しかし人間を取り囲む環境は自分の過ちを認めないことを許さない。教師が、同級生が、真犯人が、謝ってしまえば本当に犯人になってしまう、しかし失敗も成長だと間違いを認めさせようとしてくる。
そんなのは成長ではない、敗北と呼ぶ。だから俺はたかだか文化祭ごときで俺の敗北を、俺の過ちを認めたりはしなかった。
「でも、水瀬君学校やめちゃったし」
「やめなかったら謝らなかったんですか?」
俺が間髪いれずそう言うと彼女は口を閉ざした、横で見ている小春さんは少し慰めるような顔をしてるが今は関係ない。
秋山さんの言って欲しいことはわかる、わかるが俺がそうする道理なんてのはどこにも無くて、ましてや被害者の俺が優しくするなんてのは基本的にあり得ない話だ。
許してもらえないだろうなんて予測はついていたはずだ、多分だからここまで謝罪が遅れた。許してもらえない、それでも自分の過ちを認め、迷惑をかけた人間に謝る姿勢には少しだけ好感が持てる。
「返す言葉は無いけど、謝らせてよ」
「…………」
「本当にごめんなさい」
「ならもう、俺の事は忘れてください。それで許します」
「嫌……だけど今日のところはもう帰るね」
それ以上の会話はなかった。彼女が去る頃には雨も上がり、空には光の屈折で七色の虹がかかっていた。俺も食材の買い出しにいこう。
靴箱の上においてある鍵入れから自転車の鍵を取りだし小春さんの方を向く。すると彼女はまだ慰めるような顔をしていて、もしかするとさっきからこの顔は俺に向けられてたのかもしれない、そう俺に思わせた。
「優しくする道理なんて何もないのに、優しいのね」
「そうですよ、俺は優しいんです。じゃなかったら今ごろあの高校はマスコミに囲まれて授業どころじゃ無いですから。買い出し行ってきます」
「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい」
雨がやみ、強い日差しに湿気がどんどん上がっていく。あと二週間もすれば夏も本番だろうか。でも家にいる俺には関係ないな。
水溜まりを避けつつ何時もの商店街に俺は向かった。