初夏~昼
俺の家には春の亡霊がいる、あくまで自称だが春の亡霊がいる。俺は別に幽霊が見えたりするわけではない、むしろそういったものは全く感じないくらいだ。なのにどうしてか、俺にはそいつが見えるのだ。
薄紫にも見える長い黒髪のストレートヘアーや、春の亡霊らしく桜の柄の単純に綺麗な着物を着た、見た感じ二十三才前後。亡霊だからか肌は全く日に焼けておらず、シミや皺までないと言うチート並みの容姿をしている。
大人の色気と言うのか、とにかくふとした仕草でさえ目を奪うには充分すぎるほど調っていて、あまりに調いすぎて恐怖さえ覚えてしまうほど。
そんな彼女は今日も昼下がりの縁側で日向ごっこをしているのだ。
あまり身長は高くない、体つきも一貫して細い、そのせいか触れれば壊れそうな儚さをも醸し出している。ただの日向ごっこでだ。
「今日も消えてないんですね」
「随分な挨拶ね。お姉さんの気が引きたいのかしら」
子どもをいなすような態度で俺の言葉をかわすと、ふふっと笑いかけてきた。
今だにその笑顔になれない、ドキッとしてしまうし顔も熱くなる。
「あら、また赤くなってる。本当に夏輝は初ね」
「いい加減なくした扇子は諦めて成仏してくださいよ小春さん」
「うーん、無理」
「はぁ」
こんな広い屋敷に一人っても寂しいけど、小春さんみたくからかってくる人も面倒だ。さらに何が迷惑かと言うと、亡霊の癖に家のもの限定だけど物理干渉してくることだ、そしてそのルールいわく俺は家の家具や食器と同等らしい。
小春さんの横に湯飲みとお茶菓子をおいて、廊下を挟んでリビングに戻る。
彼女が消えれないわけは何か、それは俺も彼女も知っている。どうやら遥か昔、親の形見の扇子を何処かになくしたらしい。そんなもの見つけようがないだろ、本当にあったかも怪しいところだし。
「そんなに見つめてどうしたの?」
「本当にその扇子は――――」
「口は災いの元って言葉、知ってる?」
「――――今日の晩飯何にしましょうか」
「さっぱりしたものがいいわ」
「ならよかった、鰹のたたき作ってあるんですよね」
「なら何で聞いたのよ」
彼女いわく、美味しい料理は長く生きる者の癒し、俺にはよくわからんが多分退屈なのだろう。
それでも俺も小春さんも昼食はとらないから基本的に一日二食で済む、それは作る俺からすればかなり楽なことだ。彼女が見え始めた三年ほど前から急ピッチで様々な料理を、言われるがまま覚えてきたがそれでも面倒なものは面倒なのだ。
「夏輝もこっちで一緒にのんびりしない?」
「しません。そもそも夏だし、今日の日差しは人間には厳しいですから」
「何を言いたいの?」
「面倒なのでパス」
「昔は、私が誘えば男色家以外は皆いくらでも貢いでくれたのに。私も落ちたものね」
そう言うと湯気のたつお茶をすすった。これで落ちたのなら昔はどんなだったのか想像もつかない、本人もその事をわかってる節があるし本当に厄介だな。
どうでもいいが胡座をかくより女の子座りの方が座りやすいし、机にも突っ伏しやすい。
腕を枕にうとうととしてしまう。テレビは面白くないから見ないし、少し視線を正面にすれば影はないが光を浴びる小春さんが見える。
夏に差し掛かって気温も少しずつ高くなる今日日、しかしこの日の気温は昼寝には丁度いいくらいで、俺の意識は睡魔に誘われるがまま深い眠りに落ちていった。