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異世界転生だにゃあっ!!  作者: 紺堂 猫文
4/6

にゃあの4

 



 エルミラに引きずられた和樹が部屋から出ると、そのまま手を引かれて館の中を歩き回った。


「エルミラ様、いったい何を……」

「人がいない場所に行く」


 そうして連れて来られたのは、エルミラの部屋らしかった。

 エルミラは周りを見渡し、誰もいないのを確認すると、素早く和樹をその部屋に押し込んだ。


「ちょ、ちょちょ……」

「しずかにっ」

「ナァァっ」


 和樹の後ろでエルミラが扉を閉めた。

 ……そこは、普通の部屋だった。

 アスタロトの館の中は、その壁面のほとんどが、気高さのある赤い色だった。

 この部屋もそうなのだが、他の部屋に比べると調度品が何もない。テーブル、椅子、それだけ。

 ベッドすらないのだ。


(武人の部屋って感じだ。さすが魔剣三宝……)


 窓から差し込む淡い光が、優しくテーブルを温めている。和樹の腕の中で子猫が動くと、器用にそのテーブルに飛び移り、丸くなった。


「お、おいおい」

「良い。……放っておけ」


 武人然とした声に振り返る。

 そこでは、膝と膝をすり合わせ、胸の前で手を握りしめているエルミラが、じっっと子猫の事を見ていた。


(キュンキュンしちゃってるじゃないですかー…)


 和樹の目の前のエルミラは、見とれる程に美しい。

 黒と白の髪も、金色の目も、真っ白な肌に浮かぶ唇も、途方もなく美しい。

 しかも、エルミラは魔族の例に漏れず、和樹よりもずっと歳上のはずなのだが、和樹の目には自分とたいして変わらない少女に見えた。


 エルミラは、和樹の視線に気付くと、背筋を伸ばした。


「な、なんだ?」

「……動物、好きなんですか?」

「バカな事を。……魔族はそんなものは好きじゃない。私の主食は生肉と生き血だ」

「そ、そうなんですか……」


(……どうやら、『かっこ悪い』事なのか。アスタロトも、やたらと「魔族が怯えるなど…」みたいな事言ってたしな)



 子猫は陽だまりのテーブルで、幸せそうな顔をしていた。すぐそばの窓際に置いてあった美しい鉢植えが、和樹の目に入った。


(……綺麗な花だ。エルミラも女の子なんだな)


 その鉢植えの土に、まるで漫画の吹き出しのような形の、紙製のポップが刺さっていた。

 そこには何かが書いてある。


(なになに……)




『魔界地獄草 …… 毎日、昼の三時に生き血を撒いてあげましょう。そうすると、深夜に「ィィィァアアア……」と、かわいらしい鳴き声をあげるようになります♪ アスタルテ』




 ……価値観が違いすぎる。

 和樹はめまいを抑えてエルミラに話しかけた。


「エルミラ様、これは……」

「……ああ。それはタルテ様が大切にしている花を、株分けしていただいたのだ。優しいあのお方にお似合いの、可愛らしい声で鳴く」

「ィァアアアアアって?」

「正確には、……ィィィァアアアアアッ!! ってだ」

「そ、それは良いものですね」

「うむ」


 帰りたい。

 和樹の頭にはそれしかなかった。


「ところでエルミラ様、お話って…」

「む、…ああ、なんというか、」


 チラチラと子猫を見ているエルミラは、何かを言い(よど)んでいる。

 触りたいのだろう。だが、言えないのだ。


「……エルミラ様、申し訳ありませんが、トイレに行ってもいいでしょうか。すぐに戻ってきますから」

「ん? ……あ、ああ、そうか。ならその扉を開けて奥だ。……ゆっくりでいいぞっ」

「はあ」


 和樹も一人になりたかった。

 少し考え事をしている間に、エルミラは存分に子猫を堪能するだろう。

 和樹は指でさされた扉を開けると、その奥へと進んだ。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「さて」


 エルミラの部屋から出てトイレに行くつもりだったのだが、そこは廊下になっていた。その廊下に幾つかの扉が並んでいる。

 どうやら『エルミラの部屋』といっても、この広大な屋敷の中に作られた、別の家のようになっているらしい。


「マンションみたいなもんか。……じゃあさっきの部屋は玄関って感じなのかな。ベッドすらなかったし」


 和樹は、別にトイレに用はなかった。

 一人になれる場所ならどこでも良かったので、手近な扉を開いた。


「……ん、ここは」


 ベッドルームだ。

 部屋の真ん中にピンクの寝台が置かれている。

 その可愛らしいベッドは意外に思えたが、そんな事よりも、急いで和樹はその扉を閉めた。


「……こ、こんなとこに居るのを見つかったら、死の予感しか見えない」


 こういう時、クローゼットの中に隠れて、見つかりそうになって汗を(ぬぐ)ったら、それがエルミラのパンツだったりするのだ。

 そんな事になったら必ず殺される。


「間違いなく、魔界地獄草の上でブチまけられるよ…」


 すぐに扉を閉めて、別の部屋へと入る。

 ……その部屋は、物置のようだった。

 部屋の奥に姿見の鏡が立てかけてあり、棚には色々な箱が置いてある。

 壁の一面は引き戸になっているし、おそらくその中にも様々な物が置いてあるのだろう。


「……どうせ十分くらいで戻るし、ここでいいか」


 女子の家のトイレにこもるのも、考えようによっては失礼だ。

 別に、この部屋を漁るつもりもないし、和樹は部屋の床に、直接尻をつけた。


「……あー。しかしビックリしたなあ。猫なんて殺せないもん。けど、」


 ひょっとしたら、あの子猫をうまく使えば、自分の境遇を、向上させる事が出来るかもしれない。



(アスタロトは心底ナルシストだから、猫には興味がないらしい。……けど、他の人達は明らかに猫にやられてた)



 塵となり消えた、オルドの姿を思い出す。

 言葉ひとつ間違えただけで、殺されるかもしれないなんて、人間の生活とは呼べない。

 ……あの子猫は、和樹にとっての救世主となるかもしれない。


(よし、そうしよう。……俺は、この世界で、平穏に暮らしたい。それで時々エルミラとかに猫を撫でさせてやるだけで、みんな俺に優しくしてくれるかもしれない)






 そこまで和樹が考えた時、どこかで扉が開く音がした。

 それを聞いた和樹は、つい引き戸を開けて中に隠れた。


(エルミラ? なんだ?)


 この部屋にいる時間は、まだ数分しか経っていない。トイレに居るはずの和樹を呼びにきたとしても、早すぎる。

 すると、和樹が居る部屋の扉が開かれた。


(い……!!)






 ——ふんふん、ふふーふ



 ……機嫌良さそうな鼻歌が聞こえる。

 和樹は引き戸の隙間から部屋の中を見た。



 ——にゃあにゃあ、ねっこねっこ、にゃあにゃあにゃあ〜〜♪



(……完璧に、やられてやがる)






 ——『光よ』


 エルミラがつぶやくと、薄暗かった物置の中に光が溢れた。

 引き戸の狭い隙間から、和樹が向こう側を覗くと、エルミラがおもむろにコートを脱ぎ始めた。


(な……っ!!)


 エルミラは、黒いコートの下に、金属製のかたびらを着ていた。それも手早く脱ぎさると、ドサリと床に置いた。

 その下から現れたもの。



(デッ……でかあーーーーーいっ!?)



 真っ白い肌の上に、清楚な白い下着を身につけている。

 履いている長ズボンも脱ぐと、やはり白い下着が現れた。

 エルミラは、下着姿のままで、脱ぎすてたそれらを綺麗に畳むと、棚の上に並べた。



(な、なっ……ええーーッ!? そんな、エーーッ!? ま、魔族、白!? ちっちゃいリボン……え、エーーッ!?)



 和樹は、どっと流れ出した汗を布で拭う。

 身動きする度にぶるぶると揺れている胸を、エルミラは忌々しげに見ていた。

 棚を覗きながら、何かをしているエルミラの鼻歌にまじり、小さな鳴き声が響いた。



 ——ミャア?

 ——あ……

 ——ナアアオ?

 ——んーー……!!



 エルミラは子猫を優しく抱き上げると、満面の笑顔で頬ずりしていた。

 くちびるでつまむように、猫の鼻をついばんでいる。



 ——かわいいよーーっ!



(同感です……!!)




 ——ナアア……

 ——ハチを探してるの? トイレに行ってるからすぐ戻ると思うよ


(ね、猫に話しかけてる……)



 ここで、和樹は幾つかの考えに至った。

 ……なるほど、エルミラは、自分がトイレに行っている間に、着替えを済ませようとしていたようだ。

 そして、この部屋は物置であると同時に、どうやら、衣装部屋でもあるらしい。

 考えをまとめながら、額の汗を拭う。



 ——いっしょに着替えようね

 ——ナアア!?



 そう言うと、エルミラは胸の谷間に子猫を挟み、そのまま立ち上がった。子猫から両手を離して部屋着を選んでいる。

 挟まれた子猫は、顔だけを谷間から覗かせて宙ぶらりんになっていた。



(……ば、万乳引力……?)



 乳トンもビックリ。






(お、落ちないの? それ落ちないの!?)


 額から流れ出る汗を、ひたすら布で拭う。



 ——そろそろおやつの時間だから、一緒に食べようね

 ——ナアア……?

 ——なああ〜〜♪






(おやつ……もう三時か。三時になったら、魔界地獄草にも血をやらなくちゃいけないんだっけ)


 そこで、和樹は色々な事を悟った。


 ……どうやら、この物置は、『ウォークインクローゼット』と呼ばれる場所だったらしい。

 そして、自分がさっきから汗を拭っている布を、目の前で広げた。

 隙間から差し込んでくる光で照らしてみる。


(……これは、ピンクか)


 和樹が居る引き戸の中には、幾つかの箱が置かれていた。その中から手探りで、もう一枚抜き出した。


(……みずたま)


 下着置き場(・・・・・)の中で、和樹は悟った。

 ……自分は、

 部屋の持ち主から隠れて、

 クローゼットの中で、

 持ち主のパンツで汗を拭いているらしい。



(……今は三時か。魔界地獄草……)



 即死不可避。

 それを認めた和樹は、ポロリと流れた涙を『みずたま』で拭った。





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