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異世界転生だにゃあっ!!  作者: 紺堂 猫文
2/6

にゃあの2

 



「面妖な生き物が転生してきたと……?」

「は、はいっ! そうでございます!!」


 魔剣士エルミラは小間使いの男とともに、転生の間に向かっていた。


「……だいたい、月の巡りからして、次の転生の儀はまだまだ先のはずだったが」

「預言者トリオン様が言い出したのです。……平和の神獣がやってくると!!」

「トリオン殿……またおかしな事を言い出したな。魔族が平和を求めてどうするのだ」



 魔剣士エルミラは、そう言ってため息を吐いた。

 彼女は美しい女だった。

 美しすぎる女だった。

 しかし、武門の家に生まれた彼女にとって、それは邪魔なだけだったのだ。

 大陸の戦役に参加しても、どれだけ戦果をあげようが外見の事だけを言われる。

 魔王の側近の誰よりも強いのに、認めてもらえない。


『美しすぎる魔剣士』と呼ばれ始めた頃に、全てがアホらしくなり、長かった髪をバッサリと切って、魔公爵アスタロトの領地にやってきた。

 アスタロトは彼女の容貌に興味を示さない、変わった人物だったのだ。


(全く……アスタロト様以外の男というのは)


 今も小間使いの男が、コートの下で押さえつけている自分の胸の膨らみを、チラチラと見ているのは知っている。

 どいつもこいつもこうだ。本当に嫌になる。

 ……エルミラがコホンと咳払いすると、男はバツが悪そうに目をそらした。


「え、えーとですね、それでまあ、アスタロト様にお目どおりする前に、エルミラ様にね、ほら、…ね?」


 気がつけば転生の間まで来ていた。

 男というのは、エルミラの前では喋り方がアホだ。

 …なんでどいつもこいつもこんなんなんだろう。

 エルミラはそんな思いを飲み込みながら、その部屋の扉を開けた。


「……おい。お前は来ないのか?」

「いえ、俺はちょっと……、なんか嫌な感じがするんですよ、そいつ」

「お前はすでに見たのか。…切っても構わんのだな?」

「それはエルミラ様にお任せします、はい」


 チキ……。

 魔剣三宝が一振り、オーベルルージュを抜く。

 すると、転生の間の入り口に立てかけてある、巨大な姿見に映る自分が見えた。


(全くこの屋敷は、どこにでも鏡がある……)


 魔族の中でも獣人との混血である彼女は、その体に剣虎の特徴を受け継いでいる。

 白と黒が交互に生えている短い髪の房、それが逆立っているのが見えた。


(……なんだ? 私は緊張してるのか)


 白い眉毛は険しく釣り上がり、その下の金目の虹彩が細くなる。

 唇の奥で、自分の剣歯が伸びるのがわかった。


 その時、かたりと。

 部屋の奥から音がした。


「動くなっ!! ……な、……なんだ貴様はっっ!?」






 ————————————————






 読者諸兄は八密和樹(はちみつかずき)を覚えているだろうか。


「おい、ハチ。アスタロト様が呼んでんぞー」

「ぼ、ぼくですかぁあ〜〜?」


 こんなのである。


「なんかエルミラ様をはじめ、御大たちが集まってんぞー。うひひっ、おめえ、今日あたり喰われるんじゃねえか?」

「た、助けてくださいよオルドさんっ!!」

「むーりむり。俺なんかが何を言ったところでどうにもなんねえよ」

「いや、嫌だあああああっっ!!」


 小間使いの男、オルドは和樹をひょいっと担ぎあげ、公爵の間へと向かった。

 ちなみにこのオルド、一応魔貴族であるが、アスタロト配下の中ではこんな扱いをされていた。


「なんかよ、転生してきたのがおかしな奴でよー。……それで、アスタロト様がお前に話を聞きたいんだと」

「た、食べられないですか?」

「聞かれた事に答えられなかったら食われるかもな」

「いや、嫌だあああああああっっ!!」

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 和樹の体を担ぎ上げ、屋敷の階段を上がってゆくオルドは、全く疲れるそぶりを見せなかった。


「アスタロトさまー、オルドっすー。入っていいすかー?」

「……入れ」


 オルドが扉を開けると、和樹の目にその部屋の様子が飛び込んだ。

 ……部屋の入り口から奥へと長机が伸びている。豪華な席に座る人物たちを和樹は見た。


(……『七壊パイモン』、『狂学ベルフロー』、『魔剣三宝エルミラ』、それに、魔界大公爵アスタロト……!! し、死んだ!!)


 他にも和樹が名前を知らない者たちが数人居たが、なぜかエルミラだけは席につかずに、落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた。

 震えながらその様子を見ていた和樹に、長机の最奥に座るアスタロトが声を出した。


「……ハチ」

「は、はいぃっ!?」


 その部屋には至る所に鏡が置かれていた。

 アスタロトは長机の上に置いた手鏡を覗き込みながら、和樹に向けて話しかけている。

 和樹は、世界最高の美貌を持ってこの世界に転生出来なかった。

 しかし、世界最高の美貌を、この世界で見た。

 黒い長髪の男、魔界大公爵アスタロト。



「……異世界からおかしな者が来た。……余の配下は、なぜか皆、心を乱されておる」


 和樹が部屋の中を見渡すと、まず七壊パイモンの姿が目についた。

 ……パイモンは身長三メートルを越える老武将だ。しかし、七壊(しちかい)の異名の元になった六本の腕から繰り出される、鈍器による打撃。

 食らった相手は死ぬ。

 そのパイモンが六本の腕を組んで、口をへの字に曲げていた。


(……こっっわ!! すっげーこえー顔してるよじいさんっ)


 その向かいに座る、狂学ベルフロー。

 この領地の頭脳としてアスタロトから信頼されている彼女も、なぜか顔を青ざめさせて眼鏡をしきりに動かしていた。


(……なんだ? まさか、とんでもない奴が転生してきたのか? ……俺の境遇を救ってくれる勇者みたいなのが、本当に来たのか!?)


 魔剣士エルミラも美しい唇を歪め、ブツブツと何か言っている。


(……あの人は確か、一対一だったら世界でも十番以内に入るほどの強者だって聞いた事がある。そんな女が、明らかに怯えている……!! 俺は、救われるぞ!!)



「……どうしたハチ。嬉しそうな顔をしてるな」

「いやいや、別に……」


 アスタロトから話しかけられても、先ほどよりも恐怖心が薄くなっていた。


 …出てこい勇者、こいつら全員懲らしめてくれ!!

 和樹がそう思っていると、アスタロトがオルドに話しかけた。


「そういえば、オルド。……お前、さっきなんて言って部屋に入ってきた?」

「え? なんしたっけ? 入っていいすかー?」

「そうだった。……ハチ、離れろ」

「え」


 ヒュボンッ!!

 アスタロトがオルドを指差すと、オルドは塵になり消えた。


「……口の利き方に気をつけろ」



(……こ、殺、……この部屋は、命の価値が、暴落してる)






 七壊パイモンは下を向いて唸りをあげている。

 狂学ベルフローは眼鏡を、エルミラは先ほどよりもウロウロのペースを上げた。

 アスタロトが鏡を覗き込みながら指を鳴らすと、入り口以外に二つある扉の一つが開き、中から(かご)を持った男が現れた。


「……開けろ」

「か、かしこまりましたっ!!」


 長机に置かれた籠が開くと、その中から声がした。



「……にゃ〜〜お」











 パイモンは腹を押さえて下を向いている。

 ベルフローは眼鏡を壊した。

 エルミラはウロウロした。



「なあハチ。この生き物はなんだ?」


「……ナ〜〜オ?」



 猫だ。

 これは猫だ。


(……なんだ? 茶トラ? 茶白? よくわかんないけど、よくいるやつだ)


 全体的に茶色の毛で覆われているが、腹を含む前面が白い子猫だった。

 和樹がパイモンを見ると、鬼のような顔が、くしゃりと一瞬だけ破顔していた。

 しかし、アスタロトが声を出すと、その顔もすぐに元に戻った。


「……これは、なんだ?」

「いや、猫じゃないですかね」

「ネコ……?」


 アスタロトが猫に向けて声を出すと、子猫は首を傾げて一声鳴いた。


「ナ〜〜オ?」


 ぶひゅっ。

 変な音がするとベルフローの鼻から変な汁が出た。

 エルミラのウロウロは、もうほとんど早歩きになっている。


「……そうか。こいつはネコというのか。いや、どうも余の配下達が、こいつに怯えているのだ。こんな無力な存在に……」


 アスタロトが子猫の首を掴むと、自分の顔の前に寄せた。すると、子猫はアスタロトの目を覗き込むように鼻を突き出した。


「……にゃぁあ〜」

「ふ、ふひっ」


 パイモンの喉からおかしな声が漏れた。


「……ずっとこの調子だ。パイモン、腹痛はまだ治らんか?」

「も、申し訳ありませぬ。いた、痛たたたたたた……」


「ベルフロー」

「風邪ひいてて、ちょ、ちょっと鼻水が……」


「エルミラ」

「は、はい」

「この『ネコ』を切れ。やはり貴様にしか務まらん」

「で、出来ませんっ!」

「……なに? 貴様、やはりこんな矮小に怯えているのか?」

「ち、違います、本当に違うのです!!」

「ならば殺せ」



 ——痛、痛たたたたたっ!

 ——ふ、ふえっくしょん!

 ——ウロウロウロウロ





(……ね、猫は、この世界にいないのか?)






「なあハチ、お前に頼みがある。

 余の配下はどうも様子がおかしい。

 ……この『ネコ』を、お前が殺せ」






 和樹は周りを見渡した。

 パイモンの目が憤怒に染まり和樹を見ていた。

 エルミラは和樹を見て、オーベルルージュを鞘から抜いた。

 ベルフローは壊れた眼鏡をギュッと握りしめた。ガラス片がその手から血を噴き出させる。

 すると、ベルフローは長机に血文字を書いた。



『やったらお前を殺す』



 アスタロトが長机に子猫を離すと、子猫は、とととっ……と和樹の元に走り寄って来た。

 和樹の手に頬をすり寄せる。


「ナアア……」


「ふぬっ!!」

「ぐぎっ」

「……チッ」


 パイモン達が三者三様の顔で、羨ましそうに和樹を見ていた。

 そして、日本にいた頃はおばあちゃん子であり、やたらと動物に好かれる才能を持つ男、八蜜和樹はこう思った。



(羨ましがられても、俺、犬派だし……)



 ……八蜜和樹は、特に主人公というわけではないが、彼の視点に近い場所でこの物語は語られる。




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