サクマとアクツ 0
単純な少年、サクマは自分の日記帳をある日紛失する。歪んでいくサクマの日常。サクマを嘲笑う風変わりでニヒルな少女、アクツ。そして孤独な二人の彷徨。少年少女が大人になっていく残酷な瞬間を切り取る物語。
僕は幸せだと思う。
なぜなら、衣食住に困らないし、家族もいるし、友達もいる。その上、今のところ先生に叱られるような要素はない。みんながしんどいって常々こぼす宿題だってちゃんとやってる。足りないものなどない。みんなは違う。何かひとつあるいはそれ以上、足りないものを持っている。だから、「自分は不幸だ」って嘆いたり、人に言ったりするんだ。
例えば、アクツさんのように。彼女はいつだって不満で、場所を問わず、誰彼構わず、噛み付いてしまう。それゆえ彼女はクラスの、いや、学校の問題児と見なされる。当然、彼女は孤立した。生徒ばかりか先生までもアクツさんをまともに相手にしない。彼女は頭がおかしい。あるいは甘やかされすぎて我が儘に育ってしまったのだ。それが「みんな」がアクツさんに対して下した処分だった。僕は思う。彼女は極端すぎるのだ。愚痴や不満なら誰だって言うよ。でもそれは「多かれ少なかれ」なのだ。多くの人間は、ストレスを感じさせるものと出会い、打ちのめされ、そして立ち直る。あるいは無意識の彼方に追いやる。だから同じことでくよくよ悩んだり、いつまでもぎゃあぎゃあと喚き散らしたりするのは、僕の知るかぎりではアクツさんだけだ。
――――と僕は日記帳に綴った。
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
誰もいない家の中で、僕はノートを慌てて閉じた。人に見せられる代物ではない。今日は友達が遊びに来る日だった。日記を書いているうちにすっかり忘れていた。僕は戸口に向かい、応対した。ドアを開けると僕の友達がいた。でもその陰に隠れて会釈してくる呼んだ覚えのない子に僕は気が付いた。
「飴ちゃん、出るの遅いじゃん」
友達は威勢よくぶうたれた。僕の苗字は佐久間だ。なんでも缶入り飴のメーカーと読みが一致したらしく、僕はクラスで飴と呼ばれている。
「進ちゃん、ごめんごめん。ところで、その子は誰?」
「誰って、5組の山本だよっ。お前も会ったことあるだろ」
進ちゃんが山本君と一緒によくトイレに行くことは知っていた。でもそれは僕と彼が面識があることを意味しているわけではない。
「その子、来るって言ってなかったよね」
「お前が帰った後でさあ、コイツがお前に会いたいって言ったんだよ」
「ほんとに?」
僕は半ば信じている表情と口調を使ったが、大いに疑わしい。
「ガチに決まってんじゃん、なあ」
山本君は申し訳程度に肯く。
「まあ、そういうことですわ。いけませんかあ?」
進ちゃんは僕に詰め寄る。その剣幕に僕は怯み、結局二人を部屋の中に通した。