10.終わる
例えば、凶器が人を好きになれるだろうか。
人が凶器を好きになれる事があっても。
起きれば、ドンキーは正座して、私を待ち構えている。
「おはようございます」
ひと晩、私が出てけと言ったがために、帰っては来ずに何処かで明かしたのだろう。だが帰ってきた。規則正しいドンキー。従順なドンキー。私のために尽くすと言ってくれたドンキー。美しい、お人形のドンキー。
「ご決断を」
彼女の唇は、機械的に動く。表情は無い。
「決行は……やめる」
私の言葉は、決意に満ちていた。
「何故」
ドンキーの目は見開かれる。
「あれは、私じゃなかった……私には、無理だ」
自信喪失をした男の、諦めの決意。私には、到底できる事ではなかったのだと、ひと晩かけて導き出した答えである。夢を見ていた。ヒーローになる夢を。だが光には憧れていて将来を展望し歩んできたものの、私を闇が真実であるかの様に誘われ、落とされて、転落していく一方で、さらに、底辺にも届かない。
光にも満たない、闇にも行き着かない。まるで空に浮くマリオネットだ。滑稽な。
素敵な凶器があったのに。
間を置いた後、ドンキーは坦々と、言った。
「迷いは、方向を変える」
「え?」
「クダラナイ人間のプログラム」
彼女は、冷ややかだった。
「早く決断すればよかったのに」
彼女は、怒っているのか。
「すまない」
「契約を結んでいたなら、不履行です」
契約? ああ……
「私は、貴男が私を使用する事を条件に、現実世界に呼ばれたのです」
そんなものがあったな。猶予期間だったはずだが。
「貴男が私を使用し犯罪者にならないと、私がここに居る意味がなくなります」
犯罪者か……。そして君の存在理由が、それか。
私が犯罪者にならないと、愛した君が、消えてしまう。
私が犯罪者にならないと。
「だから人間は嫌よ……嘘をつくから」
嘘じゃない。私が愛したのは君だ。凶器である君だ、証明してみようか――。
気がつくと俺は、彼女の首を絞めていた。彼女、ドンキーは死ぬはずがないのではないか。何故なら凶器だから。だが絞めている間は、そんな事は忘れている。
興奮して息を切らして果てた後、死なない彼女はこう言ったのだ――俺の頭を『掴んで』。
「愛してた……」
俺は死ぬのか?
息ができない、真っ暗だ……。
真っ暗だよ……。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
荒い息づかいが、聞こえる。何処かの家で、婦人が、自分の夫を殺害した。
手に、灰皿を持って。それで殴ったんだろう、男を。
「あああぁぁあああ」
断末魔の様な悲鳴だった。
愚かな。
人は過ちを繰り返し、
繰り返し、繰り返し、
ゼロに戻ろうとする。
許されるわけがないのに、許されようとする。
何のためにだ。
断ち切らなければならないのに、できない、誰かの手を借りたい。
薬を頂戴。ちょうだい……それが無いと、生きていけないから……。
私を許して。許して……優しい、誰か。
玄関の、インターホンが鳴ったので出ると、真奈美が居た。
心配して様子を見に来たんだ、と言った。玄関から肩越しに、後ろを見て彼女は不思議がる。「ひとりでずっと、何してたの……?」
乱雑に散らかっていた部屋の中を見ては、首を傾げて困った顔をしていた。
「『彼女』と話をしてたんだ、ずっと……」
手には、石でできた精巧な女性の像が握られて、少しだけ微笑んでいる。
彼女の名はドンキー、彼女と過ごした数日は――夢じゃなかった。
真奈美は、何もかもを知っているかの顔で、諭すように誘いかける。
「さあ。病院へ、行きましょう……」
《END》
ご読了ありがとうございました。
走り書きとなりました。細かい修正、ブログ、挿絵などは改めて後日となります。
それではまた何処かで☆あゆみかん(H25.8.13)