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1.私は凶器

抜け出せない封鎖されたネットや心理と社会の闇を突く

それは事実と共に


無差別殺人者の心理


挿絵(By みてみん)



 ディズニーランドは、きっと今でも忙しい。

 確か、小学生の時に行った覚えがある。あの頃は、私の絶頂期だった。

 今は居ないが、両親が居た。父親が事故で亡くなるまで、母についていた私は苦労もろくに知らず、悠々と時間を過ごしていたと思う。

 今は東京ディズニーランドじゃ30周年だからと「ザ・ハピネス・イヤー」を掲げ、花火やパレードで毎夜、盛り上がる。スペシャルイベントと言って夏祭りだ大騒ぎだ。いいね、楽しそうで。そんな華やかな所、私には縁がない。同じ土俵で過ごす気も、「関わる」気も全然ない興味がない、だが……。

「彼女」が来てしまったからには、その嘘もバレる。


「初めまして、貴男(あなた)の名前を教えて。私の名はドンキー。『ドリームランド』から来ました」

「えっ……」

「よろしくね」

 私は、たじろいだ。無理もない、何も無い場所から、突然に現れたのだから。

「驚いたでしょう。でも本当なのよ」

 彼女はクス、と薄笑いを浮かべて私を上目で覗いた。彼女、ドンキーと言ったが、目をひく容姿をしていた。普段女に興味のない私でもハッと息を飲む様な美しさ。どういったらいいのだろうか、手足は細く華奢な体つきで、茶色がかった髪がストレートに長く腰まで伸び、小振りだが膨らんでいる胸をそれで隠している。薄いピンクのワンピースを着ていて白のボレロを羽織り、露出は少ないが腰のくびれは、はっきりと目立つ。

 彼女を美人と思わせるのは、その立身からだろう。華麗な宝塚歌劇団の団員ら役者を記憶の底から次々と引っ張り出した。あれを観に行ったのは何時いつ頃だ、やはり私の絶頂期の……。

「突然でごめんなさい。でも、貴男が私を呼んだのだから」

 彼女――目の前の美人は、誘いかけているかの様に私を見る。思わず「やめろ」と制してしまいそうだった。彼女から目を逸らし、私は片づけられていない炬燵こたつテーブルの上を見た。カップ麺の空と、缶ビールが2缶。これから録画した野球中継でも観てそのまま酔い万歳で潰れ倒れるつもりだったはずで。すっかりと予定が狂っている。ついているテレビのニュースもそろそろ終わる頃だった。

 意味深な事を話しかけられ、私は軽く睨む。

「ヨンダ? 何だと……誰が。あんた何だ」

 警戒心むき出しで相手を睨む。手を後ろに、畳について、彼女の前でM字開脚になった格好でカッターシャツの奥から汗が光る。今日は昨日より蒸し暑かった、雨が降ったせいだ。

 彼女は、もう一度と最初から説明を始めた。

「私は、ドンキー。『ドリームランド』の住人で、貴男に呼ばれてきたわ。本当よ――ねえ。私と『契約』を結ばない……?」

 彼女は屈み込み、私と視線を合わした。ますます汗をかく。

「何を……」

 言ってる意味が頭の中をグルグルと駆け巡った。だが解らない、意味が。契約? 結ぶ? 何の? 誰が? あんたと?

「殴るぞ……気分が悪い。近寄るな」

 嫌悪感を示す様に皺を眉間に、充血してるだろう痒い目をぎっと見開いて、大きく片手を振った。追い払うつもりだった。

 この女は何なのだ。私が呼んだはずがない、馬鹿な。どこのソープ嬢か。

 面食らった顔をした彼女は、私から身を離して、座ったままで端際まで下がった。1DKの安いアパートだ、2人いればスペースは狭い。「貴男って不思議な人ね。普通なら、興奮するのに。ふふ」

 彼女は無表情で、可笑しがった。抑揚のある声は作り物の如く。気味が悪い、と私はさらに警戒心を強くした。「まあいいわ……話が進まないから。説明するからよく聞いて……私は貴男の『欲望』の声を聞いた」喋り出すお人形だな、まるで。


 彼女の言った内容はこうだった。

 彼女は昔、ある玩具好きの者によって設計されたのだけれど、造られる前にそいつに心臓発作で死なれてしまって、現実世界で生み出される事はなかったのだという。

 彼女が居た世界――『ドリームランド』は、リアル――現実世界で、彼女の様に設計や、設定されたあらゆるものが、たくさん居るらしい。おとぎ話のシンデレラも居るし、伝説だった王も、歴史の中の海賊も居る、リニアモーターカーが地上を走り、イスカンダルに向けて戦艦ヤマトは飛び立っているとか。ピーターパンも居るか? 死者も出るのか?

 彼女や彼らは、いつでも『出番』を待っているのだ、という。

『呼ばれる』まで。

「それで、私があんたを呼んだ、と……?」

「『ドンキー』とお呼び下さい。呼び捨てで」

「ドンキー。君は、ええと、何て言ってた。契約を交わす、とかかんとか……」

「ええ。交わす、結びましょう、と言ったの」

 綺麗な手が私の前に突き出された。

「はじめは、一週間。形の無かった私は、貴男に呼ばれた事で初めて人の形を成した。貴男との約束が無いと、私は直ぐに消えてしまう。せっかく呼ばれたのに。私は貴男に尽くす。貴男しか見ない。貴男から命令が無い限り離れない。裏切らないわ、決してね」

 笑わない目で私を見た。部屋の中の温度が下がったのかと思った。

「どう? 私が怖い? でも貴男が私を呼んだのよ。あいつらが憎いからって……」

 私はつい声を張り上げた。「やめてくれ!」ぶら下がっていた電気のスイッチコードが空気の振動で揺れた。

 彼女に背を向けて、ダン!っとテーブルを拳で叩いた。激しく歯ぎしりをする、がりがりがり……昔から興奮すると出る癖だ、治らないので放っておいた癖。耳触りだろう、これも母親が――。

「あいつらは他人だ。全くの他人。それを何で……」

 感情を抑えた声を出すと、背後で、彼女は言った。


「殺したいんだ……でしょ?」 


 私の。

 いや、『俺』の、だ。

 つけっ放しのテレビで、夫婦や子どもの、笑う声が聞こえた。楽しく明るく、報道のリポーターに聞かれた事を答えているのだろう。今日は暑いですねえ、ええ、子どもに今日は何処かへ遊びに連れてってとせがまれてしまって、気温は30度を超えています、皆さん野外に出る時は日射病など十分に気をつけておでかけ下さい――。

 俺の、感情が逆撫でされていく。俺は暑さにでもヤラレたのかと言いたくなる。

 汗が流れていく、息が荒くなる。背中が痒くなる、頭を掻きむしりたくなって、掻きむしる。フケが畳の上にふわりと落ちた。

「薬……」

 テーブルの上の乱雑に広がったゴミの中、白い固めの袋を取り出した。内服薬と青い字で書かれたそれは、先日病院から処方されたものだ。これを飲むと楽になる、なった『気』になる魔法の薬。冗談だが。

 包みを開けて、一気に流し込んだ。水を用意する間もなく、俺は喉に直接流し込んでいた。カプセルか錠剤でもいいがと医者は言っていたが、粉でいいと俺は言った。

 笑ってみてくれ、覚醒剤みたいだろ。勿論、この呟きは俺の胸中にしまってある。

 精神疾患のつもりはなく、医者も試しに、といった具合なんだろう。言葉が悪いがモルモットと同類か同等扱いに聞こえていた。

 不穏な空気の中、俺の様子を見ているだけだった彼女は、やがて俺の肩に手を置いた。ゆっくりと、優しくな。

「名前を教えて。名前を呼びたい」

 ドンキーはハッキリと、そう言った。

峯山(みねやま)…」

 答えながら、落ち着いていった。

「峯山……貴志だ」

 小さくタカシ、と囁くのが聞こえた。


 俺は貴志だ。

 君はドンキー。


 薬の効果か、俺はだいぶ大人しくなれた。「契約を」彼女は、そればかりを呟く。

「貴男は関係のない人たちを巻き込んで、大暴れしてみたい。でもその時には凶器となるものが――刃物でも銃でもいい、必要になってくる。それが私。私なの――」

 確かに、人を殺すには何かが要る。しかも大量に殺すならばだ。そのための――君が凶器?

「造られる事がなかったわ。とても残念な事にね。だから……」

 また私を舐める様に上目で見る。「あんたを使えという事か。あんたは、その……凶器というわけなのか。人間ではないのか。どっからどう見てもあんたは……」

 疑問を口にすると、彼女は頷いた。

「人の形をしている、よね。そう、私は貴男たちの世界で言うと、自動人形というものかもしれない。オートマタ、ロボット、玩具。私を設計した技師は、もう居ないけど」

 相変わらず表情の無い顔で言う。人間にしか見えないと言いかけたが、仮に人間だとしても人間らしからぬにも思える。人でもないが人の様で……美しい、お人形。人と会話ができる、精巧な。AIでも埋め込まれているのだろうか。血は出るのだろうか。食事は? 風呂は? 感情は。

「直ぐに私を使いますか?」

「え?」

「貴男の思うままに。直ぐに使用したいなら、直ぐ行きましょう。賑やかな場所へ」

 チラリと窓際にある置時計を見た。もう深夜にさしかかる、げ、長々と喋っていて夜は確実に進行していたらしい。そんなに時間が経っていたのかと内心焦る。

「話は明日だ。仕事がある。あんたは」「ドンキーと」「あ、そう。ドンキー、君は泊まる所は……」「ありません」「そうだろな。嘘ついていないよな」「と、いうと?」

「私を騙すつもりじゃないよなと言いたかっただけ」

 疑いは隠さなかった。突然に現れた彼女は、では一体何処からどうやって現れたというのか。鶏が先か卵が先かという命題を解こうとするくらいに無粋な事なのかもしれないが。

「……信じて下さらない、という事ならば、契約はできない、と……?」

 私は黙って窓を見つめた。今は落ち着いている。

「どうやって殺す……?」

 呟いた。

 するとだ。

「!」

 頭に、何かが貼り付いた。私は彼女には背を向けていて、窓を見ていた。見えない『何か』に頭を背後から押さえられているのだ。感触だけが伝わっている。

 動けば動けたものを、しかし私は動けなかった。痛くはなかった。押さえつけられているわけではない、触られているだけだ、だが。

 窓ガラスに映る自分の顔が、滑稽に見えた。見えない『何か』に怯えている顔。驚愕し、事の事態を悟った顔だった。私の頭を押さえているもの、それは片手、だが愕然としたのはそれが人の手ではないからだった。機械? いや違う、感触が柔らかい。温度は感じないが、窓に映った手の指先は、まるで獣の、手の爪だった。触手だ。そしてそれが蛍光灯の光に照らされて、窓ガラスで見ると鈍く光っていたのだ。

「ネズミ一匹なら、容易たやすいでしょう。一瞬で」

 彼女の声は耳によく響いた。

「貴男の命令、ご希望に応えます。貴男が散弾銃をお望みなら成りましょう。刃物がお望みなら成りましょう。爆弾でも結構。天変地異がお望みなら、地下に潜って地盤から災害を起こさせましょうか。小さな国ならひとたまりもない」

 透かした声だ。それが不気味だった。意味も解らず喋らされている女の声が、それだった。

「消えてくれ……」

「消える」

「いいから、今はどっかへ消えてくれ!」

 目を瞑った。途端に、視界が暗闇になった。頭の中が混乱してるに違いはなく、全身が震えていた。時計が規則正しく針の音を立てている。気がつくと、気配は消えて、振り返ると誰も居なかった。玄関先まで見えるが、ドアを開閉した様子もない。無造作に脱ぎ放られていたサンダルだってそのままだ。私は、何と喋っていた?

「凶器だと……ふざけるな!」

 ガシャーン。テーブルの上の物が手で払われる。どうせゴミになる物ばかり。買った弁当の食べた後の残骸、割り箸、仕事先での貰い物の菓子の残りや胡散臭い像、空けたばかりの煙草、ガラスの灰皿、ぬるくなったペットボトルの水、販促品で貰ったゆるキャラのストラップ。片づける気はなかった。

 あれは悪魔だ。恐らくは。

 そして今見たものは、悪夢だったに違いない。



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