『格安の殿堂』
―暑い、暑すぎる…
太陽は真上、街のやつらはランチを楽しんでいる時間だ
ここは世界一の面積を誇る砂漠
『タナトス』と呼ばれるこの砂漠は自殺の名所でもある
だが俺は、自殺しにきたんじゃない
むしろ今望むことはたった一つ、死にたくない
水を求めて歩き続けた俺は、足は棒…いや、うまい棒のような強度になり、この灼熱地獄で動けなくなっていた
喉は当の昔に枯れ、目はかすみ、視界もぼやけてきた
―目薬がぶ飲みしてぇな
そんなことを思った、その時
地平線に影が見えたような気がした
―幻覚か?…はたまた死神か?
しかし、影はものすごい勢いでこちらに向かって近づいてきて、どんどんその輪郭をハッキリとさせる
なにかに載った“人”だということが視認できるまでになった
これが最後のチャンスだ 文字通りの人生“最後のチャンス”
―ここで助けてもらえなければ俺は…
〜
〜
昨夜のことを思い出す
副団長のセイムスが、突然俺のテントへ入ってきた
「団長団長!」
「おいおい、団長なんて安っぽい名前で呼ぶなよ
俺を呼ぶときは、こう呼べ!
『1000万ペリカ賞金首ドン・キホーテ』様ってな」
※ペリカは日本円の10分の1
「てか、聞いてくださいよ団長!」
そう、昨日までの俺は盗賊団のお頭をやっていた
地道にこすい悪事を働き、首にかけられた賞金も1000万ペリカを超えたところだった
―自殺志願者が多く訪れるタナトス砂漠なら、そういった人たちから楽に馬やらなんやらを盗めるだろう
との発想からこの砂漠にやって来たのだ
「団長、おもしろい話があるんですよ!」
副団長セイムスがやたらと楽しそうに言葉を続ける
「あんた、今からうちの盗賊団クビね
ろくに働かねぇヤツは、自殺志願者と一緒に砂に埋もれてくれ」
一瞬意味がわからなかった
俺が頭に疑問符を浮かべていると、テントの外で待機していたらしい元俺の部下たちが押しかけてきて
モミクチャ、フルボッコにされて…
―もう、泣きたい…
―盗賊団のお頭が部下たちに金品全て奪われぇの
ボコラれぇの
砂漠放置プレイって…
確かに俺働いてなかったけど!会社のオーナーとかってそういうもんじゃんさ!
って愚痴りながら、氷点下の夜の砂漠を歩き廻って寒さを凌いだ
日が昇ってくると急激に気温が上がる
歩けど歩けど砂砂砂…
砂ときどき小動物、処により白骨死体
〜
〜
そして今に至る
―ハァ死にたい…
いや、生きたい!
“ドードー”という砂漠の移動手段に用いる鳥がいる
ラクダのように重い荷物は持てないが、砂漠上なら馬やラクダよりも速い
そのドードーが動けない俺の方に向かって砂ぼこりを大量に巻き上げながら爆走してくる
背中には、日除け用のエンジ色のコートを羽織った人が一人載っている
どう見ても自殺志願者ではない
こちらに気付いているのかいないのか
俺は、持てる全ての力を絞って声を張り上げた
「タァースゥーケェーー…!!!!」
ズザザザッーーー!!!!
…テェー!まで言い終える前に、その人は俺のすぐ横を素通りし、そのまま爆走!
―え?明らか気付いてた!あの距離は絶対!
あいつ俺に気付いてかぁらぁの
シカト!!?
終わった…俺の人生
まぁやりたいことはある程度やったか
バラ色の人生とはいかなくても…
「水…」
―水色の人生!?
不意に声を掛けられた
さっきのドードーに載った人が、いつのまにかuターンして戻って来たのだ
逆光になっていて、乗り手の顔は見えない
「神様…」
水を恵んでください
と口を開きかけた俺に対して、乗り手は予想外の言葉を放った
「水か、金目のものは持っているか?」
―同業者の方でしたか!?
しかも、若い女の声だ
だが、相手が盗賊だろうと俺はあきらめない
「水も金もなにもないんれす!
お願いです!なんでもひます!
水を一杯恵んでくだはい!よろしかったら街まで同乗さへてください!」
喉が渇き切っていて口が回らない
それでも全身全霊で媚びた、すがった、なりふりなんか構ってられない
気持ちは伝わる!
「…悪いな」
驚いた
なにに驚いたって、女の言葉に対してではなく行動
女は既に、俺には目もくれていなかった
ドードーの頭を撫でながら
「悪いな、急停止させてしまって
せっかく気持ち良く走っていたのにな、先を急ごうか」
女が言うと、ドードーはクルッと反転し再び爆走!
ドードーが巻き上げた砂ぼこりを全身にかぶった俺は、そのまま直に触るだけでヤケドしそうな砂に埋もれる
あの女のような冷血人間なら、アツさなんて感じないのかもしれない
なぜか笑いが止まらなかった
ドードー鳥…なんで絶滅しちゃったの!?
まじラブドードー!!!