チキンorビーフorポークorフィッシュorマテリアルorYou?
日本近海上空 高度1万メートル
午前1:27 機体中央付近 エコノミークラス
「チキンorビーフorポークorフィッシュorマテリアルorYou?」
寝静まった機内に幼い囁き声が聞こえた
思わず目を開け周囲を見渡してみた
室内灯が乗客達の夜更かし顔を
うすぼんやりとちらほら浮かび上がらせている
寝入りそうになっていた頭を起こして
目のピントを合わせ、声の主を探してみる
どうやら目の前の座席に居た少女が
問い掛けてきたようだ
「チキンorビーフorポークorフィッシュorマテリアルorYou?」
また聞こえてきた
座席と座席の隙間から瞳と口が覗いてる
少女の座席の左右に両親と思われる頭頂部が見えるが…
寝息をたてているのが感じ取れる
どうやら深夜に目が醒めてしまったのだろう
慣れない飛行機で睡眠が浅かっただろうか?
少女は再び微睡みに包まれることは無く
意識が覚醒しきってしまい
思考遊びなぞ出来そうにもない年齢
手遊びのオモチャも無く
仕方なく私に喋り掛けてきた…
と言うところだろうか
私も夜更かしに精を出していた所だ
少しだけお喋りに付き合ってあげようか
もちろん、声を響かせないように注意しながら
「それではビーフをお願いできるかな?」
「うぃーむっしゅ」
隙間から見える少女の瞳と口元がニコッと答えた
なにか小さくゴソゴソと音がする
左右に居る夢の住人を起こすような音ではないが
なにかトントントン…と小さく叩く音だろうか?
「おまたせいたしました」
どうやら料理が出来上がったようだ
座席の隙間から小さな指が生えてきた
これはサーブされているのだろう
オママゴトらしさを演出するため恭しく受け取る
「可愛らしいシェフが自らディナーをサーブしてくださるとは」
「おや、これはとても旨そうなビーフステーキだ」
「それでは大切にいただかせて貰おう」
見えないナイフとフォークを手に取り
見えないステーキを切る
少しだけ大きめの動作でオママゴトを彩る
大きく口を開けステーキを頬張る
咀嚼で音を出さないように気を付けながら
空っぽの口をモグモグと動かす
「これは大変美味しいですね」
「滴る肉汁、溢れる油、ナイフだ要らない程柔らかい食感」
「機内食でこれほどのディナーが食べられるだなんて」
オママゴトは基本的に褒め千切るのがベターだ
調子に乗らせた方が早く飽きてくれる
少女がまた小さく問い掛けてくる
「チキンorポークorフィッシュorマテリアルorYou?」
このオママゴトは長くなりそうだ
しかし…マテリアルとYouとは?
他の3つは分かる…
機内食を選択する時に聞かれる通常通りの問い掛けだ
マテリアル…物質、素材、原料…
調理前の素材の味というものだろうか?
野菜スティックやサラダが当てはまるだろうか?
そして…Youとは…お前?
お前が食材だ!みたいな事か?
まるで注文がとても多すぎるカフェみたいな話だな
「それではフィッシュでお願いできるかな」
「うぃーむっしゅ」
少女が小さくフフッと笑いながら調理しに姿勢を正した
小さくトントントンと言いながら調理開始したようだ
調子が出てきたのだろう
少しだけ口数が増えている
ご両親の教育の賜物だろう…
決して睡眠を妨げるような声量ではない
暫くすると小声で「ちーんっ」と聞こえてきた
魚料理が出来上がったのだろう
座席の隙間から瞳と口と指が期待を持って覗いてくる
「おまちどうさま」
「これはこれは大変美しいソテーだ」
「パリッと焼かれた皮目」
「ふっくらと輝く白身」
「付け合わせの野菜のカラフルさ」
「どれを取っても一級品だ」
少女はフフンと鼻をならした
ナイフを皮に入れ込むとパリッパリッっと音がする
そのまま白身へとナイフが到達するが感覚がない程柔らかい
皿を彩ったソースを付け、焼き目でお洒落した白身を口に迎える
「なるほど…薄く塩コショウバで味付けをして」
「バターで香ばしさを纏わせる」
「ソースはバジルベースで魚の臭みを中和する」
仰々しく解説をしてあげた
ここまでやればオママゴトも本意だろう
「見事なお手前です…」
「空の上でこれ程の逸品に出逢えるとは」
感想を終えると少女は満足したように頷いた
そろそろオママゴトも疲れてきた…
終わりにしてくれはしないだろうか…
「チキンorポークorマテリアルorYou?」
少女はまだまだ問い掛けてくる
あぁ…これは終わらないやつだろう…
もしかしたらマテリアルとYouが本命なのか?
自分を選ぶ…
少しだけ背中に恐怖が通りすぎる
「マテリアルをお願いできるだろうか?」
「フフッフフフッ」
「うぃーむっしゅ…」
少し少女の返答に含みを感じた
これまでの様にトントントンと口ずさみ
少しの身動ぎを感じる
暫くして座席の隙間から両目が覗く
隙間をねじ込んできた小さな指が2本
「おまちどうさま…」
少女の声が仄かに鈍く聞こえる
少し眠くなってきたのか?
「ありがとうございます」
思わずお礼をしてしまったが…
マテリアルとはなんだろうか?
オママゴトに付き合おうとしても
素材…原料…
「これは綺麗な茹で野菜だ」
「素材そのままの色が更に磨かれて美しい」
「色味を邪魔をしない塩とお酢のドレッシング」
「歯触りが楽しくなる茹で加減」
「これは最高の茹で野菜だ」
隙間から見つめてきている少女の顔色を伺う
首を90度に曲げているのだろう
縦に並んだ両目は少し細まった
オママゴトの対応を間違えたか?
「ちがう…これは、なまたまご…ちがうっ」
野菜ではなかったようだ…まさか生卵だとは…
選択を間違った…少女に飽きられてしまっただろうか…
まぁ…疲れてきたので飽きられた方が助かる
「チキンorポークorYou?」
まだ続くようだ…流石に面倒になってきた
ここはYouを選び早々に終わらせよう
「Youを貰えるでしょうか?」
少女の瞳がカッっと開く
「うぃーむっしゅ…うぃーむっしゅ…」
背中から内臓への寒気を感じる…
私は何を注文してしまったのだろうか…
なにか取り返しの付かない選択を間違えた気がする…
くぐもった声でトン…トン…トンと漏れ聞こえてくる
口が…舌が痺れる!
フフッ…フフッ…微笑みが隙間から漏れてくる
目が…目が焼ける様だっ!
アハハ…アハハ…アハハハハッ!
肌で感じる…少女は普通じゃない!
肌が熱い…
鋭利なナイフが肌を走り回っているのかっ!?
「おまちどうさまぁ…」
全身が痛い…オママゴトどころじゃない
歯を食い縛り、目をつむって痛みに耐える
「ねぇ…おまちどうさま…」
オママゴトに付き合わないと駄目なのか…
「ぐ…どうも……」
目を開け、差し出された指を見る。
あぁ…そういう事か…
これは私だ…
私が選択したのだ…
いや…選択したと思っていたが…
最初から選択されていたのだろう…
少女の選択肢として
選択…自……識介入…置…験
少…型…用…脳…催眠……始
五感……握を完…
深……識………入に成…




