不運令嬢は開運したい~呪われた王子と生き残ります~
運気アップが好きです。
そんなネタを物語に書いてみました。
よろしくお願いいたします。
「マルルーズ・アルム侯爵令嬢! おまえとの婚約は破棄する。そして私は彼女と婚約しなおす!」
「理由をお聞かせください」
燦然とシャンデリアが輝く華やかな王宮のパーティーでのことだった。
シャンデリアよりも眩しく輝くスキンヘッドのイケメンが叫ぶ。
彼の腕には、ピンクレッドの髪で色が変わるコバルトブルーの瞳の妖艶な美女がくっついていた。
マルルーズは、婚約者の裏切りに胸の奥がキリキリと痛んだ。
(……そういうタイプがお好みなのですね)
彼女は湖の水面のような胸を思わず抱きしめた。
白銀の髪と青紫の瞳、目の下の隈、どんよりとした雰囲気のマルルーズは肩を落として俯く。
「この疫病神め! 私の頭を見ても理由を聞くのか!?」
「そう仰られましても……」
マルルーズは悩んだ。
確かに少し前までは、彼の頭には太陽の光を束ねたような美しい長髪が生えていた。
ちょっと不運なことに、二人で出かけたレストランで、給仕係の不注意でアルコール度数の高い蒸留酒が彼の頭にかかってしまったのだ。さらに近くにあった蝋燭の炎が燃え移ってしまった。火はすぐに消されて火傷もなく、被害は少なかった。
……彼の髪以外は。
「私は何もしておりません。それに、髪はまた生えてきますわ」
「全部おまえが悪い! この不運令嬢め!」
“不運令嬢”
(それはわたくしにつけられた不名誉な呼び名です。
ただ、生まれた時に雷が落ちて館の灯が全て消え、街に出ないはずの魔獣の遠吠えが響き渡ったとか。
神官様に、数百年に一度の不運の星の元に生まれたと宣告されたとか。
王宮の子ども向けガーデンパーティーに出れば、テーブルクロスを掴んで転んだ為に、会場が滅茶苦茶になってしまったとか。原因が王子殿下にぶつかられて転んだことと、テーブルの下には暗殺者が隠れていて大騒ぎになったので、私の粗相はなかったことにしてもらえましたが。
派閥トップの公爵令嬢主宰のお茶会で、紅茶を飲んでお腹を壊して倒れたとか。公爵令嬢を狙って入れられた毒を私が飲んでしまったそうです。
母が事あるごとに、こんな運命の元に産んでごめんなさいと号泣してしまうくらいですわ)
「とにかく、おまえとの婚約は破棄する!」
「仕方ありません。婚約破棄を承りました。父への報告に帰りますわ……」
(彼とは侯爵である父が、不運と噂される私の為に取り付けてきた婚約でした。こうなっては仕方ありません。浮気相手もいらっしゃいますし、無理矢理結婚しても上手くいきませんわ)
私は彼と誠実な仲を築こうと努力した数年を思い出して、ため息が出ました。
(彼も最初はお優しい方だったのですわ。
二人の交流のためのお茶会では、蜂に襲われたり、滝のような豪雨が降って全身濡れたものです。デートの為のドレスを注文すれば衣装店が火事になり、二人で踊ればヒールの踵が折れて仲良く転んで怪我をしましたね。遠出をすれば、何故かはぐれ魔獣に遭遇して一緒に戦ったものです……。
懐かしいわ。
でも彼は、私のことを『不運令嬢』と呼んで罵るようになったのです。寂しくて悲しいです。
婚約破棄された私は、もう縁談は来ないかもしれません。私はなんて不運なんでしょう……。
ああ、開運したいです)
私は扇子で涙を隠し、疲れて緩慢な動きで会場を去ろうとしました。
すると、聖人が海を割ったように人々が道を開けたのです。
人々の先には、この国の偉大なる太陽であられる王様が居られました。
私は深く頭を下げてカーテシーをします。
「楽にしてくれ。マルルーズ令嬢。失礼だが、婚約破棄されて令嬢はお相手がいないのだろう。それなら、私の末の王子と婚約してくれないだろうか」
私はとても驚いて目を見開きました。修道院のリストを頭に浮かべていたところでしたの。
そして、王のお願いは命令と同義です。
しかし、末の王子様といえば……。
「……婚約を承ります」
末の王子、ブリンドル殿下は魔女の呪いを受けた御方なのです。醜い姿に変えられて、離宮に閉じ籠っていると聞きます。
(事故物件を押し付けられました)
私はそう思いました。
侯爵家に帰ると、もう王宮から連絡がきていました。私一人で殿下のいる離宮まで行けばいいそうです。
父も母も兄も心配してくれました。私達は抱き合って泣きました。
優しい家族なのです。でも『不運令嬢』の私がずっと実家にいて、迷惑をかけてしまうのも心苦しいですわ。
せめてもの餞にと、人気の占い師の占いで吉日を選び、離宮へ行くことにしました。
そして私は、王宮からの護衛付きの馬車に一人で乗り込んだのです。
★★★★★
王都のはずれに離宮はあります。
蔦がからんだ荒れた大門の前で、私は馬車から降ろされました。
「ここからは、貴女一人で行ってください」
「ここからですか?」
離宮とはいえ、大門から建物の入口まで長い距離があるのです。門の中の庭園は荒れて草木は枯れ、カラスの群れがギャアギャアと騒いで暗い雰囲気です。魔獣の遠吠えも聞こえてきます。
騎士の方達は青ざめて震えています。呪いの王子が怖いのでしょうか。
「仕方ありませんわ……」
「ご武運を……!」
私は荒れた道をトランクを引きずって歩いていきます。
ようやっと入口にたどり着いた時、扉がギギギ……と軋んで開きました。カラスがさらに喧しく騒ぎだしました。
お化けが出そうな雰囲気です。冷気も漂っています。暗い雰囲気で邪気を感じます。
私は思いました。
(蝶番に油をさしていないのね。屋敷の手入れも行き届いてないようですわ。ここは夜になると冷え込む土地柄のようです)
開いた扉の奥から、のそりのそりと黒い何かが歩いて出てきました。
姿を現したのは、仕立ての良い服をきた黒いフレンチブルドッグです。つぶらな大きい瞳がとても愛らしい。
「……おまえが俺の花嫁か?」
犬が喋りました!
しかもイケボです。低音のバリトンボイスです。俺の花嫁ということは……この犬が殿下なのでしょう。
私は慌ててカーテシーをしました。
「王国の小さき太陽にご挨拶いたします」
「楽にしろ。おまえも災難だったな。父上から俺の為に選んだ相手だと連絡がきたのだ」
「光栄でございます」
「ここでは気楽に過ごせばいい。屋敷の者達を紹介しよう」
すると突然、扉の中からたくさんの動物達が出てきました。
執事服をきた兎。
侍女服をきたリス。
メイド服をきた鼠。
騎士服をきた猫。
私の胸は感動でドキドキと高鳴りました。
なんという素晴らしいファンタジーな世界でしょうか。はっきりいって最高です。
「彼らも魔女の呪いで、こんな姿にされてしまった。彼らが屋敷のことをしてくれている。離宮外の人間は、俺達を恐れるがな」
「よろしくお願いいたします。マルルーズと申します。アルム侯爵家の娘です。」
ワンコ殿下が威厳をもって、紹介してくれました。
動物達が頭を下げ、小さな手でテシテシと歓迎の拍手をしてくれました。可愛いすぎて、私の頭の中は沸騰しそうです。
可愛い可愛い可愛い可愛いぃぃ……!
「疲れているだろうから、部屋に案内させよう。少し休んでから食事にしよう」
「ありがとうございます」
兎の執事に案内されて、私は廊下をゆっくり歩いていきます。
屋敷の中も荒れていましたが、私の部屋の中だけは綺麗に掃除されていました。
心遣いが嬉しいです。
メイド服の鼠が、小さな手に小さなモップをもって一生懸命掃除しているのを見かけました。あんな小さな手では掃除も大変ですわね。
侍女服のリスが、小さなカップに暖かい紅茶を入れてくれました。香りの良い紅茶を飲むと気分がリラックスします。
私はこの縁談は悪くないと思うようになっていました。
その後の殿下との食事も楽しいものでした。殿下がはぐはぐと食べてる姿に見とれてしまいます。動物がご飯を食べてる姿は癒されるものなのです。
食後は、暖かい暖炉のある居間へ案内されました。暖炉の前のソファーに二人で座ります。
私に小さなカップに入ったホットワインが渡されました。殿下には水の入ったボウルが用意されます。侍女のリスと騎士の猫が、部屋の扉の横で待機しています。
そして、フレンチブルドッグな殿下が真面目な顔をして話し出されました。
「大事な話をしよう。君はこの私の姿を怖がらないでいてくれた。ありがたく思う」
「全く怖くありませんわ、殿下。とても可愛らしいです」
ホットワインのせいでしょうか。私の口が軽くなっているようです。
殿下は黒いのですが、なぜか私に見つめられて赤面して赤くなっている気がしました。
「君は優しいな。君も聞いていると思うが、俺は若い頃、言い寄ってくる女性達全員と仲良くしていたんだ。その中に魔女がいたのだ。彼女は結婚を望んだが、俺は遊びのつもりだったから怒らせてしまった。そして呪いをかけられてしまった」
私は真剣に殿下のお話に聞き入ります。
殿下は苦しげに話されています。決して、魔女さんグッショブなんて考えてはいけないのです。
「俺は特級の呪物になってしまった。こんな醜い獣の姿になってしまったのだ!」
(謝れ。今すぐ全世界のワンちゃんに謝れ。こんなに可愛らしい姿なのに!)
私は淑女のスキルで、殿下に対して同情した哀しげな表情を作ったのでした。
「俺に触れると命が削られるんだぞ! 美しかった庭園も、呪いの影響で魔獣の住む森に変わってしまった……!」
「そんな! 私は殿下に触れられないのですか?」
「ああ! 私は醜いだけでなく命を奪う化け物に成り下がったのだ!」
うるうるしたつぶらな瞳から、大粒の涙がこぼれたのです。
私は思わず、手をのばして涙を拭おうとしてしまいました。
「馬鹿っ! だから俺に触れてはいけないと……」
ワンワン殿下が私の手から離れようとした時、彼の体から黒くベッタリとした禍々しいものが私に向かって飛んできました。
そしてそれは、私に当たるとバチリと弾けてしまい床に落ちました。床に落ちた場所が黒くブスブスと嫌な音をたてて黒ずんでいます。
「そんな……触れてもいないのに呪いが飛んで、それを弾き返しただと……!?」
「あら、今のが呪いだったんですね」
殿下がビクリと驚いて固まって震えました。体が丸くなり尻尾は股の間に挟んでいます。
殿下が不安がっているようなので、私は彼を安心させたくなりました。スカートのポケットの中からお守りを出して彼に見せます。
「私は生まれつき不運といわれています。それで家族が心配して、神殿の守りを大量に持たせてくれたのですわ」
ポケットからジャラジャラと大量のお守りを出して殿下に見せます。その中の鏡のお守りの一つが、割れていました。
私の不運体質が、彼の呪いを引き寄せてしまったようです。そして鏡が呪いを弾き返してくれたのでしょう。
「これくらいの呪いは何でもありません。雷が落ちてきたり、魔獣が群れで襲いかかってくる物理攻撃の方がヤバいです」
「そ、そうか……」
殿下は、なんとか冷静さを取り戻してくれたようです。尻尾の状態が元に戻りました。
私達は会話を続けます。
「いい家族じゃないか。俺なんか、犬になった途端に離宮ごと捨て置かれたぞ。呪物の俺と暮らすより実家に帰った方がいいと思う」
つぶらな瞳に見つめられて、私は心苦しくなりました。私は実家に帰るわけにはいかないのです。申し訳なく思いながらも、実状を彼に伝えることにしました。
「実はですね、今の兄の婚約者は25人目なんです」
「……は?」
「兄のお相手が家に来る度に、不運な事故がおきるのです。そして、婚約破棄されてきました」
「そ、それは酷いな……」
「兄は24人目にふられた時に、ストレスで鬱になって寝込んでしまいました。ですから、今の心優しい女神のような兄の婚約者に逃げられないように、私はしてあげたいのです。不運体質な私が家に居ないほうが良いのです!」
「お、おう、そうか……。それは大変だったな」
「ですから、家には帰れません。ここでお世話にならせてください!」
「分かったよ。おまえも苦労してるんだな……」
「ありがとうございます! ワンワン殿下!」
「ワンワン……?」
思わず漏れた私の本音に、殿下は苦笑しました。お優しい御方ですわ。彼に触れないのが本当に残念ですが、私は離宮で暮らすことになったのです。
私は犬が大好きなのです。ですが、近付くといつも犬に吠えられてきました。 特級の呪物でも犬殿下との暮らしは悪くないと思えたのです。
翌朝は良いお天気でした。
私は朝日と共に起きて、日の光をたっぷりと全身で浴びます。朝日は浄化の力がありますから、開運に良いのです。
それから動きやすい姿に着替えまして、離宮中の玄関と床の拭き掃除いたします。家の中の悪い気を払うために、粗塩を床に撒いて掃きます。粗塩は悪い気を吸いとるのです。
最後に、この国の女神様を祭られた祭壇にお供えをして、今朝も生きていられることに感謝して祈りを捧げました。
侯爵令嬢なのに掃除なんてメイドのする仕事をするなかれ、なんて言わせませんわ。これは東洋の立派な開運法なのです。神様は綺麗な所がお好きなのです。
旬の食べ物を食べることも開運に繋がります。体に良いですし、健康であることは開運の基本ですわ。
『弱り目に祟り目』なんて言葉もあるくらいですのよ。心や体が弱っている時は不運が寄ってくるのです。怪我をしたり高額の壺を売り付ける人が寄ってきたりしますので、安全な場所で速やかに休むべし! ですの。
私は調理場もピカピカに磨きあげて大掃除いたしました。動物の手では、行き届いてない所がでますものね。レッサーパンダの調理人が来た時は、泣いて喜んでくれました。
ただ、私が料理を手伝おうとすると、卵がツルンと滑って落ちてしまうのです。素材は毎日王宮から届けられるのでたっぷりあるのですが、卵がなくなりかけました。オーブンに火を入れてあげようとしたら、石炭が悪かったのか燃え広がって火事になりかけました。調理人が泣き出したので、料理は諦めましたの。
階段を登っていると、突然床が抜けて足をとられて転げ落ちました。幸い、身代わり守りが壊れましたが怪我はありませんでしたのよ。
なんとか部屋にたどり着いて椅子に座って休もうとしたら、椅子の足が折れましたの。ワンワン殿下が仰られたように、この離宮は放っておかれて家具が傷んでいるようです。
私は猫の騎士にお願いして大工道具を持ってきてもらいました。自分で椅子の修理をいたしました。不運が多いと、トラブル対応に強くなりますわよね。
私が気分転換しようと庭を散歩すると、古びた木のベランダが崩れて落ちてきました。まだ一部分が崩れただけですが、危険なので梯子を見つけてベランダを支えておきました。あとで使用人に報告して、修理してもらわないといけません。
そんな私の様子を見ていたらしいワンワン殿下が、駆け寄ってきました。今朝も可愛らしいお姿に胸の中がほっこりいたします。
近づくと呪いが飛んでくる呪物犬ですが。
「大丈夫か!? ボロ家ですまない!」
「よくあることですから、気になさらないで」
「……よくあることなのか!?」
「はい」
コロコロと笑う私に、殿下もつられて笑ってくださいました。
「は、ははは。そうか……。俺は自分だけが不幸だと思っていたのが情けなくなってきたよ」
「殿下は愛らしい素敵な方(犬)ですわ」
「あははは」
「笑う門には福来る、ですわよ。ふふふ」
遠くで笑い声を聞きつけた兎の執事達が、そっと涙をハンカチで拭っているのが見えました。
「殿下がお笑いになるなんて、何年ぶりだろう……」
「良かったですね、殿下。良いご令嬢が来てくださいましたね」
呪物と疫病神のコンボだが、執事達はポジティブに考えることにしたのだった。
朝食は日の当たる明るいサンルームに用意された。少しでも楽しく過ごしてほしいと執事達が気配りしたのだ。
マルルーズは、リスの侍女にお願いをして日傘を手の届く位置に用意してもらった。
ブリンドルは、不思議に思って聞いた。
「サンルームに日傘が必要なのか?」
「万が一ですわ」
「そうか。君が言うならそうなんだろう」
「殿下はお優しい方です。こんな私を信じてくださって、嫌わないでいてくださるなんて」
マルルーズは胸の奥がくすぐったくなった。頬が紅くなって花が開くように微笑む。
(ワンワン殿下は、足元から私をじっと見つめてきて可愛いすぎますわ!)
ブリンドルも不運に負けないように生きるマルルーズに、数年ぶりに明るい気持ちになった。
「君は女性なのだから当然だろう。女性は体も弱く出産で亡くなることも多いと聞く。できる限り守るべき存在だと教わった」
「殿下はとても素敵で素晴らしい方です」
「ははは。もう呪いのワンコだけどな」
その時です。サンルームに何かがぶつかる音がしました。
私は咄嗟に傘をひろげ、殿下と私と朝食を傘の下に隠しました。
サンルームの硝子が割れて飛び散ります。殿下と私は無事です。日傘は駄目になりましたが。
硝子を割ったのは大きな鉢植えでした。おそらく2階にあった鉢植えが、突然の強風でも吹いて飛んできてしまったようです。さっき木のベランダが落ちかけていたので、そこに置かれていたものでしょう。
殿下は驚いて固まっています。使用人達は大騒ぎをしています。
私はボロボロの日傘をたたんで、皆様の気持ちを落ち着かせるために明るく言いました。
「備えあれば憂いなし、ですわね。良かったわ、朝食も無事です。体は食べたものでできているのです。美味しくいただきましょう」
「…………ははは。そうだな。うん。いただこう」
開き直られた殿下と通常運転の私は、美味しく朝食をいただいたのでした。
食後にゆっくりと香りの良いお茶をいただきます。私は考えました。
(殿下は犬になって、不便なことも出来なくなったことも多いでしょう。お気の毒ですわ)
私は殿下に尋ねました。
「殿下は何かやりたいことはございませんか? 私は出来る限りのお手伝いをしたいです」
「やりたいことか?」
殿下は憂いを帯びたように頭を横にふりました。そんな仕草も愛らしい。癒しMAXです。
「離宮の外に出たいな……。何年も離宮の中だけで過ごしているからな」
「では、お散歩しましょう」
「可能なのか? 呪われた呪物が街を歩けば、王子といえど捕まるだろう」
私は素早く頭を回転させます。
考えろ考えろ考えろ!
これは、私がワンコと散歩できる人生最後のチャンスかもしれないのよ!
「平民の娘とペットの犬に変装すれば、街を歩いても気づかれないと思います」
「ペットか……」
殿下は、プライドが傷ついたような表情をされました。少し悩まれていましたが、離宮の外に出たい気持ちが勝ったようです。
「分かった。少しでいいので王都を歩いてみたい。よろしく頼む」
「はい! 喜んで!」
私は平民の娘の服を着こみました。
なぜ平民の服を持っているかというと、私は高確率で誘拐されそうになるからです。人違いで拐われかけたこともあります。
ですから危険回避の為に、平民の服を来て大勢に紛れることは大切なのです。街のゴロツキに絡まれる時は、護衛騎士に助けてもらっていました。私の護衛騎士は怪我がたえませんでしたが、「鍛えられる」と言ってくれる良き方々でした。
「平民の服でも可愛いな」
「嬉しいですわ。殿下も素敵ですわ」
ペット用の押し車の中にワンコ殿下が座っています。本当は殿下を真っ裸にして紐を背に付けようとしたのですが、恥ずかしがるので、服を着せて散歩させることにしました。
街は活気に溢れていました。
心地いい風が吹きわたります。殿下も気持ち良さそうに街を眺めています。
私は押し車を丁寧に押して散歩しました。
夢にまで見た犬とのお散歩!
呪いのワンコでも問題なしです!
しかし、街にいる動物達は私達が近付くと慌てて逃げだしています。なぜでしょうか。
すると突然、街の下水道に続く穴から魔獣が現れたのです。
私は納得しました。
(動物達が逃げていたのは、この魔獣のせいですわ!)
魔獣は私達を見ると、怯えたように反対方向へ走り出しました。いつもなら、私に向かってくるはずですのに。それはもう群衆の中にいても、ピンポイントで私の所へ来たものです。
魔獣が走り去る前方に、足の悪い母子がいました。怯える母子は思うように逃げられません。
ワンコ殿下もその様子を見て焦っています。
「危ないですわ!」
「呪物の俺に恐れをなして逃げたんだ。あの母子が危ない!」
ワンコ殿下が押し車から飛び出しました。
「俺の責任だ! しかしどうやって倒せばいいんだ。弓でも持てれば良かったのに」
「飛び道具は用意しておりませんでしたわ。防衛だけ考えて攻撃は思いつきませんでしたの……」
「君のせいじゃない! この小さな体で噛みついても魔獣には勝てないだろうし、どうするか……」
考えるのよ! 諦めるのは死んでからでも間にあうわ!
「そうですわ! 殿下と私で魔獣を間に挟んで、殿下の呪いを飛ばしてはいかがでしょうか」
「そんなっ……君が危険だ!」
「今はあの母子の方が危険ですわ! やるだけやりましょう! 何もしないより試しに行動すると運気アップなのですわ!」
「分かったよ」
ワンコ殿下は凄いスピードで魔獣の向こうまで走り抜けました。魔獣は殿下に怯えて立ち止まります。
そして私と殿下が魔獣を間に挟むと、殿下は体をブルブルとふるわせました。そしてドロリとした小さな水滴サイズの呪いが、たくさん私の方へ放出されたのです。
魔獣は呪いが当たると、悲鳴を上げて地下へと逃げました。
「ありがとうございます! 助けていただきありがとうございます!!」
母子が私達に大声で感謝してくれました。足の悪い母を庇っていた子どもが、安心したのか泣き出しました。街の人達が集まってきます。警備の兵が近づいてきました。職務質問されそうな雰囲気です。
「まずいな。正体がばれたら、父上に呪物の俺が外出したと気づかれる」
「まずいのですか。ここは逃げましょう」
私達は素早く建物の影に隠れました。私は、気配を消して人ゴミに紛れるスキルもバッチリなのです。
隠れていると、猫がたくさん現れて人々の騒ぎを違う方向へ誘導してくれました。離宮の護衛騎士の猫達でしょう。ありがたいことです。
その後、無事に私達はこっそりと離宮に戻りました。殿下が押し車から降りて、不思議そうに体を舐めています。
「あの母子に感謝されてから、なんだか体が軽く感じる」
「殿下! お体がなんだかキラキラ輝いていますわ」
「本当だ。これは一体……?」
キラキラと光は増えていき、殿下の体を覆いました。光の形が大きくなって人の姿へと変わっていったのです。
殿下が人の姿へと戻られたのです。魔法の呪いが解けたのです。服は着ています。
黒い短髪に濡れたような大きい黒い瞳。夜の女神に祝福されたような魅力的で美しい美青年が現れたのです。
これは、世の女性達が放っておかないことでしょう。
「おお……!」
「殿下! 良かったですわ。本当に良かった」
「きっと君のおかげだ。ありがとう!」
彼は私を抱きしめました。触れても呪いはありませんでした。暖かい健康的な肌です。
私の方も、いつも体の周りがどんよりと暗い雰囲気を漂わせていた不運が減った気がします。
「君はこんなにも可愛い人だったんだな」
「急にどうされました? ずっと一緒だったではありませんか」
「犬の目線だとあまり顔が見えなくてな。色盲だったし。主に匂いで判別していた。いい匂いだった」
「は、恥ずかしいですわ」
匂いを嗅ごうとしてくる殿下です。離れようとしますが、力では敵わないですわ。ぎゅっと抱きしめられてます。胸がドキドキして暖かくなります。
「殿下! 殿下も元の姿に戻られたのですね!」
「おまえ達も戻ったのか!」
離宮中の人達も、人の姿で集まってきました。皆、大喜びしています。
「呪いが解けたんだ! 祝おう! 彼女のおかげだ!」
「うおおおおー!!」
使用人達は大喜びをしてパーティーの準備を始めました。歌いながらホールを飾り付け、 豪華な料理を作り楽団は音楽を奏でます。私も侍女達に磨かれ、殿下の色のドレスに着替えさせてもらいました。亡くなった彼のお母様のドレスだそうです。
パーティー会場で私達は手を取り合います。
彼の手が私の腰にまわされて、音楽に合わせて踊り出しました。
殿下は魅力的な微笑みを浮かべ、私をじっと情熱的に見つめます。
「君は月光の精霊のように美しいな」
「口がお上手ですわ。殿下のほうこそ、夜を司る男神のように魅力的です」
着飾ったブリンドルとマルルーズは、笑いあって踊り始める。二人は一枚の絵画のように美しかった。
踊り疲れて、会場に設置されたテーブルのへ向かうと、美しい菓子や美味しそうな料理が並んでいた。
マルルーズは小さなチョコレートを手に取って、殿下の口へそっと運ぶ。
「殿下、チョコレートを食べると運が良くなるそうです。犬の姿の時は食べてはいけないものですが、呪いが解けたのなら召し上がってください。美味しいですよ」
「チョコレートか」
ブリンドルはマルルーズの差し出したチョコを唇でくわえる。そして、マルルーズの体を優しく引き寄せた。
マルルーズが驚く間もなく、彼女の口にチョコの味と柔らかい感触がした。彼女は目を閉じて、それを味わう。
マルルーズとブリンドルの初めてのキスは、チョコの味がした。
夜が明けるまで二人は踊りあかし、語り合い、時折チョコの味のキスを楽しんだのだ。
明け方になると、明るくなる空とは反対にブリンドルと使用人達は、暗い靄に包まれてしまった。焦って慌てて叫んだが、彼らの姿は元の動物の姿に戻ってしまった。呪いが解けたのは、一時的なものだったのだ。
マルルーズも驚いて固まってしまった。希望の後の絶望は、より深く辛く感じてしまう。
しばらくの間ブリンドルは呆然としていた。
しかし、気持ちを切り替えることにした。自分の不幸を数えるよりも、マルルーズと出会えたことを喜ぼうと考えたのだ。
彼は笑って言う。
「人助けをすると呪いが薄まるようだ。それが分かって運が良かった。これからお忍びで街へ出かけて人を助けていこう。いつか人に戻れるだろう。手伝ってほしい、マルルーズ嬢」
「もちろんですわ! 殿下」
「ブリンドルと呼んでほしい」
「嬉しいですわ。私のこともマルルーズとお呼びください。ブリンドル様」
「様もいらない」
「まあ! とても嬉しいです。ブリンドル」
薔薇の花が花開くように、マルルーズは微笑んだ。
(この方となら、ずっと一緒に助け合っていける気がいたしますわ)
数日後のことです。夕食の時に、ブリンドルはテーブルの上にリボンのついた細長い箱を置きました。ワンコ殿下は嬉しそうに舌を出して尾を振っています。
「君にプレゼントだ。開けてみろ」
「まあ、嬉しいですわ! 何かしら?」
私が箱を開けると、黒い石のネックレスが入っていました。
「ヘマタイトというパワーストーンだそうだ。魔除けと血行促進の力がある。取り寄せたんだ。君に似合うと思う」
「素敵ですわ! どうでしょうか?」
「うん、よく似合っている」
私は早速首にネックレスをつけて、ブリンドルに見せました。
(きっと肩凝りと頭痛が和らぎますわ。目の下の隈も改善されるかもしれません。なんて優しいワンコ殿下でしょうか。私もお返しがしたいですわ)
私はポケットから、ある物を取り出したのです。そしてブリンドルの首に付けました。彼に触れて、私のポケットの中のお守り鏡がバリンバリンと割れまくる音がします。
ですが、今は気にしてられません。これは大切なことなのです。私の手で付けたいのです。
「マルルーズ? これは何だ?」
「紫水晶のついた金の首輪です。紫水晶は、悪い気を浄化する力があるのです。実家に連絡して送ってもらいました。お似合いですわ。パワーストーンを浄化する方法も心得ています。時々水晶やホワイトセージや流水で浄化して月光や日光でパワーチャージしておきますわ」
「なんてことだ。こんな愛情のこもった贈り物は初めてだよ。なぜ金色なのだ? 私は君の髪の銀色がよかった」
(そんなことをサラッと仰るから、女性達や魔女が寄ってきたのだと思いますわ)
私はブリンドルの天然の女たらしっぷりに赤面してしまいました。
「金は来年のラッキーカラーなのです。また来年新しくラッキーカラーを贈らせていただきますわ」
「そうか! 嬉しいな。来年が楽しみなんて、君が来て素敵なことばかりだよ。君に出会えて私が運がよかった!」
「嬉しいですわ!! 私もです! 不運令嬢と呼ばれる私が、出会えて運がよいってもらえる日が来るなんて。ありがとうございます!」
私は嬉しくて舞い上がりそうです。
でも満足して油断はいたしません。満たされた時が一番危ないと聞きます。次に大きな不幸が来ると聞いたことがあるのです。完全に満足せずに、自分を高めていくのが長く続く幸運の秘訣らしいのです。
ブリンドルは首輪を見ようと鏡の前へ行き、不思議そうに頭を傾げている。そして、嬉しそうにくるくると回りだした。
マルルーズにとって、悶絶しそうな可愛らしさだった。
(可愛いすぎるブリンドルのこの姿! ご褒美! これは神が私にくれたご褒美です……! )
しばらく離宮で過ごしたある日のこと、マルルーズは商人から噂話を聞いた。
彼女の元婚約者は浮気をして、あの時一緒にいた女性に呪いをかけられたそうだ。
彼は黄金の毛並みを持つアフガンハウンドにされてしまったらしい。ただし頭頂部は禿げたままだったそうだ……。
(彼の家は、代々神官長を出してきた名家です。私の不運体質に神の加護が与えられるようにと選ばれた三男でした。でも彼はいつも不平不満や悪口を言ってました。
『言霊』というものがあります。言葉には不思議な力があって、発した言葉はそのまま現実や運命に影響を与えると考えるものです。
彼は私を『疫病神』と蔑んでいました。そして、ついに本物の疫病神のような女性を、引き寄せてしまったのかもしれません。
いつか呪いが解けるようにご多幸を祈っておりますわ。
それにしても、あの時の女性が魔女だったのね。彼女は『真実の愛』を求めて恋を繰り返しているそうです。あの時に魔女と分かっていれば捕まえて、ブリンドルの呪いを解いてもらいましたのに……。世の中うまくいきませんね)
いつかブリンドルの呪いを解いて、楽しく暮らしていく。それが、マルルーズの今の夢なのだ。
マルルーズは、今日も平民の服を着て、玄関へ向かう。
そこには、ペット用押し車に座ったワンコ殿下がハッハッと嬉しそうに息をしながら待っている。
「さあ! 今日も人助けの散歩に行こう!」
「はい! 今日も善行を積みましょう!」
呪物でも疫病神でも楽しい気持ちになれるのだ。一時的でも人に戻り、不運を忘れる程楽しく過ごせると彼らは知ったのだ。
陰気だったマルルーズは、もういない。今日も楽しい気持ちでいっぱいだった。大好きな呪いのワンコと人助けをしていくのだ。それが上手くいけば、また楽しく素敵な夜を過ごせるだろう。
マルルーズは考える。
(私達は、今後もこっそりと人助けを続けていくのです。
突然雨が降るかもしれませんが、傘も持ちました。体調が悪くなるかもしれませんが、回復や解毒ポーションの用意もバッチリです。財布を落とすかもですが、リスクを考えて幾つかに分けて持ちました。猫の護衛騎士達も付いてきてくれます。
私達なら何が来ても生き残れます。
そしていつか呪いを解いて、楽しく素敵に過ごしていきましょう!)
彼らは、笑顔で人助けの散歩に出発したのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
読んでくださった全ての方達に、開運と幸福を心から願っています。
面白かったらブックマーク、星5、いいねなど下の評価をよろしくお願いします! 執筆の励みになります。
余話
通称「魔女の瞳」という福島県の火口湖「五色沼」があるそうです。太陽の光の加減でコバルトブルーの湖面が神秘的に色を変えるそうです。




