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青森クオリティ

作者: 久遠 睦
掲載日:2025/11/22

第一部 三十階からの眺め


午前六時十五分。桜井沙耶のスマートフォンのアラームが、抑制の効いた電子音で鳴り響く。東京の空がようやく白み始める頃、彼女の一日はすでに始まっている。恵比寿のワンルームマンションは、家賃二十万円という現実を忘れさせるほどにミニマルで、整然としていた。ベッドから滑り出ると、プログラムされたコーヒーメーカーが静かに唸りを上げる。朝食は、出勤前にコンビニで買ったおにぎり一つ。それを口に運びながら、ノートパソコンを開き、海外チームからの夜間の更新分メールに目を通すのが常だった 。

クローゼットには、丸の内のオフィス街で浮かない、ニュートラルカラーの服だけが並んでいる 。沙耶は、その中からネイビーのセットアップを選び、手早く身支度を整える。彼女は、大手IT企業に勤める入社三年目のシステムエンジニア。月給三十万円という数字は、地方の友人からすれば羨望の的だろうが、税金と社会保険料が引かれ、高額な家賃を支払えば、手元に残る金額は決して多くはない 。それでも、この街で自立して生きているという事実が、彼女の鎧だった。

満員電車に揺られ、大手町駅の改札を抜けると、空気が変わる。ガラスと鋼鉄でできた超高層ビル群が、朝の光を反射してきらめいていた。沙耶が勤めるオフィスは、そのうちの一棟の三十階にある。フロアに足を踏み入れると、すでに何人かの男性社員がデスクに向かっていた。この業界において、女性エンジニアはまだ少数派だ 。沙耶は、自分の能力を証明するために、誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで働くことを自らに課していた。

「桜井さん、おはよう。昨日のクライアントからの修正依頼、もう対応してくれたんだ。助かるよ」

上司の言葉に、沙耶は「当然です」と心の中で呟きながら、にこやかに会釈する。会議では、自分の意見を言う前に、まずデータと事実を完璧に揃える。男性中心の議論の中で、感情的だとか、論理的でないとか、そういったレッテルを貼られることを極端に恐れていた 。彼女の緻密な準備と冷静な発言は、チーム内で一定の評価を得ていたが、それは同時に、彼女を孤立させてもいた。気軽に悩みを相談できる同性の同僚も、キャリアの指針となる女性の上司もいない 。プロジェクトの締め切り前には、残業が当たり前になり、休日出勤も珍しくない 。それは、この業界で生き抜くための代償だと、自分に言い聞かせていた。

その夜も、クライアントとの打ち合わせ後の飲み会に付き合い、解放されたのは午後十時を過ぎてからだった。一人、タクシーで恵比寿のマンションに戻る。きらびやかな街の灯りが、窓の外を滝のように流れていく。部屋に入り、スーツを脱ぎ捨ててソファに沈み込むと、ようやく一息つけた。静寂の中で、スマートフォンの着信履歴に気づく。母からだった。

コールバックすると、二コールも鳴らないうちに応答があった。

『沙耶か?なんも、こっただ時間まで。大丈夫だが?』

電話の向こうから聞こえてくる、温かく、少し訛りのある津軽弁が、張り詰めていた沙耶の心を優しく解きほぐす 。

「うん、大丈夫。今、仕事終わったとこ」

『んだが。こっちは、もうみんな寝でまったよ。おど、りんごの値段、今年は良さそうだんて、喜んでら』

母が話すのは、近所の誰それが結婚したとか、畑の作物の出来栄えだとか、そんな他愛のない話題ばかり。沙耶の世界とは、あまりにもかけ離れている。それでも、その声を聞いていると、自分が巨大な都市の歯車ではなく、桜井家の沙耶という一人の人間に戻れる気がした。

「そっか。それは良かった」

短い会話を終え、電話を切る。沙耶は窓の外に目をやった。地平線の果てまで続く、無数の光の海。この街には、夢も、チャンスも、刺激も、すべてがある。しかし、彼女が心の底から安らげる場所は、どこにもないように思えた 。

ふと、故郷の風景が脳裏をよぎる。実家の二階の窓から見える、津軽平野の向こうにそびえる岩木山の姿。朝日に染まる山、夕闇に沈む山、雪を頂いた冬の山。どんな時も、変わらずそこにあって、自分の存在を肯定してくれる、絶対的な指標 。この東京の夜景には、そんな不動の山は存在しない。絶え間なく変化し、明滅を繰り返す光の中で、自分はどこへ向かっているのだろう。沙耶は、深い孤独感に包まれていた。


第二部 変わらない山


夏の長期休暇。東京駅を出発した東北新幹線「はやぶさ」は、関東平野を抜け、緑が深くなる北へとひた走る。車窓の風景が、ビル群から田園へと変わっていくにつれて、沙耶の心も少しずつ解き放たれていく。そして、盛岡を過ぎたあたりで、雲の切れ間にそれが見えた。岩木山。遠く、青く霞むその優美な稜線を目にした瞬間、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。「帰ってきた」。その実感だけで、涙がにじんだ 。

新青森駅のホームに降り立つと、東京とは明らかに違う、湿気を含んだ草の匂いがした。迎えに来てくれた父の運転する車に乗り込む。

「東京もいいけど、やっぱわーのうぢが一番だべ」

父が津軽弁で言う。沙耶は黙って頷いた。車は市街地を抜け、見慣れた田園風景の中を走る。どこからでも見える岩木山が、まるで守り神のように、静かにこちらを見下ろしている 。

実家での夕食は、ごちそうが並んだ。母が作ったイカメンチ、新鮮なホタテの刺身、そして、つがる漬け 。一口食べるごとに、忘れていた子供の頃の記憶が蘇る。懐かしい味に満たされながらも、両親の会話には、どこか影が差していた。

「駅前の〇〇商店、とうとう閉めちゃったんだと。後継ぎがいなくてな」

「隣の佐藤さんとこの息子さんも、大学で仙台さ行って、そっちで就職するって言ってたしな。この辺も、若い人がどんどんいなくなって、寂しくなる一方だ」

沙耶は黙って聞いていた。東京でニュースとして見ていた地方の過疎化や高齢化という言葉が、今、目の前の食卓で、固有名詞を持った現実として語られている 。自分もまた、その「いなくなった若い人」の一人なのだという事実に、胸がちくりと痛んだ。

翌日、沙耶は一人で町を歩いてみた。通っていた小学校、友達と遊んだ公園、初めて自転車に乗る練習をした道。風景は記憶の中のそれとほとんど変わらない。しかし、町の中心部にある商店街は、様変わりしていた。シャッターが下りたままの店が、歯の抜けたように点在している 。かつて賑わっていた書店も、文房具屋も、今はない。開いているのは、高齢者向けの衣料品店と、数軒の薬局だけ。すれ違うのは、ほとんどがお年寄りだった。

これが、私が愛した故郷の今の姿なのか。沙耶は、言いようのない無力感に襲われた。東京での華やかな生活と、静かに寂れていく故郷。そのあまりにも大きな断絶が、彼女の心をかき乱す。

休暇の最終日、沙耶は車を借りて、津軽平野を一望できる場所までドライブした。平川にかかる橋の上から、広大な水田の向こうにそびえる岩木山を眺める 。風が稲穂を揺らし、緑の波がどこまでも続いていく。山は、何百年、何千年も前から、この風景を見守ってきたのだろう。雄大で、美しく、そして変わらない。しかし、その麓で営まれてきた人々の暮らしは、確実に変わり、そして、失われつつある。

この美しい故郷のために、自分に何かできることはないのだろうか。東京に戻れば、また忙しい日常に追われ、この気持ちも薄れていってしまうのかもしれない。でも、それでいいのだろうか。一人で帰ってきたところで、何も変えられない。そう思う一方で、何かをしたいという焦燥感が、沙耶の胸を焦がしていた。岩木山は、ただ黙って、そんな彼女を見下ろしていた。


第三部 湯けむりの囁き


休暇が明けて数ヶ月後、沙耶は会社の同僚二人と九州へ旅行に出かけた。レンタカーを借り、阿蘇の外輪山を走る。窓の外には、どこまでも続く牧草地と緩やかな丘陵が広がっていた。

「わー、すごい。でも、本当になーんにもないね」

後部座席に座っていた友人が、悪気なく言った。「コンビニもないし、私、こういうところには住めないなあ」。もう一人の友人も頷く。彼女たちにとって、この風景は非日常の観光地であり、消費されるべきコンテンツに過ぎない 。しかし沙耶は、その「何もない」風景の中に、故郷青森の田園風景と重なる、静かで力強い生命力を感じていた 。

その夜、彼女たちが泊まったのは、黒川温泉の奥まった場所にある、こぢんまりとした旅館だった 。古い民家を改装したような趣のある建物で、華美ではないが、隅々まで手入れが行き届き、センスの良さが感じられる。経営しているのは、沙耶より少し年上に見える、三十代前半の夫婦。小さな男の子が、母親の後ろをちょこちょことついて回っていた。

夕食は、宿の主人が自ら育てたという無農薬野菜や、地元のあか牛を使った、心のこもった料理だった 。そのどれもが、素材の味がしっかりと感じられる、滋味深いものだった。

友人たちが部屋に戻って眠りについた後も、沙耶はどこか満たされた気持ちで、ラウンジのソファに座っていた。そこへ、片付けを終えた女将の結衣ゆいがやってきて、「眠れませんか?」と声をかけてきた。

「いえ、なんだか、とても居心地が良くて」

沙耶がそう言うと、結衣は嬉しそうに微笑んだ。「よかった。私たちも、そう思ってもらえる場所を作りたくて、この宿を始めたんです」

それをきっかけに、二人の会話が始まった。結衣も大学進学で大阪に出て、そのままデザイン事務所で働いていたこと。都会の暮らしは刺激的だったけれど、常に何かに追われているような息苦しさを感じていたこと 。そして、休暇で実家に帰った時に、地元で林業を営んでいた今の夫と出会い、ここに自分の人生を根付かせたいと強く思ったこと。

「最初は、周りから『もったいない』って言われましたよ。大阪でのキャリアを捨てて、こんな何もない田舎に帰るなんてって」と結衣は笑った。「でもね、幸福度って、収入や利便性だけでは測れないと思うんです。調査によっては、沖縄や九州の地方の方が、大都市圏より幸福度が高いっていう結果も出ているくらい 。ここには、東京や大阪にはないものがたくさんある。澄んだ空気、美味しい水、顔の見える人間関係、そして、自分たちの仕事が、この土地の未来に繋がっているという実感。私たちは、都会の真似をするんじゃなくて、この土地にしかない価値を、丁寧に磨き上げて、訪れる人に伝えたい。黒川温泉全体が、そうやって『本物の田舎であること』を追求して、再生してきた歴史があるんです」 。

結衣の言葉は、一つひとつが沙耶の心に深く染み込んでいった。それは、彼女が故郷に対して抱いていた漠然とした思いを、見事に言語化してくれたものだった。

「成功って、都会に出て何かを成し遂げることだけじゃない。故郷に帰って、そこに新しい価値を生み出すことも、素晴らしい成功の形だと思うんです」

結衣は、ふと何かを思い出したように言った。「そういえば、別の県の友人は、地元で昔から捨てられていた農産物の副産物を使って、すごく人気の商品を開発していましたよ。誰もが見過ごしていたものの中にこそ、宝物が眠っているのかもしれませんね」 。

その一言が、沙耶の心に小さな、しかし確かな火を灯した。

青森にも、そんな宝物が眠っているのではないか? 誰も気づいていない、この土地だけの価値が。

湯けむりの向こうに、ぼんやりと光が見えた気がした。


第四部 鮭の秘密


九州旅行から戻った沙耶の日常は、表面上は何も変わらなかった。しかし、彼女の内面では、静かな革命が始まっていた。これまでただやり過ごすだけだった仕事後の時間や週末は、すべて青森に関するリサーチに捧げられた 。彼女は、システムエンジニアとして培った情報収集能力と分析力を、今、人生で最も重要なプロジェクトのために駆使していた。

「青森の、見過ごされた宝物」。結衣の言葉が、頭の中で何度も反響する。沙耶は、県の産業振興策、農林水産業の現状、地域資源活用の事例など、あらゆる公的資料やレポートを読み漁った 。リンゴ、ホタテ、ニンニク。有名な特産品は数多くあるが、それらはすでに多くの企業が手がけている。もっとニッチで、まだ光が当たっていないものはないか。

検索のキーワードを変え、学術論文のデータベースにまで手を広げたある夜、彼女の目は一つの研究報告書に釘付けになった。

「弘前大学発・新規機能性素材プロテオグリカンの高効率抽出技術の確立」 。

プロテオグリカン(PG)という言葉に、沙耶は聞き覚えがなかった。しかし、読み進めるうちに、彼女の心臓は高鳴り始めた。

報告書によれば、プロテオグリカンは、ヒアルロン酸やコラーゲンと共に人間の皮膚や軟骨に存在する成分で、極めて高い保水力を持つという 。しかし、従来はその抽出が非常に困難で、研究用として1グラム3000万円もの高値で取引されていた夢の成分だった 。

その量産化を世界で初めて可能にしたのが、弘前大学の研究チームだった。彼らは、青森県で大量に水揚げされる鮭の、これまで産業廃棄物として捨てられていた鼻軟骨(氷頭)から、高純度のプロテオグリカンを安価に、かつ大量に抽出する技術を開発したのだ 。

これだ。沙耶は確信した。

故郷の基幹産業である漁業。その過程で生まれる「廃棄物」。それを、地元の大学が持つ世界最先端の「技術」で、「高価値」な美容・健康素材へと生まれ変わらせる。これほど完璧なストーリーがあるだろうか 。

沙耶は、プロテオグリカンの機能性について、さらに深く調べた。ヒアルロン酸を上回るほどの保湿効果に加え、コラーゲンやヒアルロン酸の産生を促進する作用、抗炎症作用、シワやたるみを改善するアンチエイジング効果まで期待されるという 。すでに県と大学、地元企業が連携し、「あおもりPG」としてブランド認証制度も立ち上げており、品質の高さは保証されている 。いくつかの地元企業が、この「あおもりPG」を配合した化粧品や健康食品を開発し始めており、そのリピート率の高さが報告されていた 。

沙耶の頭の中に、一つの明確なビジョンが形作られていった。

この「あおもりPG」を核とした、高品質なスキンケアブランドを立ち上げる。ただ製品を作るだけではない。青森の自然の恵みと、そこに住む人々の知恵と革新が生んだ、この素晴らしい物語を、製品を通して世界に発信するのだ。

東京のコンクリートジャングルの中で、見失いかけていた情熱が、体の芯から燃え上がるのを感じた。長年、彼女を覆っていた無力感という名の霧が、一気に晴れていく。やるべきことは、決まった。


第五部 北へ向かう列車


決断は、嵐のように沙耶の人生を駆け巡った。

まず、会社に辞表を提出した。直属の上司は、彼女の退職理由を聞いて、信じられないという顔をした。

「桜井、本気か? 青森に帰って、化粧品を作る? 君ほどの優秀なエンジニアが、なぜそんなキャリアを捨てるんだ。田舎に帰っても、未来はないぞ」 。

その言葉には、心配よりも、都会の価値観を絶対とする者特有の、無自覚な侮蔑が滲んでいた。沙耶は、静かに、しかしきっぱりと答えた。「私にとっては、未来しかないんです」。部署内で唯一、彼女の決断を心から応援してくれたのは、定年間近の女性の先輩社員だけだった。「あなたが羨ましいわ」と、彼女は小さな声で言った。

次に、両親への報告。電話口の母は、娘が帰ってくるという知らせに、手放しで喜んだ。しかし、父は違った。「沙耶、それで本当に生活していけるのか。安定した仕事を辞めてまでやることなのか」。その声には、娘の将来を案じる、深く、切実な不安がこもっていた 。沙耶は、自分の事業計画を、数字とデータを交えて、冷静に、そして情熱的に説明した。父が完全に納得したわけではなかったが、最後には「お前がそこまで決めたんなら、やってみろ」と、背中を押してくれた。

沙耶の挑戦は、決して無謀なだけではなかった。彼女はリサーチの過程で、青森県や市町村が、Uターン移住者や起業家を支援する制度をいくつも設けていることを突き止めていた 。彼女は、県の「UIJターン創業者向け起業支援金」と「移住支援金」に申請することにした。最大で合計300万円の支援が受けられる可能性がある 。申請書類の準備は煩雑だったが、それは彼女の夢を具体的な事業計画へと落とし込む、重要なプロセスでもあった。青森市にある「AOMORI STARTUP CENTER」の女性アドバイザーにオンラインで相談すると、親身になってアドバイスをくれ、心強い味方となった 。

東京での最後の一週間は、慌ただしく過ぎていった。住み慣れた恵比寿のマンションの引き払い。友人たちに、まだ使える家具や家電を譲り、残った荷物を段ボールに詰めていく。それは、東京で過ごした七年間の自分自身を整理する作業でもあった 。

「本当に、行っちゃうんだね」

荷物の運び出しを手伝ってくれた友人が、がらんとした部屋を見回して寂しそうに言った。

「うん。でも、これが終わりじゃないから。始まりだから」

沙耶は微笑んだ。不安が全くないわけではない。しかし、それ以上に、これから始まる新しい人生への期待が、彼女の心を占めていた。

そして、出発の日。沙耶は、再び東北新幹線のホームに立っていた。しかし、これまでとは全く違う。これは、帰省ではない。移住だ。手にした切符は、片道。

列車がゆっくりと動き出し、見慣れた東京のビル群が遠ざかっていく。窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、沙耶は静かに誓った。これは逃避ではない。自分の人生を、自分の足で、自分の故郷で、もう一度始めるための、選択なのだと。


第六部 青森クオリティ


青森での新しい生活は、実家の一室をオフィス兼作業場にすることから始まった。沙耶はまず、自身のブランドコンセプトを練り上げた。ブランド名は「AOKA(蒼果)」。青森の澄んだ空と海の「蒼」と、豊かな大地が育む果実の「果」。それは、厳しい自然の中でこそ生まれる、純粋で力強い恵みを象徴していた。

ブランドの核となる価値は三つ。 一つ目は「有効性」。弘前大学の研究に裏打ちされた「あおもりPG」の科学的効果を、余すところなく製品に込めること 。 二つ目は「地域性」。プロテオグリカンだけでなく、リンゴ由来のセラミドや、津軽地方で採れる薬草エキスなど、青森ならではの素材を積極的に活用すること 。 三つ目は「持続可能性」。鮭の鼻軟骨という未利用資源をアップサイクルし、パッケージにはリサイクル可能な素材や、環境負荷の少ないデザインを採用すること 。 この三つの価値を、「故郷の宝物から、あなたの肌へ」というストーリーで繋ぎ合わせる。それが沙耶の戦略だった 。

最大の壁は、製造だった。自社工場を持つ資金などないため、化粧品OEM(受託製造)メーカーを探す必要があった 。しかし、ほとんどのメーカーが要求する最低発注ロットは数千個単位。沙耶の初期資金では到底不可能だった 。何社にも断られ、心が折れかけた時、弘前市にある一軒の小規模なOEMメーカーと出会った。社長は、沙耶の熱意と、プロテオグリカンという素材の将来性に賭けてくれた。「うちも、新しい挑戦がしたいと思っていた。小ロットからでも、一緒にやってみよう」と言ってくれたのだ 。そこから、試作品開発の日々が始まった。テクスチャー、香り、肌への浸透感。何度も試作とフィードバックを繰り返し、沙耶は理想の美容液を完成させた。

次なる課題は、資金調達と市場へのアプローチだった。沙耶は、クラウドファンディングを活用することにした 。それは単なる資金集めではなく、ブランドの物語を伝え、共感してくれるファンを最初から作るための、戦略的な選択だった。

彼女は自らカメラを手に、プロモーションビデオを制作した。津軽平野に広がるリンゴ畑、荒々しい日本海で鮭漁に励む漁師たち、弘前大学の研究室で白衣を着て語る教授、そして、岩木山を背に、自分の夢を語る沙耶自身の姿。それは、単なる化粧品の宣伝ではなく、一人の女性が故郷で再起をかけるドキュメンタリーだった 。

リターン品にも工夫を凝らした。製品本体はもちろん、支援額に応じて、地元のリンゴジュースや、こぎん刺しの小物をセットにした 。最高額の支援者には、「AOKA誕生の地を巡る、沙耶のガイド付き青森ツアー」を用意した。

キャンペーンが公開されると、反響は沙耶の想像をはるかに超えた。まず、地元の新聞やテレビが「東京からUターンした女性が、県の特産品で起業」と取り上げた 。すると、そのストーリーはSNSを通じて全国に拡散された。「地方創生」「Uターン」「サステナブル」。時代のキーワードと見事に合致した彼女の挑戦は、多くの人々の心を捉えた。目標金額は、わずか一週間で達成。最終的には、目標の三倍を超える資金が集まった 。

それは、沙耶の製品が、そして彼女の物語が、市場に受け入れられたという何よりの証だった。クラウドファンディングで得た資金と、何百人もの支援者という心強い仲間を手に、沙耶は「AOKA」のオンラインストアをオープンさせた。青森の、長く厳しい冬が明け、雪解け水が大地を潤し始める、春のことだった。


第七部 水面に広がる波紋


「AOKA」の船出は、順調だった。クラウドファンディングで生まれた熱気は、そのままブランドの初期の勢いとなった。SNS上には、支援者たちからの熱心な口コミが次々と投稿され、それが新たな顧客を呼ぶという好循環が生まれた 。沙耶の語るブランドストーリーは、単に「地方の良いもの」というだけでなく、「自分の消費行動が、ある地域の未来を応援することに繋がる」という付加価値を消費者に与え、強い共感を生んだのだ。

注文は増え続け、すぐに沙耶一人では発送作業が追いつかなくなった。実家のガレージに積まれた段ボール箱を前に、彼女は最初の従業員を雇うことを決意する。声をかけたのは、高校時代の同級生、亜美だった。彼女は、離婚して一人で子供を育てながら、町でパートの仕事を掛け持ちしていた 。

「私で、本当にいいの?」

戸惑う亜美に、沙耶は言った。「亜美じゃなきゃ、だめなの。一緒に、このブランドを育ててほしい」。

亜美を正社員として迎えた日、沙耶は、自分の事業が初めて自分以外の誰かの人生に、具体的な希望を生み出したことを実感した。

波紋は、さらに広がっていった。弘前市に新しくオープンするデザインホテルの支配人が、沙耶の活動を知り、「ぜひ、うちの客室アメニティにAOKAを置かせてほしい」と申し出てきた。地元のリンゴ農家が立ち上げたシードル工房とは、共同でクリスマスコフレを企画した 。沙耶の周りには、いつしか、彼女と同じように故郷で新しい価値を創造しようと奮闘する、若い世代の起業家たちの小さなネットワークが生まれ始めていた 。

ある秋の日、東京の著名なライフスタイル雑誌から取材依頼が舞い込んだ。「地方で見つける、新しい豊かさ」という特集で、沙耶のストーリーを取り上げたいという。取材の日、記者の女性に「なぜ、東京での成功を捨ててまで、青森に帰ろうと思ったのですか?」と問われた沙耶は、かつて九州の旅館で結衣から聞いた言葉を、今度は自分の言葉で語っていた。

「何かを捨てるためじゃなく、新しい何かを見つけるために帰ってきたんです。ここには、都会にはない豊かさがあります。そして、その価値を形にして届けるのが、私の仕事だと思っています」 。

自分が、かつて切望したロールモデルに、なっている。その事実に、沙耶は静かな感動を覚えていた 。

そして、夏が来た。

青森の街が、一年で最も熱く燃え上がる季節。ねぶた祭の夜 。沙耶は、亜美や他の従業員たち、そして両親と共に、沿道で祭りの行列を待っていた。遠くから、地響きのような太鼓の音と、「ラッセーラー、ラッセーラー」という威勢のいい掛け声が近づいてくる 。

やがて、光り輝く巨大なねぶたが、目の前を通り過ぎていく。その圧倒的な迫力と、跳人はねとたちの躍動するエネルギーに、観衆から歓声が上がる。かつては、ただ懐かしい故郷の風景として見ていたこの祭りが、今は全く違って見えた。これは、この土地に生きる人々の情熱と、誇りの結晶なのだ。自分も、その一員なのだ。

祭りの喧騒が少し遠のいた頃、沙耶は一人、あの平川の橋の上に立っていた。夕闇が迫る空の下、岩木山が雄大なシルエットとなって浮かび上がっている。

山は、変わらない。

しかし、それを見上げる自分の心は、すっかり変わっていた。かつてこの場所に満ちていた、どうしようもない寂しさと無力感は、もうどこにもない。代わりに、胸の奥深くから、静かで、確かな充足感が湧き上がってくる。

私は、自分の居場所を見つけた。それだけではない。その居場所を、自分の手で、少しだけ、豊かにすることができた。

津軽の涼やかな夜風が、沙耶の頬を優しく撫でていった。水面に広がる波紋のように、彼女の物語は、まだ始まったばかりだった。


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