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第12話:魔力操作訓練

 

「えっ!明日ですか……!?」

「ええ。水無月班長も任務から戻って一段落ついたみたいだから、明日の個別訓練は副隊長ではなく水無月班長が担当よ」


 いつものように休憩時間にベンチで雑談していたところ、隊長から突然予定変更を告げられた。

 水無月さんは指名任務から戻ってきてからも慌ただしく動き回っていて、その後しばらく訓練は行われていなかったのだが――ついに、明日から再開されるらしい。


「魔力操作の訓練、ですよね。楽しみではあるんですが……実際にはどんなことをするんでしょうか?」

「そうね。私の時は瞑想が多かったけれど、学んできた環境によって内容は違うから、具体的には私も分からないわ」

「そうなんですか……」


 私は昔から繊細な作業が苦手だったので、訓練が上手くこなせるかどうか不安が胸をよぎる。

 下手すぎて失望されたらどうしよう――そんな後ろ向きな思考に沈んでいると、隊長がふっと微笑んで言葉を重ねた。


「魔力操作の難しさは、魔力保持者なら誰もが知っていること。たとえ明日の訓練が上手くいかなくても、責める人はいないわ。だから、そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫よ」

「は、はい……!」


 心を見透かされたようで少し恥ずかしい。

 それでも、それ以上に隊長の優しい言葉がじんわりと胸に染みて、温かくなる。


 ここ数日、こうして休憩時間に雑談をするようになってから知ったのだが、業務以外で話す時の隊長は想像していたよりもずっと表情豊かな人だった。

 真面目で堅い印象しかなかった人が、アニメの話で楽しそうに笑ったり、つい喋りすぎて照れくさそうにしたり――そんな新しい一面を見られる今の立場が、なんだかとても贅沢に思える。


「それに、水無月班長は日本に数名しかいない高位ライセンスの治癒士よ。できるかどうかは気にせず、明日は胸を借りるつもりで挑みなさい」

「はいっ!!」

「もう休憩は終わりね。今日は早めに上がらせてあげるから、その分、全力でぶつかって来なさい」


 隊長はベンチに立てかけていた木刀を取ると、模擬戦エリアへと歩き出す。

 私も慌てて木刀を握りしめ、その背を追いかけた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。水無月班長による魔力操作訓練は医務室で行われた。

 丸テーブルの椅子に腰を下ろし、出された課題は――。


「ううぅ……もう無理です、頭がパンクしそう……。なんで人体の構造ってこんなに複雑なんですかっ」

「ふふ、頭から煙が出てきそうねぇ」

「『入門 人体解剖図鑑』って、入門って書いてあるのに全然入門じゃないじゃないですか……!」


 分厚い本とにらめっこし、半泣きになる私を見て、水無月さんは窓際のデスクでくすくす笑っている。

 正直、勉強は苦手ではない。学生時代も成績は悪くなかった。だが、この本の内容はあまりに専門的すぎて歯が立たない。

 骨格、筋肉、内臓の働き、さらには神経の構造とその役割まで。

 ぎっしり書き込まれた専門知識を三分の一も読み進めないうちに、心が折れかけていた。


 机に突っ伏したところへ、コツコツとハイヒールの足音。

 顔を上げた瞬間、左肩にそっと重みが乗る。


「さて、どこまで進んだかしら」

「ッ!!」


 水無月さんが私の肩に手を置き、身を寄せて本を覗き込む。あまりの至近距離に息を呑んだが、邪魔をしないよう身体を固めて耐える。

 金木犀のような香水の香りがかすかに漂い、橙色の髪が視界に落ちる。その色と香りが重なって、花びらのように思えた。

 と、ぼんやり考えていた矢先――。


「あら!思っていたよりもずいぶん進んでいるのねぇ」

「え、でもまだ三分の一も……」


 朝から読み始め、昼休憩を挟んで現在は午後一時半過ぎ。自分では遅すぎると思っていたので、褒められて拍子抜けする。


「本当は前半の皮膚や筋肉の部分だけ読んでもらえれば十分だったの。大抵の子はそこだけでも苦労するものよ。まさか先まで進めるなんて思わなかったわ」

「あ……最後まで読まないといけないと思って……」

「うふふ、大丈夫。知識は深ければ深いほど良いもの。藍沢さんは雑に読む子じゃないだろうから、内容は理解できているでしょう?」

「えっと……はい、一応は」

「それならいいわ。偉いわねぇ」


 そう言って、優しく頭を撫でられる。

 必要箇所を先に言って欲しかった気もするけれど、褒め言葉に胸がくすぐったくなり、何も言えなかった。


「さて、座学はここまで。これからは実際に魔力を動かしてみましょう」

「あの、魔力操作って座学以外には何を……?」

「基本は瞑想だけれど、私の訓練では蛍石を使った発光量の調整と、怪我人の治療をしてもらうわ」

「え!?蛍石の発光量って……吸収される魔力量を変えるってことですか?それって違法じゃ……!」


 蛍石は魔力量の測定に使われる鉱石。本来の魔力循環量を偽る行為は法律で禁じられている。

 訓練でそれをやるなんて、とんでもないことだ。

 しかし、水無月さんはぽかんとした後に、ふっと笑った。


「違法なのは測定結果を偽装することだけ。訓練に使う分には問題ないわ」

「そ、そうなんですか……」

「蛍石を訓練に使うのは治癒士くらいだから、知らなくても当然よ」


 安心したのも束の間、私はもう一つの訓練内容を思い出して慌てて尋ねる。


「怪我人の治療って……まさか本物の隊員を私が?」

「ええ。もちろん私が監督するから心配しなくていいわ。ライセンス保持者が付き添えば規則違反にはならないもの」

「な、なるほど……」


 質問しようとしていたことを先に見抜かれ、しどろもどろになる私を見て水無月さんはまた上品に笑った。

 副隊長もそうだが、やっぱり水無月さんも私のことを子ども扱いしているような気がする。


「ごめんなさいね。可愛くて、つい笑ってしまったわ。もう笑わないからそんなにむくれないで」

「む、むくれてません……!」

「ふふ。じゃあ患者が来るまでは、蛍石の訓練をしてもらいましょうか」

「うう……はい」


 また頭を撫でられてから、蛍石を取りに行く水無月さんを見送る。

 ……なんだか最近、頭を撫でられてばかりだ。嫌なわけではないけれど、社会人としては複雑な気分でもある。


 戻ってきた水無月さんは布に包まれた蛍石をテーブルに置き、訓練方法を説明してくれた。


「本来は魔力を増やして発光色を変えていくけれど、藍沢さんは魔力量が多いから壊してしまいそうね。今回は逆に減らす方向でやってみましょう」

「減らす……難しそうですね」

「確かに増やすよりも減らす方が難しいわね。でも効果は大きいから、挫けず頑張ってみて」

「はい!」


 水無月さんがデスクに戻るのを見届けてから、私は蛍石を使った訓練に取りかかった。



 ◇ ◇ ◇



 それから二時間後。蛍石の発光色を変えることはできたが、微調整がどうにも上手くいかない。

 狙った色にならず、魔力を過不足なく流すことの難しさを痛感する。額には汗が滲み、集中力も切れかけていた。


 その時、医務室の扉が開いた。


「すみませーん。訓練中に腕を切ってしまって……治療してもらえますか?」

「ええ。まずは椅子に座って、傷を見せて」


 入ってきた若い男性隊員が右腕を押さえ、丸椅子に腰を下ろす。

 見れば刀で切ったような深い傷跡。私は思わず声を上げた。


「うわぁ……痛そう……」

「随分深いわねぇ」

「模擬戦で勢い余って……」


 傷の状態を確認した後、水無月さんが「この子と一緒に治療を進めるわ」とさらりと言うと、男性隊員は即座に了承した。

 その迷いの無さに驚いて、思わず声を上げてしまった。


「えっ、そんな簡単にいいんですか……!?」

「水無月班長が一緒なんだろ?なら問題ないさ」


 あまりにもあっさり受け入れられて戸惑う私に、水無月さんが言葉を添える。


「大丈夫よ。治療中もし魔力の流れに乱れがあっても、私が調整するから」

「そんなことできるんですか!?」

「普通は無理だな。でも水無月班長なら可能だ。だから俺たちは安心して任せられるんだよ」


 改めて水無月さんの技量と信頼の厚さに圧倒される。新人に体を任せられるほどの信頼とは……。

 不安は残るものの、私は覚悟を決め、水無月さんの指示に従って治療を始めた。


「……送る魔力が多すぎるわ、抑えて」

「ッ……はい!」

「いいわ、その感覚のまま続けて」


 本で学んだ知識と現実の施術の間には大きな隔たりがあった。

 水無月さんのサポートがなければ、とても成功できなかっただろう。

 なんとか治療を終える頃には、私は息が切れるほど疲れ果てていた。

 

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