第11話:距離を縮めよう作戦
個別訓練開始から二週間ほどが経ったある日の昼休み。
私は食堂で吉田くんたちから質問を投げかけられていた。
「へ?個別訓練がどんな感じかって?」
「そうそう。隊長と副隊長に、それから水無月班長にも教わってるんだろ?」
「うーん、そうだなぁ……」
興味津々の二人に見られながら、これまでの訓練を思い返す。
副隊長とは雑談を挟むことが多いものの、初日からほぼ模擬戦ばかり。
口頭での指導はほとんどないが、それでも最初の頃よりは副隊長の動きについていけるようになった……気がする。
まあ、相当手を抜いてくれているのだろうけど。
一方で水無月さんは、個別訓練が決まった直後に他部隊から任務を任されたとかで、まだ一度も訓練を受けられていない。
魔力操作の訓練に興味はあったが、六月中には戻ってくるそうなのでそれを楽しみに待つしかない。
そして隊長。こちらは授業さながらに丁寧で、武器の扱いから立ち回りまで細かく解説してくれる。
分かりやすくてありがたいのだが……唯一困るのは、雑談が一切ないことだった。
丸一日ずっと真面目な話ばかりで、正直ちょっと息が詰まる。副隊長なら自然と話題を振ってくれるが、隊長相手だと何を話せばいいのかも分からない。
私の気のせいかもしれないが、その沈黙の間は隊長の顔も少し硬い気がして――できれば改善したいところだ。
「なるほどなぁ。想像しただけで息が詰まりそうになったぜ……」
「なんとかしてあげたいけど、私は先輩隊員と話すだけでも精一杯だから……ごめん……」
「なにか興味を引けそうな話題でもあればいいんだけど」
三人で悩んでも妙案は浮かばず、諦めかけたその時。
吉田くんが「あっ」と声を上げた。
「そういえば前に、隊長が猫のキャラのキーホルダーを持ってるの見たぞ!爆弾背負った猫!」
「それって……猫爆のボムキャット大佐じゃないかな……?」
「あ、名前は聞いたことあるかも。猫が人間を粛清していくアニメだよね?」
「うん。多分、隊長が持ってたのはそのグッズだと思うよ」
猫爆――正式名称『キャット&エクスプロージョン』。
日曜朝八時から放送されているアニメで、可愛い絵柄と骨太なストーリーで子供から大人まで人気が高い。
私は観ていないが、妹が好きでテレビに流れていたので名前だけは知っていた。
猫たちの組織が悪い人間を粛清していく物語で、笑いあり涙ありのものらしい。
「ふーん。俺は知らねーけど、同じアニメ見てたら話のきっかけにはなるんじゃね?」
「うん。ちょっと話数は多いけど、話のネタにはいいと思うよ」
「二人ともありがとう……!今夜さっそく調べてみるよ!」
これが上手くいくかは分からないけれど、二人が真剣に考えてくれたことが胸にじんわりと染みた。
その日の夜、調べてみるとそれは既に四クール目まで続いており、全部観るには骨が折れそうだった。
だが、隊長との会話のきっかけになるなら、やるしかない。
気合を入れ、私はさっそく動画配信サービスへの登録を始めた。
◇ ◇ ◇
それから数日後。ぽかぽか陽気の昼下がり。
「おーい、ずいぶん眠そうだけど大丈夫か?」
「ッ!!す、すみません……!」
副隊長との訓練中、休憩時間のベンチでつい居眠りしてしまったらしい。
目を開けると、副隊長が心配そうに覗き込んでいた。
時計を見ると、もう休憩時間は過ぎている。
おそらく、私を気遣って起こさなかったのだろう。申し訳なさに駆られ、勢いよく立ち上がって頭を下げた。
「すっすみません!!休憩も過ぎてしまって……!」
「ははっ、いいって。あまりにも気持ちよさそうに眠るから、起こせなかったんだ」
優しい声と、ポンポンと頭に触れる温かな手。
その優しさに胸がじんわり熱くなる。
「最近やけに眠そうだな。何かあったか?」
「えっと……実は最近見始めたアニメがあって。それが面白くてつい夜更かしを……」
「あぁ、なるほど。で、なんてアニメだ?」
「……キャット&エクスプロージョン、です」
子どもっぽい理由を言うのが恥ずかしくて、声が小さくなる。
けれど事実、あの日以降私はすっかり夢中になり、暇さえあれば観るようになってしまっていた。
特に今観ている三クール目は続きが気になって仕方がなく、毎晩遅くまで画面にかじりついている。
だが、副隊長は笑い飛ばすでもなく、軽い調子で返した。
「あー、それなら私も知ってる。隊長が好きでな、たまに話を聞かされるんだ」
「!やっぱり隊長も好きなんですか!?」
「本人は隠してるつもりみたいだけどな」
副隊長は思い出し笑いをするように肩を揺らす。
――なるほど、情報は間違いなかった。
ちょうど明日は隊長との個別訓練の日だ。猫爆の話で少しは距離を縮められるかもしれない。
幸いなことに副隊長と話すうちに眠気も吹き飛び、その後の訓練には集中して臨むことができた。
◇ ◇ ◇
カンッ、カンッ、カンッ――ッ!!
木刀同士が鋭くぶつかり合い、乾いた音が訓練場に響く。
最近やっと握り慣れた木刀で覚えた型を繰り出すが、その切先はあっさりと隊長に受け流されるばかり。
必死に振るっても、隊長の余裕の表情を崩すことはできなかった。
「いいわ。だいぶ動きが滑らかになってきたわね。このあたりで一旦休憩にしましょう」
「は、はい!ありがとうございました!」
打ち合いを終え、十五分の小休憩に入る。風が汗ばんだ肌を撫で、火照った体を心地よく冷ましていく。
視線を向けると、少し離れた場所に立つ隊長の黒髪が風に揺れ、陽の光を受けて艶やかに煌めいていた。
それはまるで映像作品のワンシーンのように美しく、思わず見惚れそうになったが――今日の自分にはミッションがあるのだ。
右ポケットにそっと手を当て、中身を確認してから、意を決して歩み寄った。
「あっ、あの! 隊長!」
「なにかしら?」
「その……キャット&エクスプロージョンというアニメを、お好きだったりしますか……?」
突飛過ぎただろうか。声に出してみれば、自分でも唐突過ぎると分かる。案の定、隊長は驚いたように瞬きを繰り返した。
けれど次の瞬間、隊長の白い頬に淡い朱が差し、その視線が少しだけ泳いだ。
「ふ、副隊長から聞いたの……?」
「えっと、はい……」
本当は吉田くんからも聞いていたが、この様子だとそれは伏せた方がよさそうだ。
隊長は一瞬だけ眉を寄せて動揺を見せたが、すぐに小さく咳払いをして表情を整える。
ただ、赤みの残る頬までは隠せていない。
「……まぁ、好きか嫌いかで言えば、好きだと言ってもいいかもしれないわね」
わざと遠回しな言い方。訝しげにこちらを伺う隊長に、私はポケットから小さな箱を取り出した。
「実は先日、猫爆のガチャを回したんです。それでボムキャット大佐のシークレットがダブってしまって……。もしよろしければ、隊長に受け取っていただけないかと」
「!こ、これ……!人気のあまり常に品切れ状態の第三弾ガチャのシークレット、しかもネットではプレミアがついているミニフィギュアじゃない……!それを譲るなんて、本気なの……!?」
「は、はい。私はどちらかというとソードキャット少尉推しなので……。大切にしてもらえる方が、きっと幸せだと思って」
隊長は大きな瞳をさらに丸くして、食い気味に声を上げる。
私は苦笑しつつも本心を伝えた。たしかに“話のきっかけになれば”という思惑もあったが、ほとんどは推しを求めてガチャを回した結果なのだ。
幸い近所に隠れスポットがあり、予算オーバーになりつつも推しと大佐を引き当てられたのは運が良かった。
隊長は一瞬迷ったように視線を揺らしたが、やがてそっと受け取り――ふわりと笑った。
その笑みはいつもの凛としたものではなく、どこかあどけなさを残す柔らかな表情だった。
普段とのギャップが胸を締め付けるほど強烈で、危うく固まってしまいそうになる。
「よ、喜んでいただけて何よりです」
「……ありがとう。このお礼は必ずするわ。でも、本来は業務に関係ない物を訓練場に持ち込むのは禁止だから、今後は気をつけるようにね」
「はい、了解しました」
柔らかい声で軽く注意をすると、隊長はフィギュアをハンカチで丁寧に包み、近くのベンチへ置きに行った。
その仕草からは猫爆への愛情が隠しきれていない。
私の中での隊長の印象が「綺麗な人」から「可愛い人」へと、はっきり塗り替えられた瞬間だった。
その後も隊長と猫爆の話をしていると、休憩時間はあっという間に過ぎ去った。
今までにない和やかな空気の中で、私と隊長の距離を縮めよう作戦は、大成功に終わったのだった。