第9話:魔力覚醒者
去年の十一月。歩道を歩いていたところに居眠り運転の車が突っ込んできて、私は重傷を負った。
手術後も予断を許さぬ状態で、生死の境をさまよったと医師に告げられたが……私の身体は機能を止めるどころか、損傷をみるみる修復していったのだという。
その異常な回復を見た医師が魔力の存在を疑い、特対局に連絡。
再測定の結果、私は後天的な魔力保持者として登録されることになった――それが、事の顛末だ。
私の場合は覚醒前に魔力が無かったと医師が証言してくれたため問題なかったが、もし魔力保持者が意図的に魔力を隠して虚偽の測定をした場合、警察で取り調べを受け、最悪逮捕されることもある。
国家機関である特対局への登録を嫌がる者は少なくないが、その多くは犯罪者か危険思想を持つ者であるため、虚偽申告は厳しく取り締まられているのだ。
「なるほどなぁ。で、なんでその時の藍沢の結果は青だったんだ?」
「それは……その、蛍石に触れた直後に石が割れてしまって。一瞬だけ光った色を見て、青だと記録されたのだと思います」
「石が割れたって、許容量を大幅に超えた証拠だろ。普通はもっと大きい蛍石で再測定するはずだが……」
「測定官が劣化による破損とでも思ったのでしょうね。本来なら再測定は必須。測定官としてあるまじき行為だわ」
隊長は苦虫を噛み潰したような表情で長い溜息を吐いた。
まだ状況をいまいち理解しきれていないが、それ以上に、自分がこれからどうなるのかが気になって仕方なかった。
「白階級」と聞いても、突然すぎて実感が湧かない。測定結果が本当に正しいのかも疑わしい。
でも、もしこれが本当なら、階級が変わったせいで所属部隊も変わるかもしれない――そんな不安が胸にのしかかる。
「藍沢隊員の再測定結果については、私から本部に報告しておくわ。測定官の失態も含めてね。……さて、これからのことについて話しましょうか」
「あ、あの……私、部隊を移されることはないですよね?まだ入隊して二ヶ月ですが、ここが好きなので、できれば離れたくなくて……」
不安から声が尻窄みになる。
俯きそうになる顔を無理に上げ、隊長の反応を伺うと――意外にも返ってきたのは副隊長の笑い声だった。
「ははっ!神妙な顔で何を言い出すかと思ったら、随分と可愛いことを言うんだなぁ。金の卵を他に渡すなんて、するわけないから安心しな」
「き、金の卵……?」
「薫子、そんな言い方では藍沢さんが重荷に感じるでしょう」
「ん、あぁ……確かに。ごめんな。けど期待してるのは本当なんだ」
副隊長は謝りながらもご機嫌そうに私の頭を撫でた。
思わず固まる私の視界の端に――鋭い視線。
恐る恐る目を向けると、水無月さんがこちらを凝視していた。いや、正確には副隊長の手を、だ。羨望というより怨念めいた雰囲気で。
見てはいけないものを見てしまった気がして慌てて視線を逸らすと、副隊長も手を離し、空気が自然と隊長へと戻っていった。
「副隊長の言う通り、あなたを移籍させるつもりはないわ。本人が望んでいるのなら尚更ね」
「!それならよかったです……!」
「ええ。そして、話したいのは訓練内容についてよ。上級の魔力保持者には相応の訓練があるけれど、白階級となるとそれすら不足している可能性があるわ。だからあなたには、私たち三人から個別訓練を受けてもらうわ」
「こ、個別訓練って……隊長たちから直接ですか!?」
「ええ。水無月班長から魔力操作を、副隊長から身体強化を、そして私から武器戦闘を。それぞれ指導するつもりよ」
「そ、それは……恐れ多いというか、贅沢というか……」
あまりに特別扱いで、他の隊員に妬まれるのではと心配になるほどだ。
そこでようやく自分が特異な存在なのだと実感し始め、同時に「期待に応えられるのか」という重圧が肩にのしかかる。
飛び上がるほど喜ぶ場面のはずなのに、戸惑いの方が大きく、素直に嬉しいとは思えなかった。
「潜在能力に合わせた訓練をするのは当然よ。ただ、あなたが魔力覚醒からまだ半年だということも理解しているわ。だから無理に応えようとはしなくていい。気負わずにいて」
「そうだな。期待はしてるが、それを押し付ける気はない。新人に無理はさせないさ。安心して肩の力を抜きなよ」
強張った顔に気付かれたのだろう。隊長と副隊長の言葉で胸の重りが少し軽くなった。
けれど、やはり期待に応えたい気持ちもある。自分が強ければ、それだけ守れる人も増える。
家族や友人の顔を思い浮かべ、私は改めて三人を見つめた。
「私、精一杯頑張ります!ご指導、よろしくお願いします!!」
自分を奮い立たせる声に、皆が優しい表情を返してくれた。
◇ ◇ ◇
後日、私は再び隊長室に呼び出され、本部報告の内容を共有された。
まず一つ目は、私の所属部隊について。
結論から言うと、隊長たちの言葉通り、私は第七部隊に残ることが正式に決まった。
だが、その過程で本部の偉い人と少しだけ揉めたらしい。
本部の副班長は私を第一部隊へ移籍させようとしたが、隊長と副隊長が抗議して阻止してくれたという。
第一部隊――県でも人口密集地を担当し、魔力犯罪の制圧など危険度の高い任務を担う少数精鋭。
そこへ入隊二ヶ月の新人が行くなど、無謀以外の何ものでもない。止めてもらえて本当に良かった。
二つ目は、特対局への私の登録階級について。
白階級は貴重すぎるがゆえに、存在自体が秘匿対象。
そのため、私の公式登録は〈緑階級〉になるという。
というのも過去、白階級の子供の存在を公開した国があったが、その子は他国の刺客に攫われ、証拠が揃えられずいまだ行方不明のままだという。
その事件以降、どの国も白階級は秘匿するようになり、以降同様の事件は起きていないらしい。
この事情から、本来の階級は家族にすら話してはいけない決まりになった。
とはいえ、緑階級でも十分に高位だ。
周囲の人たちに階級が変わったことを伝えると、家族も同期もみんな驚きの声をあげ、落ち着かせるのに苦労したのはここだけの話である。