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第8話:緊急招集

 

 魔物討伐任務のあったその夜。

 隊長室には副隊長と水無月班長、そしてアルファチームリーダーの冨樫上級隊員が集められていた。

 本日の任務で想定外の事態が発生したため、急遽の招集である。


「……なるほど。出現した魔物の一体は藍沢隊員が討伐した、と考えていいのね」

「はい。現場の状況、そして藍沢が使っていた刀の損傷具合から見ても間違いないでしょう」

「はー……。しかし新人隊員が単独で討伐、ねぇ。現場を目にしていたとしても信じがたい話だ」


 副隊長の言葉に、天谷は小さく頷いた。

 そう思うのも無理はない。それほど常識外れの出来事だったのだ。

 机の上に置かれた折れた刀身に視線を落とす。

 根元からぱっくり折れ、まるで岩に打ち付け続けたかのように刃はボロボロだ。

 そもそも一般隊員に支給される刀には魔物の骨を断ち切る強度などない。結果がこうなるのは当然だった。


「水無月班長。治療時に見た藍沢隊員の傷は?」

「ええ、あれは間違いなく魔力暴走の痕ね。あそこまで酷いのは滅多に見ないけれど」

「やはり……」


 魔力暴走――制御しきれない魔力が一時的に暴走し、余剰分が体外に噴き出す現象。

 その際には内側から切り裂かれたような傷痕が残るのが特徴だ。


「私も写真を確認したけれど、あれほど酷い症状を見たのは初めてよ。どれだけの魔力を注ぎ込めばああなるのか……。魔物の首を骨ごと断ち切ったことも含め、少なくとも副隊長と同じ緑階級並みの魔力がなければ不可能ね」

「し、しかし隊長。藍沢の登録は青階級です。正式な書類にもそう記載されていました」

「いやいや、これで青は無理があるだろ。どうせ測定官の見落としか何かだな」


 副隊長が折れた刀身を指先でなぞりながらぼやく。

 魔力測定は特対局の測定官が行う。蛍石と呼ばれる鉱石に触れ、三秒間吸わせた魔力を光として放出させ、その色で保有量を判断する仕組みだ。

 ただし色の境界は曖昧で、青か紫か、紫がかった緑か――判定が難しい場合も多い。

 その最終判断は測定官の裁量に委ねられているのが現状だった。


「にしても二階級上とはなぁ。一体どんなやり方で測定したんだか」

「発光前に手を離した、とかかしら。仮にそうだとしても、やり直しをさせないのは測定官の落ち度だけれど……」

「あー、藍沢ならあり得るな。ちょっと抜けてるところがあるし」

「あら薫子。そんなこと知ってるなんて、随分仲が良いのね?」

「いや、一度巡回で一緒になったくらいだ。それと名前で呼ぶな」

「ふふ、安心したわ。可愛い子だったから、薫子が浮気していたらどうしようかと思ったの」

「ただの同僚に浮気も何もあるか」


 水無月班長が楽しげに笑い、副隊長がジト目を返す。

 天谷は小さく溜息をついた。真面目な会議がいつの間にか脱線するのはいつものことだが、さすがにこの場では放置できない。


「……ともかく、藍沢隊員には明日、第七部隊の蛍石で再測定してもらうわ」

「ま、もし本当に上級だったら棚から牡丹餅だな」

「そうね。優秀な人材はたいてい主要部隊に取られてしまうから。――とにかく、明日の測定結果次第ね。今日は解散しましょう」

「了解。じゃ、お疲れ〜」

「ふふ、結果が楽しみねぇ」

「は!失礼します!」



 三人が部屋を出ていき、隊長室に静けさが戻る。

 天谷はひとり折れた刀身を手に取り、じっと見つめた。

 魔力はもう感じられない。だが、藍沢柚希が上級保持者である可能性は極めて高い。


 視線を壁の写真に移す。部隊結成当時の一枚――関東支部の予備部隊を寄せ集めて作られた第七部隊の顔ぶれが並んでいる。

 本来なら一年ほどで解散するはずの部隊だった。

 とある任務で壊滅的打撃を受けた第四部隊の、補填のために作られた暫定部隊にすぎなかったからだ。

 だが、第四部隊は再編しても往年の力を取り戻せず、第七部隊は今も補填役として存続を続けている。


 仮の部隊といえど、隊長として存続を望むのは当然だろう。

 だが、状況次第では第四部隊に吸収される未来もあり得た。

 新人を配属された以上すぐではないだろうが、安心はできない。存続を勝ち取るには実績が必要だ。


 そんな中で現れた、上級の可能性を持つ新人隊員。

 寄せ集めの戦力に過ぎない第七部隊にとっては、これ以上ない好機だった。

 新人に期待を背負わせるのは酷だと分かっていても、どうしても希望を抱かずにはいられない。


 刀身を机に戻し、ふと窓の外へ目をやる。

 薄雲の合間に浮かぶ丸い月。その光を受けて、左耳のピアスがかすかに瞬く。

 天谷は指先でそれに触れ、短く息を吐いた。

 揺れる冷たい感触を確かめながら、彼女は月を見つめ続けた。



 ◇ ◇ ◇



 魔物討伐任務の翌日、私は冨樫さんに連れられて隊長室に来ていた。

 中には隊長、副隊長、水無月さんと部隊の主要人物が勢揃いしており、私は部屋の奥にあるデスクの前に立たされる。

 正面には隊長、右に副隊長と水無月さん、左に冨樫さん。四方を囲まれるような立ち位置で、正直少し気まずい。


 しかも、全員の視線が妙に険しい気がしてならない。

 まさか怒られるのでは――と唾を飲み込んだところで、隊長が口を開いた。


「急に呼び出してごめんなさい。昨日の件については冨樫上級隊員から聞いているわ。仲間を守るために単独で魔物を討伐するなんて、立派な功績よ」

「あ、ありがとうございます……!」


 お叱りではなく称賛だったことに、ほっと胸をなで下ろす。

 もっとも、今でもあの時のことはよく思い出せず、本当に自分がやったのかすら自信が持てない。

 けれど、現場の調査を経て隊長がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。……実感は湧かないままだけれど。


「早速だけど本題に入らせてもらうわ。今回あなたに来てもらった理由――もう一度、魔力保有量の測定を受けてほしいの。蛍石は用意してあるから、今すぐにでもできるわ」

「魔力保有量の……再測定、ですか?」

「ええ。念のため確認するけれど、測定方法は覚えてる?」

「えっと……蛍石に手を置いて、発光したら離す、ですよね?」

「大丈夫そうね。では始めましょう」


 有無を言わせぬ調子で準備が進められ、デスクに置かれた蛍石の上へ手を置くよう指示される。

 一般的に使われる蛍石の大きさはソフトボールほどだが、ここにあるのはボウリング玉ほどもある。

 部隊用はこんなに大きいのかと驚きながら、右手をぺたりと乗せた。


 1、2、3……。


 静まり返った空気の中、心の中で数を刻む。

 そろそろ、と思った瞬間、蛍石がうっすらと光を帯びた。慌てて手を離すと、石は目を細めるほどの光を放ち、下に敷かれた真っ白な布へと色を投影する。

 やがて数秒の後、発光は収まり、蛍石はただの石へと戻った。


 ――だが。


 光の色は、何もなかった。

 どれだけ目を凝らしても、布は白いまま。


「……えっと。色が出ないのは、不具合とか……?」

「……いいえ。色は出ていたわ。あなたの階級は――白」

「し、白……ですか?」


 聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。

 白階級など今まで耳にしたこともない。世間一般に知られる階級は〈黄・緑・紫・青・灰〉の五段階だけのはず。

 そんなはずは――と顔を上げたとき、周囲の反応に気付いた。


「おいおい、本物の白階級なんて初めて見たぞ……」

「あらあら、これは想像以上にとんでもないわねぇ……」

「…………」


 冨樫さんに至っては口をぽかんと開けて固まっている。

 とんでもない失態でもしたのかと不安になる私に、隊長が説明を加えた。


 白階級とは、最上位である〈黄〉をさらに超える存在。

 ただし、過去に日本で確認されたのは一例のみで、ほとんど伝説に近い。ゆえに一般に出回る階級表からは省かれているのだという。


 そもそも白という発光色が発見されたのは、複数の魔力保持者がふざけて同時に蛍石に触れた時。

 数人分の魔力を合わせてやっと現れる色だとされ、都市伝説扱いされてきた。

 唯一、公式に白階級と測定された人物は今も特対局で働いているらしいが、年齢も性別も公表されていないとのことだった。


「藍沢隊員、前回の測定について教えてくれるかしら。これほどの魔力を持ちながら、なぜ青階級と判断されたのか」

「あっ、はい。前回測定したのは去年の12月で――」

「ん?測定は十三歳で一度きりじゃなかったか?なぜ去年また受けたんだ?」

「えっと……私はもともと魔力保持者ではなかったんです。でも去年、交通事故で入院した時に魔力発現の疑いが出て、再測定することになりました。その結果、後天的な魔力保持者として登録されたんです」

「なるほど……。であれば説明がつくわ。魔力覚醒者には、先天より高い魔力量を持つ者が少なくないから」


 会話を交わしつつ、私は去年の出来事を思い返した。


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