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第7話:守るためには

 

 どこかの班が討伐に失敗して逃がしたのか。

 それとも、最初から魔物は三体ではなく四体だったのか。

 ……いや、理由を考えている場合じゃない。


 あの魔物の視線は、確実に二人を捉えている。

 いつ襲いかかってもおかしくない。


 どうする。冨樫さんたちを呼ぶ余裕なんてない。

 二人に危険を知らせても、反応できなければ意味がない。むしろ魔物の初動を早めるだけだ。


 頭を必死に回転させるが、答えは出ない。

 代わりに浮かぶのは最悪の未来ばかり――鋭い爪に裂かれ、牙に噛み砕かれ、真っ赤に染まる二人の姿。


 体が震える。そんなの、絶対に嫌だ。

 気づけば私は刀に手をかけていた。


 身体強化も魔力操作も未熟。武器に魔力を纏わせる技術だってろくに扱えない。

 それでも――初撃だけなら、防げるかもしれない。

 恐怖に押し潰されそうになる心を無理やり奮い立たせ、魔物を見据える。


 ――次の瞬間。


 心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。

 魔物が、こちらを見ている。

 赤黒い瞳と視線がぶつかり、全身に鳥肌が立つと同時に嫌な汗が噴き出す。


 そいつが――にやりと笑った気がした。


 考えるより早く、身体が動いていた。

 十五メートル先。どう考えても届かない距離。それでも行かなきゃならない。


 鉄板の山から魔物が飛び降りる。極限の緊張のせいか、その動きがスローモーションに見えた。

 私は雑に身体強化を施し、地面を蹴った。





 ――視界が切り替わる。


 首を失った胴体から血が噴き上がり、すぐ近くで安達さんの悲鳴が響く。

 折れた刀の柄を握りしめ、私は呆然と立ち尽くすが、突然力が抜けてその場に座り込んでしまった。


 右腕と左足が焼けつくように熱い。目を向けようとした時、背後から切迫した声が飛んできた。


「おい!どうした!これは……何があった!?」

「なっ……なんだ、これ……!」


 討伐を終えた冨樫さんたちが駆け寄り、言葉を失う。

 視線の先には、座り込む私たちと、首を落とされた魔物の死骸。


「お、俺たち……殺されるところだったのか……?」

「藍沢さん、その腕……!」


 視線を落とすと、右腕は内側から裂かれたように無数の傷が走り、血が滴り落ちている。

 左足も同じ状態だ。途端に激痛が押し寄せ、思わず呻いた。


「っ……ぐぅ……!」

「回復技法は?」


 冨樫さんが問う。


「止血くらいなら……でも出血が多すぎて……」

「残りは治療班に任せろ。お前は基地に戻って手当てだ。状況は二人から聞く」


 返事をしながら、視界の端に映る魔物の死骸に視線を向けた。

 切断面は粗く、大きく刃こぼれした刃物で断たれたような跡。


 これは、自分がやったのだろうか。

 必死すぎて記憶は途切れている。

 痛みに霞む意識の中では、それを確かめる余裕もなかった。



 回復技法――正式には自己回復技法と呼ばれるそれは、魔力で傷の治りを早める技術だ。

 熟練者になれば瞬く間に傷を癒やすこともできるらしいが、今の私にはとても真似できそうにない。

 実際、深い傷の止血すら満足にこなせていないのだから。


 私がようやく腕の傷の半分ほどを止血した頃、治療班が到着して残りの処置を任せることができた。

 応急止血を終えるとそのまま警察の車両まで背負って運んでくれ、私は一足先に基地へ戻ることとなった。



 ◇ ◇ ◇



「あらあらぁ。これは相当痛いわねぇ」

「ううぅ……正直、痛いなんてもんじゃないです……」

「ふふ、でもよく頑張ったわね。もう大丈夫よ、すぐに治療してあげるから」


 処置台に横たわった私へと穏やかに声をかけるのは、第七部隊救護班の班長――水無月 花乃さんだ。

 入隊式以来きちんと話すのは初めてだが、その柔らかく落ち着いた雰囲気は当時のままで、不思議と見ているだけで痛みが和らぐような錯覚を覚える。


「ちなみに、魔力での治療を受けるのは初めてかしら?」

「現場で治療班の人に止血はしてもらいました」

「あらそう。じゃあ、ちょっと驚かせちゃうかもしれないわねぇ」


 驚かせる?どういうことだろう。

 疑問を抱いた瞬間、右腕に置かれた彼女の手から魔力が流れ込み、全身が凍りつく。

 腕の内側を細い糸が這い回り、肉を掻き分けていくような。無数の虫が一斉に走り抜けていくような。

 そんな、言葉にできないほどの気持ち悪さが神経を直撃し、全身に鳥肌が走った。


「ッッ!!あッ、あのッ……!こ、これ……な、なんなんですか……ッ!!」

「他者治療技法ってね、相手の身体に魔力を流して、傷ついた細胞や組織を直接修復する方法なの。止血くらいならまだしも、奥の方まで手を入れるような治療になると、どうしても気持ち悪さや違和感が出ちゃうのよ」

「うぅッ……っ、それにしても……これは……!!キツい……です……!」

「ふふっ。初めての人はみんなそうなるの。慣れてしまえば平気になるわよ?中には快感に思う人すらいるくらいだし」

「快感……!?」


 思わず目を見開く。

 どう考えても今のこれは拷問にしか感じない。

 腕を振り払って逃げ出したくなるが、もちろんそんなことできるはずもない。


 そして、少しでも気を逸らそうと患部を覗き込み――息を呑んだ。


「ッッ……!!!」


 筋肉の奥が細かく蠢き、裂けた傷を自ら塞いでいく。

 ただでさえ肉の奥まで見えているのに、その生々しい動きが加わるせいでグロテスクさは倍増だ。

 あまりの衝撃に逆に冷静になってしまい、呆然と目を逸らす。


「…………治療って、こんなにもグロいものなんですか……?」

「そうねぇ。深い傷だと奥から順に治していくから、どうしても過程が生々しくなるのよ」

「いやぁ……これは“少し”どころじゃないですよ……」


 私はスプラッターには多少耐性がある方だと思っていたが、それでも直視し続ける気にはなれなかった。

 そっと目を閉じ、歯を食いしばりながらただ時が過ぎるのを待った。



 ◇ ◇ ◇



 二十分ほど経ち、ようやく治療は完了した。

 右手を握っては開き、次に軽くジャンプしてみる。

 傷跡は影もなく、怪我を負う前と変わらない。


「わぁ……すごい!本当に元通りですね!」

「失った血までは戻せないから、今日は安静にね」

「はい!施術中のあの感覚は正直……衝撃的でしたけど、こんなに綺麗に治るなんてすごいです!」

「ふふ、でも痛みは無かったでしょう?」

「あ……そういえば!」


 たしかに、治療が始まった時点であれほどの激痛が消えていた。

 水無月さんによると、施術と同時に患部の痛覚を魔力で一時的に麻痺させてくれていたらしい。

 その分、治療過程の不快感は増すものの、痛みに耐えるよりはよほどありがたい。


「治癒士って、本当にすごいんですね……」

「ふふっ。なにかあれば、またいつでも来ていいからね」

「はい!本当にありがとうございました!」


 微笑みながら頭を撫でられ、思わず頬を赤くする。

 子ども扱いされているようで少し恥ずかしいが、嫌な感じはしなかった。

 つい先ほどまで死の危険に晒されていたとは思えないほど、今は穏やかな時間が流れている。

 恐怖を思い返すと背筋が寒くなるが――それでも、全員が無事だったことを素直に喜びたい。


 その後、治療を終えた私は隊長の指示を受け、退勤時間を待たずに帰宅を許されたのだった。

 

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