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8月と散華  作者: 更科
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6 新崎煙火工業

新崎煙火工業の銘板が刻まれた打ち上げ筒。


それは、俺が知る北煙火店の歴史にはない、異物だった。父がこれを隠していた理由。そして、これがなぜあの事故と結びつくのか。俺の頭の中は、疑問と怒りで煮えたぎっていた。


俺は、その筒を懐中電灯の光でさらに詳しく調べた。外観は新しいように見えたが、よく見ると、溶接の跡や塗装の剥がれなど、いくつかの不審な点があった。

特に、筒の内部には、わずかに焦げ付いたような痕跡がある。それは、まるで、一度何かが打ち上げられた後のようにも見えた。


父は、俺に花火師の道を教えてくれた。


花火玉の配合から、打ち上げ筒の管理まで、厳しくも丁寧に。その父が、なぜこんな異質な筒を隠し、そしてなぜ事故につながるような危険な筒を使い続けたのか。

俺の知っている父の姿と、目の前の現実は、あまりにもかけ離れていた。


俺は、震える手でその筒に触れた。

鉄の冷たさが、俺の掌から心臓へと伝わってくる。

この冷たい鉄の塊が、彩花の命を奪った悲劇の鍵を握っている。そう思うと、俺は再び吐き気に襲われた。


その時、筒の底に、小さく折りたたまれた紙片が挟まっているのを見つけた。

俺は慎重にそれを引き抜き、広げた。そこには、父の筆跡で、殴り書きされたような文字が並んでいた。



「新崎煙火工業に借金。筒の代金、明日までに払うこと。…期日厳守」

「打ち上げ筒、再使用不能。……新崎に連絡するか…」

「…今年の大会、北煙火店だけで……」


断片的なメモだったが、その内容は俺の頭の中で、一つの悲劇的な物語を紡ぎ出した。


父は、経営難に陥っていた。

そして、事故の原因となった「亀裂」のある筒は、本来なら廃棄すべきものだった。しかし、金銭的な理由から、それを補修し、使い続けるしかなかった。

新崎煙火工業は、父に筒を売ることを渋っていたのだろうか。あるいは、借金と引き換えに、何かを強要していたのだろうか。


「……新崎に連絡するか……」


という文字が、俺の胸を締め付けた。

父は、最後の最後まで、どうにかしてこの状況を打開しようと苦しんでいたのかもしれない。しかし、最終的には、佐倉煙火店だけで花火大会を成功させようと決意した。それが、事故の引き金となった。


俺の頭の中で、父の憔悴しきった顔、そして「花火師は、一度火薬を扱ったら、もう引き返せないんだ」という言葉が蘇った。

それは、花火師としての矜持ではなく、花火師という業、そして金銭的な苦悩に雁字搦めになった、一人の人間の絶望の叫びだったのかもしれない。


俺の怒りは、父個人から、その父を追い詰めたであろう、新崎煙火工業へと向けられた。




「ねぇ、ゆうくん。将来、ゆうくんの花火で、この町をもっと元気にしたいな」


ある日、河川敷を散歩している時、彩花が突然そう言った。俺が首を傾げると、彼女は笑顔で続けた。


「私ね、将来、この町でカフェを開きたいの。それで、ゆうくんが花火師になったら、毎年、花火大会で私のカフェの名前を冠した花火を打ち上げてほしいの!例えば、『彩カフェ』花火、みたいな」


俺は思わず笑って、「そんな花火、恥ずかしくて打ち上げられないよ」と答えた。

しかし、彩花は真剣な眼差しで、俺の顔を見つめた。


「どうして? 自分の花火で、誰かが喜んでくれるのって、花火師としての最高の幸せなんじゃないかな?」


その言葉が、俺の胸に刺さった。花火は「家業」であり、「義務」でしかなかった俺に、彩花は「花火師としての最高の幸せ」を教えてくれた。

彼女は、俺の花火が、この町を、そして人々を照らす光になることを、誰よりも信じてくれていた。




俺は、手に持ったメモを握りしめ、立ち上がった。

父が隠していた「新崎煙火工業」という名前。それは、ただのライバルではない。父の苦悩の裏側、そして事故の真の背景を知る上で、最も重要な鍵だ。

俺は、このまま家にいるわけにはいかない。父が何を考え、何を隠しているのか。そして、新崎煙火工業と父の間で、何があったのか。真実を知らなければ、彩花を奪った悲劇を、俺は永遠に受け入れることができない。


父さん。俺は、俺たちの花火が、彩花を奪った真実を、必ず見つけ出す。


俺は、夜が明ける前に、家を出ることを決意した。

向かう先は、新崎煙火工業。そこには、俺が知りたかった答え、そして、父が隠し続けた闇が待っているだろう。僕の新たな戦いが、今、始まったのだ。

読んでいただきありがとうございます。

また次話もよろしくお願いします!

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