5 標的
俺の生活は、その日から一変した。
以前はただの「家業」として見ていた花火が、今は憎悪の対象であり、同時に真実を暴くべき標的となった。
友人の連絡は無視した。町の人々の視線も、今では俺の心に何の影響も与えない。俺の頭の中は、あの夜の事故と、工房で発見した「検査異常」の記録で占められていた。
夜が来ると、俺は眠れぬ目を擦りながら、工房の隅に身を潜めた。父に見つかることなく、隠された手掛かりを探すためだ。埃をかぶった棚から、古い記録を片っ端から引っ張り出す。
古い帳簿、先代からの日誌、設計図の束……。火薬の匂いが、一層僕の鼻腔を刺激する。かつては当たり前だったこの匂いが、今は俺を吐き気に襲わせる。
夜毎の捜索は、骨が折れる作業だった。
資料の山の中から、何かが隠されているという確信があった。そして、数日後。俺は、ひび割れた段ボール箱の底から、一枚の古い作業日誌を見つけた。それは、父が若い頃からつけていたものだった。
その日誌の、事故の数ヶ月前のページ。そこには、ぞっとするような記録が残されていた。
『本日、新規格の打ち上げ筒の試験を行う。若干の亀裂が確認されたが、補修の上、継続使用とする。納期が迫るため、これ以上の延期は不可能。』
俺はその文章を、何度も何度も読み返した。亀裂。補修。そして、納期。
以前見つけた「検査異常」の記録と、この「亀裂」という言葉が、まるでパズルのピースのようにカチリと嵌まった。
父は、知っていたのだ。いや、知っていたどころか、故意に欠陥のある筒を使用していたとしか考えられない。納期のため? そんな理由で、彩花の命が、多くの人々の命が奪われたというのか?
俺の脳裏に、あの事故の瞬間が鮮明に蘇った。空気を切り裂くような異質な破裂音。黒煙と、不吉なオレンジ色の閃光。そして、彩花の最期の、戸惑いと恐怖に満ちた瞳。
怒りが、俺の全身を駆け巡った。
それは、胸の奥底で燃え盛る、業火のようだった。父の顔が、俺の脳裏に浮かぶ。彼は俺に、
「お前には、まだ、分からないだろうな……花火師は、一度火薬を扱ったら、もう引き返せないんだ」
と言った。あの言葉は、責任から逃れるための言い訳だったのか? それとも、彼の花火師としての業、傲慢さから生まれた言葉だったのか?
俺は、手に持った日誌を強く握りしめた。皺くちゃになった紙片が、俺の怒りと悲しみを吸い取っていくかのようだ。この憎悪を、この悲しみを、どこかにぶつけなければ、僕は正気ではいられない。
親父。一体、何がしたかったんだ。
俺の部屋は、真実を探すための戦場と化していた。散乱する古文書、広げられた設計図、そしてあの忌まわしい作業日誌。
俺は、それらを食い入るように見つめ、父の背後にある闇を暴こうとしていた。食事はろくに摂らず、眠りも浅い。瞼を閉じれば、彩花の笑顔と、あの日の爆音が交互に現れる。頭痛がひどく、体は鉛のように重かったが、俺を突き動かすのは、彩花を奪った者への、そして花火への、底なしの憎悪と、真実を知りたいという狂気にも似た執念だった。
日中、父は工房に閉じこもり、誰とも顔を合わせようとしなかった。俺もまた、彼との会話を避けた。
あの夜の言葉が、俺たちの間にある深い溝を決定的なものにしたからだ。工房の扉の向こうから、時折、何かを組み立てるような、あるいは片付けるような微かな音が聞こえてくるが、それが何を意味するのか、俺には分からなかった。いや、知りたくなかった。ただ、父の存在そのものが、俺の憎悪を掻き立てる。
俺が最初に狙いを定めたのは、日誌に記されていた「亀裂」のある打ち上げ筒だ。
事故現場で回収された筒は、すでに警察によって押収されている。しかし、北煙火店には、他にも多数の筒があるはずだ。父が隠している「真実」は、きっとそのどこかに隠されている。
夜が深まり、町が静寂に包まれる頃、俺は懐中電灯を手に、再び工房へ忍び込んだ。父はすでに寝室に戻っているはずだ。火薬の匂いが、相変わらず僕の鼻腔を刺激する。吐き気をこらえながら、俺は古い資材置き場へと足を踏み入れた。
錆びついた金属の棚がひしめく奥で、俺は目的のものを探し始めた。
埃と蜘蛛の巣にまみれた古い筒の山。一つ一つ、懐中電灯の光を当てては、外観の傷や、日誌に記された製造番号と照合していく。時間が経つにつれて、焦燥感が募る。見つからない。もし、すでに処分されていたとしたら?
その時、棚の最奥に、他の筒とは明らかに異なる、新しいシートで覆われた物体があるのに気がついた。不審に思い、シートを剥がすと、そこに現れたのは、真新しい、しかし見慣れない形状の打ち上げ筒だった。
それは、北煙火店で通常使用しているものとは、明らかに材質も構造も違っていた。
何だ、これは? 俺が知る限り、北煙火店でこのような筒を製造したことはない。
さらに詳しく調べていくと、筒の底部に、小さな銘板が溶接されているのを発見した。そこには、父の署名ではなく、「新崎煙火工業」という、見知らぬ会社名が刻まれていた。
新崎煙火工業? なぜ、父が他社の筒を隠し持っている? そして、なぜこれほど厳重に隠されている?
その瞬間、俺の頭の中で、新たな仮説が閃いた。
事故の原因は、北煙火店製の花火玉の欠陥だけではなかったのではないか。もしかしたら、この「新崎煙火工業」製の筒が、事故に深く関わっているのかもしれない。いや、むしろ、彼らがこの筒を製造し、父がそれを隠蔽している可能性もある。父のあの憔悴しきった表情、そして花火師としての矜持を語った言葉。それは、もしかしたら、自らの過ちを認めることのできない、あるいは、もっと大きな力に抗えない人間の苦悩だったのかもしれない。
俺の目の前に広がる真実は、俺が想像していたよりも、はるかに複雑で、根深いものになりつつあった。
彩花を奪った悲劇の裏には、俺が知りもしない、別の闇が潜んでいる。俺は、この「新崎煙火工業」という名前を、決して見逃さないと心に誓った。
その夜、俺は工房の片隅で、古い日誌と、新崎煙火工業の銘板が刻まれた筒の写真を、何度も見返した。俺の身体は疲労困憊だったが、頭の中は冴え渡っていた。
これは、始まりだ。彩花のために。そして、この悲劇の真実を暴くために。俺の新たな戦いが、今、始まったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
いや~最近暑いですね〜!気温よりも、日差しが辛い!!もはや肌が痛い!日焼け止め塗っても塗っても足りない感じがしますね。
また次話も是非読んでくださいね。よろしくお願いします!