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終わりなき戦い

 数日後の夜、事態は動いた。


 寝静まった院内。紅葉と輪廻を覗いてほとんどの人が夢を見ている時間だ。


 紅葉は赤子の登場を今か今かと待ち望み、夜も眠れない状態。輪廻もそれに付き合い、紅葉が危ない状態にならないように見張っていた。


 そんな中、病院周辺に配置していた『分身』の一体が殺された。


「北……」


 歴史の日陰者であり続ける忍は、太陽の通らない北から攻め入る。訳の分からない風習だし、実際にやる忍も少ない。


 やるのは相当歳食った忍か、こだわりの強い忍。そしてその両方に当てはまるのが──


「里長……来たか」


 『分身』が殺された場所へ、別の『分身』を向かわせたところ、敵の姿を捉える前にまた死んだ。


 強敵だ。これまで対峙してきたどんな敵よりも。


「紅葉様」

「なぁに?輪廻」

「……いえ、何も。ただ、少し野暮用ができました。そこで、ご子息とともに安静になさっていてください」


 立ち上がり、輪廻は部屋の扉へ手をかける。これから、全身全霊を持ってこの人を守るのだ。そのために、全てを出し切ることだって惜しまない。


 そんな決意めいた輪廻の背中へ「輪廻!」と声が掛けられた。

 

 振り返ると、紅葉がいつものように微笑んでいて、


「ちゃぁんと、帰って来るんよ。うちの子には、輪廻をお姉ちゃんとして紹介したいんやから」

「………はい、紅葉様」


 それが最後の会話だと思い、輪廻は紅葉のいる部屋を後にした。


~~~


 病院の屋根の上へ登り、夜風に吹かれる輪廻は短刀を二本握りしめる。


 目を閉じ、感覚を最大限まで鋭くして、敵の来訪を待つ。


 そして、それは夜風に乗ってやってきた。


「久しぶりじゃのう」

 

 夜風に運ばれてきた葉っぱが渦を巻き、みののようになったかと思えば大きく霧散した。


 その中から現れたのは、輪廻が待ち構えていた敵、里長。物心つく前に見たであろうその姿を目に捉え、輪廻は目を見開いた。


「若い……」

「けっけっけ、見た目と実年齢は違うがな」


 現れたのは輪廻が想像するような老人ではなく、髪の毛の色が抜け落ちた青年であった。声も、肉体も、振る舞いも何もかも若い。だのに、喋り方と雰囲気は老いている。


「あなたは──」

「影武者でもなんでもないぞい、くノ一よ。あぁ、そういえば、今のお主は名があるんじゃったか」


 その前置きから想像できる次の言葉に顔を顰める輪廻。最初は憎たらしがったが、今は認めている主人、その奥さん、その従者、皆から愛情を込めて呼ばれるその名を、敵に呼ばれたくない。


 ───故に、


「輪廻」

「その口、二度と開かなくさせてやる」


 輪廻が、跳んだ。


「しぃッ!」


 歯をかみ締め、忍を統べる里長へ刃を振るう。この行為は忍の中でも禁忌であり、里長へ歯向かうということは、全ての忍の敵となることを意味する。


 それでも、後悔はないと思えるくらい、今の主人が気に入っているのだ。


 薄く素早い短刀が、闇夜に紛れて透明な刃となり里長を襲う。その鍛え上げられた究極の一撃を、里長はにやりと笑い指一本で止めてみせた。


 驚きに浸る時間すらなく、輪廻は刃を起点に里長を飛び越える。眼下、短刀が輪廻の頬を小さく切り裂き、真っ赤な鮮血が飛び散った。


「ち……厄介な」

「物覚えの良いお主なら知っておろう。儂とお主の差を」


 里長は爽やかに笑い、二本の短刀を握りしめた。その指一つ一つには細い糸が括りつけてあり、大渋滞した神業が歪に里長を覆っている。


「『操糸術』『双刀術』『死没術』。分かるか?これが年の功よ」

「老いぼれめ」


 今里長が挙げた三つの術。それら全てが『五指』の示す道だ。完璧な会得には一生を捧げる必要があり、それでも会得できない者さえいる才能の産物。


 それを里長は、少なくとも三つ習得していた。


「それが、どうしたッ!」


 突きつけられた壁に臆することなく、輪廻は愛する者達のため刃を振るう。夜を泳ぐ魚のように動く死の煌めきは、ぶつかっても火花を散らさない。


 無音の剣戟が交わされ、この場で最もうるさいものが呼吸になりそうな勢いだ。


「ほれ、躱してみよ」


 同等レベルの『双刀術』では埒が明かないと判断した里長が繰り出すのは、『操糸術』なる神業。


 髪の毛より細い糸に魔力を均一に流し込み、鋼と化した糸で敵を切り裂く技。四方八方から迫る死のトラップ。しかし輪廻は冷静に身を捩りそれを打ち払う。


 踏み込む足で瓦を蹴り飛ばし、輪廻は里長へ速攻を仕掛ける。


 時間をかければかけるほど、あれやこれやの技を使われる隙が生まれる。押さえつけ、できればこの場で殺してしまいたいが、


「それはできぬ相談じゃな」


 狙いを知っているかのように笑う里長。その言葉の直後、輪廻は目を見張る。


 病院の周りを走らせ、攻撃の隙を伺っていた残り三体の『分身』が同時に死んだ。


 『分身』であれど、輪廻と全く同じ力量であるため、そこらの忍に殺されるような弱卒ではない。


 つまり、導き出される答えは──、


「『分身』か!」

「その通り」


 輪廻を取り囲むように、およそ十体の里長の『分身』が飛び出した。


「はぁぁああッッ!!」


 即座に『分身』を五体作り出し、本体を命懸けで包囲網から脱出させる。


 宙を舞う大量の糸に体を切り裂かれ、放つ反撃を受け止められ、身動きのできなくなった体に短刀を振り下ろされる。


「ぐ……!?」


 逃げ出そうとする輪廻の左腕に糸が巻き付き、鋭く締め付けられたそれによって左腕の肘から先が切り落とされた。


 鮮血が流れ、しかしそれでもここで死ぬ訳には行かないと根性で粘る。


 なんとか包囲網を潜り抜け、傷だらけの体で空中を舞う。漂う糸を足場に、直ぐに地面に着地して振り返る。


「見事。しかしながら」


 本体の里長が一歩踏み出したその瞬間、振り返った輪廻の胸に違和感が捩じ込まれた。


「ぁ……?」

「修行が足りんな」


 それはたった今、瞬きよりも速く跳んだ里長の持つ短刀によるものだった。


 『五指』が示す道のうちの一つ、『縮地術』。特殊な足運びにより移動へ必要なエネルギーを極限まで減らす術。

 『五指』と称される忍でこの術を極めた者は、目に見える範囲ならば一秒とかからず移動できたと言われている。


「くは……っ」


 短刀に心の臓を突かれ、血を吐き出す輪廻はその場に倒れ伏す。血液を送るための器官が死に、輪廻の命は絶望的な状況へ陥った。


 そんな輪廻を見下ろして、里長は語りかける。


「勘違いを正そう。くノ一よ」

「勘、違い……?」

「儂が狙っておるのは、腹の膨れた女じゃない」


 その言葉に輪廻の思考は巡る。


 狙いが紅葉の命でないならなんだ。赫羅という英傑の言葉に従い、斬咲家が力をつけることを恐れて紅葉を始末しようとしているのではないのか。


 ここでぶつかる理解の壁。乗り越えるのではなく、道を逸らすのが正解だと気づく。


 斬咲家が力をつけることを嫌うのは波門家。里長の狙いはそれとは別だ。


 里長の野望、目指すところはそう──、強力な忍を作り上げること。


「これを手に入れたお主には感謝しておるぞ」


 里長はにやりと口角を上げて、懐から一つの棒状の石のようなものを取り出した。


 輪廻はそれを見て目を見開いた。


 この世界には有名な三つの『呪具』というものがある。『終焉期』の代表である『魔王』の配下である四天王のうちの一人、『呪いの王』と呼ばれる悪魔が生み出した厄災の元は、代々とある国にして厳重に保管されている。


 しかしそのうちの一つが、今は行方不明になっていた。


 それが、里長が輪廻に見せつけるそれだ。


 里長はそれを撫でながら、輪廻へ自らの野望を告げる。


「斬咲家、初代が言い残した伝説の子を、儂は忍にする」


~~~


 その魔獣発生地は、不可思議な状況に見舞われていた。


「せぇえいッ!!」


 空気が割れるような声が響き、振るわれる刀が巨大な狼型の魔獣の脳天を切り裂いた。血の脳が零れ落ち、同時に命も零れる。


 これでここにいた魔獣は全て狩り尽くした。確かに手強い相手で、灰呂も水蓮と協力してようやく倒せるほどだった。これほどの魔獣はそうそういない。大きな森に一匹いる主のような魔獣だった。


「当主様ッ!」

「ちぃッ!またか!」


 だというのに、それと同等の魔獣とその手下が再び現れた。


「どうなっている!?魔獣が湯水の如く湧いてくるぞ!?」

「明らかに生息地が異なる魔獣まで……」


 湿地や火山、砂漠に海にしかいないはずの魔獣が、この草原に一堂に会している。普段対面しない魔獣には苦戦を強いられ、怪我もするし時間もかかる。


 これでは埒が明かない。それに時間がかかればかかるほど、こちらの疲れは増えていく。


 半分ほどの侍は既に体力切れ。時間短縮を狙い、総攻撃を仕掛けてしまったのが間違いだった。


 途中から交互に戦う方法に切り替えようともしたが、魔獣の数とその強さに戦力の半分では足りず、こうしてジリ貧な戦いを強いられているわけだ。


「せぇぇい!やぁぁあ!!負ける、ものかぁあ!!!」


 誰よりも激しく、誰よりも多くの魔獣を斬り裂く灰呂。気合いで誤魔化しているが、『将軍』と言えど魔獣の数が三桁に突入してしまっては流石の灰呂にも限界が来る。


 限界が来れば、ミスも増える。


「ぬぉ!?」


 水生魔獣の吐いた水撃によってぬかるんだ地面に足をついた灰呂は、力みすぎて足が地面を滑ってしまった。


 体勢を崩した灰呂を待ち受けるのは、大振りされた熊型魔獣の鋭い爪──


「何をしているんですか、灰呂殿?」


 迫る鎌のような爪の生えた大腕を、既のところで割り込んだ刀が切り飛ばした。四肢を失って悲鳴をあげる魔獣へ、間髪入れず刀は振り下ろされ、魔獣は命を落とした。


「恩に着る!彪我!」

「礼には及びません」


 差し出された手を取り、灰呂が立ち上がる。が、直ぐに目眩がして地面に片膝を着いてしまった。


「この数は想定外でした。そろそろ、死人も出てくるでしょう」

「だろうな……だが、誰も死なせはしない。某は斬咲灰呂、『将軍』斬咲灰呂である!」

「えぇ、あなたはそれでいい。それにもうすぐ、この際限のない戦いにも終わりが来る」


 彪我の言葉に灰呂が首を傾げた。不思議がる『将軍』に「こっちの話です」と会話を打ち切り、魔獣へ誅を下す。


 刃と魔獣の血が触れ合う戦場の中、誰にも聞こえない声で彪我は呟いた。


「忍の長よ……時代は既に切り替わる。私達の方へ、ね」


~~~


 この世界には、神より授けられる固有能力というものがある。


 全員が持っているのではなく、一部の人間に与えられる才能だ。所持率は十パーセントほどだが、歴史に名を連ねる英雄達のほとんどがこの固有能力を持つ者だ。


 ちなみに、斬咲赫羅から始まる斬咲家は、未だかつて一人も固有能力を持っている者は生まれていない。


 さて、そんな珍しい神からの贈り物の中に、『魔獣操』というものがある。


 名前の通り、魔獣を思いのままに操るという力だが、これが意外と難易度が高い。


 魔獣は魔王の負の産物で、彼らが持つ魔力は黒く澱んでいる。操る際にその魔力に当てられ、記憶喪失や感情死を引き起こす可能性が高い。


 対抗策は、強い意志で耐え忍ぶ他ない。と、普通なら考える。だが、忍ならどうか。


 自らの命を擲つ覚悟があり、死が日常化して、合理的を地で行く彼らに、記憶喪失や感情死が障壁となるかと言われれば、答えはノー。


「暴レろ」


 記憶を捨て、感情を諦め、手にメモされた任務だけをひたすらに遂行する兵器が、魔獣を暴走させた。


 何度も脳へ強いダメージを与えるため、言語能力すら喪失の危機。考えることといえば、今自分が何をすべきか、ということだけ。


 手のメモを見た。指定された場所へ、ひたすらに魔獣を投下し続けろとのことだ。


「暴レろ」


 様々な魔獣が、掘り起こされた地面から湧き出る害虫達のようにある一点へ向かい、暴れる。より大きな被害を生み出すように。


 この魔獣を処理する人が苦労するように。


「貴様か、『魔獣操』の忍は」


 手のメモを読んでいた忍の背後から、男の声がした。振り返ると、そこには見慣れた顔があった。


「あァオマエ!名前は……なんだッタか……」

「名など捨てた。今はある方に使える忍。それだけだ」


 拳を握りしめ、魔力による超強化で拳は岩石よりも硬くなる。


 『五指』の示す五つの道、そのうちの一つ。『拳術』である。


「まタ遊ぶのカ?いいゾいいゾぉ!オレらは友達、だ……ヨナ?」

「違う」


 硬い拳が弾丸のように放たれ、細々とした顔面と腹がぶち抜かれた。


 忍びとして鍛え上げられた体は鋼に匹敵する強度を誇るが、『拳術』を極めた者からすれば鋼など紙と同等。


「あ……ぅ、ェ……?」


 最早この状況を理解する脳など腐ってしまった『魔獣操』の忍は、絶えず訪れる危機感と喪失感に苛まれ、目をクルクルと回している。


 立ち上がることさえ叶わない彼を、『拳術』を扱う忍が見下ろした。


「──お勤め、ご苦労」


 最期、忍にあるまじき言葉をかけた。


 その直後、『魔獣操』の忍の頭が、落ちてきた拳によって粉々に爆散した。

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