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里長の願望

 定例会議というものがある。


 月一で行われる、国の権力者が集う会議のことで、帝を中心に今月起こったことの報告と来月の方針を述べる。が、今回は帝は『エレスト王国』へ出向いているため不在だ。


 普段は農業関連や飢饉への対策など、国民のために尽力する大臣達が主な発言者であるが、今回は少し毛色が違った。


「この前の火遊びの不始末による事故や、ここ最近の殺人事件。これらは全て関連したものというのは、皆様も分かっていることと存じます」


 そう発言するのは、法のもとに国を守り警備する奉行所、その最高責任者である新瀬凪紗あらせなぎさという女性だ。


 どこまでも法を遵守するお堅い女侍。灰呂とは古馴染みの関係性であり、たまに飲みに行くこともある彼女は、今日この日、誰もが気にしていることを口にした。


「凪紗、待て。この話は某ら以外に聞かせるようなものでもあるまい」

「しかし、隠していても情報はどこかで漏れ、不安が募り、国民の行動は不安定になる。ならば、掴んでいるものは先にさらけ出すのが吉。その一歩目として、こうして国の頭達に話をつけようとしている次第だが」

「とはいえ、この話は刺激が強すぎる。それに、聞いた者にどのような仕打ちが来るかは、其方だって予想つかぬのではないか?」

「む……」


 何を話し合っているのか、いまいち理解できない大臣達は灰呂と凪紗の会話にきょとんと首を傾げている。


 置いてけぼりな会話ばかりをする二人に大きくため息を吐き、一人の侍が割って入る。


「ここは、灰呂殿に賛成ですね。災いを全て予測することは不可能。あれは人ではなく、そう言った慮外の領域の化け物ですよ、凪紗殿」

「彪我殿、あなたまで」


 凪紗をそう優しく説得するのは、灰呂の意見を後押しする波門彪我である。波門家は創設よりこの国を支えてきた家系の一つ。役職は無いが、地位というものがある。


 その地位を活かし、彪我は堂々と議会に出席する。その生まれ持った地位に嫉妬する者も多いが、それは生まれによる運の違いとして諦めてもらう他ない。


 そんな彪我と灰呂という二人の侍に諭され、凪紗は諦めたように目を閉じた。


「ということで、すまないが皆の者、今回はここで終わりということで、退出してはくれないだろうか」


 灰呂の願いにより、関係の無い大臣達は即座に退出する。凪紗の話題の冒頭の露出により、興味だけ増大した彼ら。後ろ髪引かれるような退出だったが、今は我慢してもらう。


 残ったのは、灰呂と彪我と凪紗だけであった。


「して、その話の続きは?」


 灰呂は話が進むことを望む。その望みに答えるべく、凪紗が話を始めた。


「最近立て続けに起こる死人が出る事件の数々、それら全ての死体の身元が特定出来ておりません。死体の状態が良くないということもありますが……発見時より前に、何らかの細工を施されている可能性が高い」

「それは、一体誰の仕業なのだ?」

「忍……その頂点に立つ、里長と呼ばれる人物だ」


 凪紗の答えに灰呂は腕を組み、彪我は顎に指を這わせた。


「死体が、忍による被害者であると?」

「いえ、そうではありません。死体は重要人物というわけではありません。どちらかと言えば、この死体が里長側なんです」

「む?それはどういうことだ?」

「なるほど、そういうことですか」


 理解できた彪我と、理解できない灰呂が揃って声を上げる。


 死体に身元を特定できるものがない。そのような状態にする理由は、死体の情報を誰かに取られたくないから。しかし、この国の重要人物は誰一人として死していないし、狙われる所以もない。


 となれば、死しているのは狙われている側ではなく──、


「……死した者は全て、忍である、ということですよ」


 灰呂へそう教える彪我。その答え合わせでようやく理解が及んだ灰呂は目を見張り、今知った事実と、元々頭にあった事実が結びついて更に驚きが増す。


「待て待て、不審な死亡事件は多発していたが、少なくとも、今月だけで二十人ほど死者が出ていたな。忍は地獄のような試練を乗り越えた強者であると聞く。実際、某はそのような者を一人知っているが……あれが二十人以上も、誰かを狙っては返り討ちにあっていると?」

「推測が正しければそうだ。確かに現実的ではないし、そのような偉業を成しているのならば名乗りを上げてほしい。我が奉行所に属して欲しいものだ」


 ぶっ飛んだ事実。それは凪紗も頭を抱える難問であり、事実を引き起こした原因というものには未だたどり着けていない。


「忍は得体がしれませんからねぇ。しかし、二十人の忍を自由に動かせる者なぞ限られる。考えられるのは」


 道筋を辿れば、たどり着く結論はみな同じ。


「忍の長」


 伝えられる忍を育てる里。その里を管理する里長と呼ばれる人物だ。それがどのような人物で、いつ生まれていつ死ぬのかも分からぬ現状、詳しい事情も聞けそうにない。


「だが、里長とやらがなんらかの動きを見せているのは事実。そしてそれを返り討ちにする対抗勢力が、この国にはある」

「ならば明らかにすべきなのはどちらだ?里長の狙いと、返り討ちにしている強者」

「両方、というのは無理難題がすぎるため、どちらかに絞るとすれば、里長の狙いだ」


 里長は決して国のために忍を育てている訳では無い。勝手に忍を育てて、勝手に放流しているだけ。国に所属した公的な存在でもないため、得体の知れない謎多き人物。


 そんな人物が、国をひっくり返すような厄災を持ち込んだとしても、なんら不思議は無い。


「平坦に事実を広げ、簡単に考えれば、注目される事案は、私はただ一つだと思いますが」


 彪我の言葉に、灰呂と凪紗は同時に首肯した。


 この国が作られるきっかけとなり、太古の『終焉期』に生きた伝説。国はその歴史を礎に今まであり続けた。


 ならば、その歴史が言う言葉に執着するのも当然。


「斬咲赫羅、かの英雄が残した言葉の一つ。再び伝説が生まれるという、予言であるな」


 皆が思い浮かべるものを発したのは灰呂であった。それと同時に強ばった表情をする。


「某の子を、狙っているというのか、何のために……?」

「そこまでは分からない。少なくとも、ろくでもない動機であることは確かだ。今までと同じことの繰り返しだが、警戒を強める他、対策はない」


 狙っているものの共有、及びその危険性が目に見えて分かったというのが、今回の定例会議での灰呂の収穫。


 伝説を信じ、伝説に心酔した者が起こした行動であるというならば、それを信じる根拠があり、覚悟があるということ。


 覚悟がある敵は厄介だ。何度も何度も立ち上がり、殺しても不屈の精神で生き返るほど。


「だとて、問題はない。紅葉も、我が子も、何も案ずることは無い。何故ならば、某も覚悟を持った侍であるからだ」


 ここにはいない愛する者と自分へそう言い聞かせた灰呂の独り言。それを合図に、この会議は幕を閉じた。


~~~


「灰呂……行ってくるね」

「何を言うか紅葉!某もついてゆくぞ!」

「残念ながら駄目です、当主様。医者の邪魔をしかねません」


 腹も膨れ、もういつ産まれてもおかしくない状態。医者は入院を勧め、皆はこれに賛成することにした。


 紅葉の傍には世話係として輪廻が就き、その時が来たら屋敷で過ごす灰呂達に伝える。


 灰呂もすごいついていきたそうにしていたが、水蓮と輪廻に諭され、大人しく屋敷で待つことにした。

 もちろん出産の瞬間には立ち会わせるので、輪廻の『分身』が灰呂の傍について、リアルタイムで状況を伝えられるようにしてある。


「頼むぞ輪廻。紅葉を其方に託す。我が子と妻を、どうか守ってくれ。そして必ず、その時が来たら某をすぐに呼べ」

「もちろんです。この命に替えても」

「あんなぁ、今から行くところ、病院やからね?」

 

 まるで戦争にでも向かうようなやり取りをする二人に呆れたように紅葉が嘆息する。


「では、行って参ります」

「うむ!頼んだ!」


 灰呂から背中を強く叩かれ、不思議と怒りではなくやる気が湧いてきた輪廻。託された命に承服し、忍であった頃のように覚悟を決めた。


「そないに気張らんでえぇからね?」


 そう言ってくれる紅葉に微笑み返して、輪廻達は病院へ向かった。


~~~


 里長の名前を知る者はいない。他でもない里長自身も、自分の名前を知らない。


 そんな彼は先述の通り、力への執着が凄まじい。里を存続させ、忍の力を強めることに余念が無い。


 そんな彼が狙うのは、残り数日で産まれるらしい斬咲家の赤子。


「里長。準備が整いました」

「うむ……やれ」


 はるか遠くの『分身』が対応する部下の言葉にそう返し、里長はこれまでにないほど興奮していた。


 伝説が、信じてきた伝説が、本物であるか、ようやく手中に収められる。


「け、けっけ、けっけっけ………」


 短く、途切れ途切れの笑い声を上げ、里長は来るその時を待ち遠しく思った。


~~~


 とある知らせにより、灰呂は地面を強く踏みつけることとなった。


「凶暴な魔獣が出現!?」

「はい、『将軍』様。今回の魔獣は手強く、既に十数人の侍が犠牲に……」

「なんだとぉ……!!」


 灰呂の子が産まれるまで数日。しかしその魔獣の発生源は急いでも三日。更にこれまでにないほど手強いとなると、それ以上時間がかかる。


「しかし、某は紅葉の出産に……」

「無理を言ってるのは重々承知です!!しかし、どうか、どうか!!お力をお貸しください!!!」


 地面に頭を擦り付け、血が流れるほどに懇願する侍。既に多くの命が失われている状況。この侍も力が及ばず、傷だらけで逃げてきた身だ。


 関係の無い侍にも家族がいて、命がある。そのどれも悲しませたくないし、失わせるわけにはいかない。


 しかし、紅葉の出産に間に合わないかもしれない。


 二つに挟まれ、灰呂は悩みに悩む。どちからを捨て、どちらかを拾うしかない。


「なんと、酷い……」


 天が示すタイミングが地獄だ。こんな時に、魔獣の出現など───、


「当主様」

「……分かっている。某は『将軍』である。それ故、優先すべきは……」

「えぇ、その通りです」


 悩む灰呂の隣で諭す水蓮。灰呂はその結論が分かっていてなお、唇を噛む。


 傍で見ている輪廻も悔しい思いだ。灰呂を、出産に立ち会わせるために自分がいるのに。そして、この場では間違いでもいいから灰呂には紅葉を優先して欲しかった。


「優先すべきは民の命。『将軍』であれば、当然です……しかし、奥様の出産が何よりも大切であることも、また事実」

「水蓮?」


 水蓮は静かに刀を握り、鎧を身に纏う。


「私も往きます。迅速に魔獣を始末し、奥様の出産に間に合わせます」

「そ、そんなことできますか……!?」


 思わず口を挟んでしまった輪廻。そんな彼女に水蓮は決意めいた顔で、


「やるしかありません。両方捨てたくないのなら、両方拾う他ないでしょう。当主様」

「──あぁ、あぁそうだ。某は両方拾うぞ!『将軍』として魔獣を倒して民を守り、夫として紅葉の出産へ立ち会い、そして父として、子を迎えるのだ!!!」


 刀を握りしめ、即刻馬車を用意する。討伐隊を即座に編成し、出発するまでに一時間とかからなかった。


 編成した侍達は指折りの実力者。水蓮も加わり、さらにもう一人の強者も参入する。


「おや、私をお呼びするとは、珍しいこともありますね」


 そう笑いながら馬車に乗り込んだのは、波門彪我。灰呂と拮抗する実力者であり、この時ばかりは灰呂も彪我に助けを求めた。


「すまないが力を貸してくれ!魔獣を速攻で倒して即戻る!」

「事情何となく把握してます。えぇいいでしょう。力をお貸しします」


 存外乗り気な彪我は飄々と笑い、馬車に腰かける。


 不安げに見つめる輪廻に灰呂は振り返り、ぐっと親指を立てて笑った。


「輪廻!何か、其方でも解決出来ぬ問題があれば、奉行所を頼るが良い。某の古馴染みが其方を助けてくれよう。そのようなことになる前に、某も戻れるよう全力を尽くす!」

「……分かりました。すぐに終わらせてきてくださいね!」

「当然だ!!」


 弾けるように叫び、馬車は超特急で走り出す。馬車が走り出してからすぐ、輪廻の『分身』は消え去る。


 『分身』が見た景色を脳内で理解し、本体の輪廻は紅葉の前で深く息を吸った。


「どうしたん?」

「いえ、なんでもございません」


 紅葉に悟られないよう誤魔化して、輪廻は輪廻で警戒すべき敵へ意識を向ける。魔獣の出現、にしては都合が良すぎるタイミングだ。何者かに仕組まれたものとしか思えない。


 その何者かに心当たりのある輪廻は、敵が一つではないことを知る。


 波門家だけが敵だと思っていたが、甘かった。


 ここに来て育ての親である里長が動き始めたのだ。


 力に執着し、強い忍を育てることに身を捧げるあの生き物の狙いは定かではないが、今回の敵はわかった。


 そして、当然過ぎる疑問が輪廻の表情を固くする。


 ──凌ぎきれるか?輪廻だけで。


 暗部として動く忍に対抗できるのもまた忍。今里親が仕掛けてくるであろう刺客を、輪廻一人で捌き切れるだろうか。


 もし負けてしまえば、紅葉だけでなくその子供まで失うことになる。


 追い込まれ、崖っぷちに傾いた状態で立つようか緊張感に輪廻は冷や汗が止まらなかった。


「輪廻」

「は……」


 そんな輪廻の頭を、紅葉が優しく撫でた。


「何かはわからんけど、あんまり気張ってばっかりじゃ大変やよ?」

「は、はい……心得ております」

「ふふ。あんな、輪廻。うちは何も、守られるだけのか弱い女の子ちゃうで?」

「はい?」

「ふふふ」


 笑う紅葉は、それ以上のことを教えてはくれなかった。不思議そうにする輪廻に微笑み続けながら、紅葉は輪廻を撫でていた。


~~~


 揺れる馬車の中、彪我はじっと考えているように見えた。しかし実際はをしていた。


 彼の影の中に潜む忍とだ。


「里親の情報は?」

「ある程度」

「よし、ならば祖先には申し訳ないが、斬咲家へ少しばかり手を貸してさしあげましょう」


 影の中にいる忍へ、彪我は淡々と命令を述べる。それに反論することなく、忍はすぐさま動き出す。


 便利で、従順で、優秀な部下。こんな人材を育ててくれた里親には感謝しかない。


 ───だが、このやり方は感心しない。


「斬咲家を打ちのめすのは、波門家の侍ですよ」


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