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封印の途切れ目

「全員殺した。逃げたやつもいねぇ。今ここにはな」

「拙者らは次の場所へ行くでござる。これは、国中で起きている大規模な戦争でござる」

「は、はぁ……」


 住民らの必死の呼びかけにより駆けつけた奉行所の侍達に二人はそう言い残して走り去る。


 一秒と経たずに見えなくなる背中に何も言えず、目の前の惨劇を作り上げた少年少女に戸惑いながらも、侍達は怪我人の手当を優先するのだった。


~~~

 

 暁と白狼の目の前でだけ起きたことならば、単独犯による小火ぼやとして考えられたかもしれない。


 しかしながら、この事象は国中でほぼ同時に引き起こされた。


 街は大混乱に陥り、人々は脅威から逃げ惑う。突然の何者かの攻撃に奉行所も完璧には対応できず、急襲による死者が千を超える勢いだ。


 その事実は混乱と恐怖に支配された人間達を絶望へ叩き落とし、死者数は二千三千と昇って行くことだろう。


 ───彼らがいなければ。


「坂野丸!」

「承知!」


 家屋を一足で踏み潰すほどの肉の人形が、雄叫びを上げながら人を喰らう。振り上げられる拳の質量は人を潰すには十分で、奉行所の侍達も何人か命を奪われた。


 そんな怪物を二振りで斬り殺し、ついで足元に湧く他の怪物を細切れにして、灰呂は部下の名を叫ぶ。


 倒れてくる巨大な肉塊の下敷きになりそうな一般市民を坂野丸が回収し、残党を灰呂の刃で刈り取る。


 完璧な連携、それは規律正しい生き様の凪紗の背を追いかけていた坂野丸の努力の賜物だ。

 人に合わせる意識はあるにせよ、灰呂はサポートが苦手だ。我武者羅に努力して手に入れた力は、他人との連携を視野に入れていない。


 それを補う坂野丸の技量。他者優先の戦いの流儀に、灰呂は水蓮を思い出した。


「すまぬな、坂野丸!某に合わせるのは苦難であろう!」

「いえ、お構いなく。凪紗隊長からの手解きもありましたので」

「凪紗か……」


 今はもう居ない友人だが、その死の悲しみとは既に決別した。あるのはそう、死してなお『晴宮』を守る彼女の意思に対する尊敬だ。


「全く、良い友を持ったものだ!」


 灰呂は軽快に笑い、凪紗の居なくなったこの国を守るためより一層刃を強く振るう。


 彼女がいなくなったことで空いた穴を埋めるのは、他でもない『将軍』なのだから。


~~~


 大量の呪印による大規模な暴動。『晴宮』中に巻き起こる騒動に、皆苦戦を強いられている。


 そんな中、ど真ん中に天高く聳え立つ塔の中で、煙管を吹かせながら街を見下ろす女性がいる。


 他人より大きな耳を持ち、見るものを魅了する妖艶さを持つ妖狐、帝だ。


 彼女は塔の上から『晴宮』を一望し、大量の呪印の発生源を探していた。


 本当ならば今すぐにでも飛び出し、全ての化け物を葬り去りたいところだが、この姿はあまり人に見せるべきでは無い。


 口が堅い、信頼における人物にしか、この姿を見せることはない。


 故に、帝は呪印を構成する魔力を見下ろし、その根源を模索して、発見した。


「そこか」


 『晴宮』の外、少し沖に出たところに、巨大な木が生え並ぶ小さな孤島がある。国中に発生した呪印の繋がりを辿ると、そこにたどり着く。


 帝ならば、そこまではものの一秒で到達するだろう。空を踏めば、住民に姿を見られることもない。


 この騒動は手放しに見ていられるものでもないと感じた帝は、手すりに足を乗せて問題の孤島へ飛び出そうと身を乗り出して───


「ッ!?」


 その瞬間、凄まじい邪悪な気配に身を硬くした。


 振り返る帝は焦燥感に塗れており、そこにその危機感以外の邪念は一切なかった。


 ただひたすらに、本気で、死ぬ気で、帝は走った。


 目指すは塔の付け根。そこにある邪悪な気配は感じ慣れているものの、ここまで強まったことはない。そして、ここまで強まることはありえない。


 それすなわち、何者かによる介在があったということ。


 常人ならぺしゃんこになるほどの高さから地面に降り立ち、塔の一階の扉を蹴破る勢いで飛び込んだ。


 この『晴宮』で最も大きな建造物の中には帝しか住んでいない。使用人も警備する武士もいないが、その代わりに帝自ら張り巡らせた妖術がある。


 帝が許可していない者が侵入した場合、即座に妖炎が体を包むようになっている。しかしそれが反応した形跡がなかった。


 敵は、それすらも看破する手練。


 いくつも扉を突破し、辿り着いたその場所にあるものを見て、帝は息を呑んだ。


「封印、が……」


 帝の住む塔の地下。この国が創設されたその時からずっと帝が守ってきた封印がそこにある。

 帝の目の前には、美しいほど丸い岩が置かれていた。


 その表面にはびっしりと呪言が書かれており、何重にも重ねがけされた封印は奇跡的な調和を果たし、この世界で最も強力な封印を実現させていた。


 そしてその封印が今、ほつれている。


「ならぬ!!」


 全ての封印の源へ手をかざし、超集中で封印を再構築。ほつれを乱さず元に戻し始めた。


 これはダメだ。これだけは、これだけは放ってはならない。


 これが放たれたその時、この『晴宮』は終わってしまう。大英雄ですら斬り殺せなかった、この邪悪な化け物は───


「あらら、僕の解呪は間に合わなかったようですね」

「ッ──」


 封印の再構築に勤しむ帝の背後から、気の抜けた声が掛けられた。ゆったりとした歩調のその青年に振り返り、帝は瞳を細めた。


「お主は──」

「どーぅも、『晴宮』の帝殿。お目にかかれて光栄ですよ。僕ぁあなたなんかに興味は微塵もありはしませんがね」


 奇妙な帽子を取り、不思議なお辞儀を披露した彼は飄々とした態度で言って見せた。


~~~

 『晴宮』に残る伝説がある。


 斬咲赫羅という英傑は、後に『晴宮』という国を設けるこの大きな島に住み着いていた魔王軍を殲滅した。


 その際、赫羅との死合に応じたのは魔王軍の中でも最高戦力と名高い『四天王』が一人、ガラクであった。


 かの『四天王』ガラクは強靭な肉体を持つ魔鬼であり、大陸を割るほどの腕力を誇る化け物であったが、赫羅はその鬼と真っ向から戦って見事勝利を収めた。


 しかし、この魔鬼は赫羅に斬り殺されるだけでは死にきれず、この地に魔力の残滓となって生き延びていた。


 それを危険視し、最初に封印したのは斬咲家二代目当主であり、赫羅の弟である斬咲白星ざんざきしらほしであった。

 その封印は気休め程度にしかならず、『晴宮』に人が安全に住めるようになったのは、四代目当主、斬咲藍ざんざきあいの生きた時代だ。


 この時、『死神』の異名を持つ藍を仲間とした『勇者』一行に『魔王』が封印され、魔王に従うもの達の力も大幅に低下した。


 『晴宮』を訪れた『聖女』はガラクの抑えきれぬ残滓を封印しようと試みたが、『聖女』は『魔王』の封印で手一杯だった。

 そこで、ガラクの封印に名乗りを上げたのが、『妖狐』と評された、『晴宮』の帝なのである。


 その時代から現代まで、長い命を最大限活用してガラクを封印してきた帝。封印が弱まる度に強固なものへと封印を強化し、この時になるまでそれを守り続けてきた。


 さて、それほど長い時、封印を一人で持続させるのは限界がある。その壁に挑戦する前からぶち当たっていた帝は、とある提案を『聖女』から受けていた。

 

 封印の魔力の供給源を、その土地に住む人々に肩代わりさせる。


 これが、封印と『晴宮』を永らく生き残らせた理由であり、帝が生きる意味でもある。


 この事実は帝と『聖女』しか知りえない。誰にも教えないし、知ったならばその口を使えなくするまでバチを叩き込む。


 そうやって、歴史を汚してまで守ってきたというのに──


「それはいささか、民に不義理というものでしょう」


 羽織ったローブから腕を、呪具を沢山取り付けた義腕を振り上げた青年が、封印に必要な要素を根こそぎ引き抜いていく。


 国民の命を、帝の冷静さを、封印そのものを。


「ガラク様、準備運動の時間ですよ。僕ぁあなたのために命張ってんですから、起きたらそれなりの感謝を期待します」


 義腕が煌めき、呪具が発動する。封印を構成する魔力が発散し、瓦解し、形を失って秩序が乱される。


 帝の再構築と青年による破壊が同時に進む。封印は現状維持を続けるが、それでは駄目なのだ。


 今現状維持を続けてしまえば、中にいる者の自由を許してしまう。


「それ、だけは……!」


 片手で封印の再構築を行い、空いたもう一つの手を青年に向ける。妖炎が吹き上がり、それによって形作られた狐が青年へ襲いかかる。


 鋭い炎の牙をひらりと躱し、青年は笑い続けながら狐へ手のひらを見せた。


「『暗澹へ沈め(オメルス)』」


 青年の右目、義眼型の呪具が発動し、狐が踏み出した一歩が闇に呑まれる。底なしの闇沼に踏み込んだ狐は抜け出せず、魔力となって闇の中へと沈んでいった。


 そして、その魔力は青年の中へと流れ込む。


「これで敵はなし……と、言いたいところですが」


 帝の周りには更に三体の狐。そして、帝は空高くへ妖炎を解き放った。それは、帝の緊急事態を知らせる暗号。いずれその意味を知る者達がここへ集うだろう。


 青年は笑い、多勢に無勢となる未来にため息をつきながら義腕を伸ばす。


 闇の魔力に躍動する呪具が震えだし、青年はその反応に高揚感を覚えながら帝へ深々とお辞儀した。


「『呪化師』ザアル・クリスプ」


 少しばかりの一騎打ち、そこへ人間の真似をした青年、ザアルは人間の習わしに従い、自らの肩書きと名を口にしたのだった。

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