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催し物の準備

 慌ただしく人々が動き回る大きな屋敷。今日この日、屋敷中の人々はとある催し物の準備で手一杯だった。


「輪廻!こっちお願い!」

「輪廻ちゃん!アレを大工さんのところへ!」

「輪廻ちゃん。これみんなに配っといてくれる?」


 頭に手拭いを巻いた男建築士、大きな角材を抱えた女職人、おにぎりを丹精こめてつくったおばあちゃん。

 三人に同時に呼ばれた名前の主は、普通ならばどれか一つにしか対応できないはずだ。


 だが、この主は違った。


「「「はい!」」」


 同じ高さ、同じ抑揚の同じ声が、同時に三つ発せられる。それぞれが呼び止めた人に駆け寄り、頼まれた業務を誰よりも真剣にこなしていた。


 輪廻と呼ばれた女性は今、現場に五人存在している。くノ一として育った彼女の『分身』という忍術のおかげで、催しの準備は着々と進んでいた。


「おぉ輪廻!其方は働き者であるな!」


 頼りにされ、その期待に応えるべく駆け回る輪廻に、軽快な声が掛けられた。輪廻はしかめっ面で振り返ると、手をヒラヒラと振っている灰色髪の男へ強い言い放った。


「あなたも働いてください!灰呂様!」

「はっはっは!某は帝と話があるもんで、ここで手を貸してやる事はできぬのだ!できれば、その小さな背を押してやりたいの山々だが、某は某の役目を果たしてくる!」

「長々と言わずにさっさと行ってください!」

「いでっ!?おい、扱いが酷いぞ!」


 生意気に言うこの男は、斬咲灰呂ざんざきはいろ。この大きな屋敷の現当主であり、この国の軍事的最高地位である『将軍』の座を手にしている侍である。


 その大きな背中を輪廻は強く蹴飛ばし、せっせと業務に戻っていく。その小さな背中を見送って、灰呂は薄く微笑んだ。


「うむ。以前よりも、人らしくなったではないか」


~~~


「ほんっとに、あの人は私の邪魔ばかりするんです!」

「ふふ。そうかい。あの人に気に入られてるんやね」

「不名誉です!」


 慌ただしい現場より少し離れた部屋の中、本体である輪廻とお淑やかな女性が談笑していた。輪廻は怒りを顕にして、それを女性が柔らかい笑顔で楽しんでいる。


 『分身』は感覚や記憶を共有するため、リアルタイムで情報が伝達される。五人の分身体からの情報を頭に流されている輪廻は、つい先程弄ってきた灰呂のことで憤慨しているのだ。


「でもね、あの人、やる時はやる人なんよ?ちゃあんと毎日うちの世話もしてくれるし、優しいし、みんなに慕われてる。うちの自慢の夫なんよ」


 そう言うこの女性の名前は紅葉もみじ。彼女には両足がなく、木製の車椅子に座って移動している。彼女は現当主である灰呂の妻であり、彼女の腹には次世代の命が宿っている。


 明るく朗らかで、弱い女性。輪廻が初めて出会った時の印象はそれだった。

 灰呂に無理やり連れてこられ、傷だらけの体で対面した時は、尊厳を踏みにじられた思いで殺すほど睨みつけてしまった。


 汚く、血まみれで、それ以上に倫理的な穢れを孕む輪廻を、紅葉は何も言わずに抱きしめて温めてくれた。


 冗談が上手く、柔らかいこの人と触れ合う度、敵意も怒りも湧かなくなった。懐柔されたと言えばその通りと頷くしかないが、この人といると自然と胸が暖かくなる。


 その感覚を忘れたくなくて、輪廻は紅葉を慕っている。紅葉が、灰呂の妻であると知った時は膝から崩れ落ちたが。


「自慢の夫、ですか……」

「輪廻も旦那さんを見つけたらわかるよ。自分にしか分からない、それでも他にないほど愛おしいと思える部分を持っている運命の人が、必ずおるんやから」


 朗らかに微笑み、そう言い切る紅葉の言葉を疑えない。灰呂の印象は今のところよくないが、嫌いかといえばそうでもない。憎たらしいが、輪廻としてはこの屋敷にいる人々はみんな好ましい。


「旦那さんにしたいいう人が現れたら、うちに相談してなぁ?その人がいい男かどうか、見極めてあげる」

「私は、生涯独身ですよ。紅葉様」

「そないなことないよ。輪廻はいい子で働き者で、顔も綺麗やし可愛げがあるんやから、すぐ良い男見つけるよ」


 そんなどうでもいい話すら、楽しいと感じるのは何故だろう。


「そのようになれば、良いですね」

「そうやね。きっと、必ずなるから」


 自分とほぼ同じ高さの目線で言う紅葉に、輪廻はただ微笑むしかなかった。


~~~


 前述の通り、この国『晴宮はれみや』では、建国記念日に行われる『建国祭』に向けて国中で祭りの準備が行われている。


 沢山の出店が立ち並び、花火の準備も整って、人々の期待は膨れ上がる。沢山の楽しいものが勢揃いな年一の記念日を、皆心待ちにしているのだ。


 そんな『建国祭』、少し特殊な行事がある。


 花火が打ち上げられたあとに行われる『刀儀とうぎ』というものだ。


 これは、『将軍』の座に就く侍を決める、極めて神聖な儀式である。侍達がトーナメント方式で戦い、最後の勝者と『将軍』が戦う。


 勝った方が『将軍』となり、富と名声を手に入れ、国の軍事的な決定権を担うことができる。


 誰でも挑戦できるこの『刀儀』。一見すると誰しもが『将軍』になる可能性を秘めているように見える。しかし、この儀式はこの国が始まってからずっと、二つの武家の戦いに収束している。


 古来よりずっとこの国を外敵から守り抜いてきた斬咲家。斬咲家に匹敵する力を有し、一代目からの付き合いである波門なみかど家。この二つの一族は、『将軍』の座を掛けて争い続けている。


 だが『将軍』の座に就くのはいつだって斬咲家。それ故、波門家は『挑戦者』と揶揄されることもある。


 だが、今代では遂にそれがひっくり返りかけている。


「勝つるのか。斬咲灰呂」


 重々しい雰囲気の中、発せられた女性の声に跪く灰呂は顔を上げて笑う。


「分かりませぬ!ただ、『将軍』の座を下ろされようと、斬咲家は帝様の身を守る刃であることに変わりはありませぬ」


 簾で姿を隠された女性、帝に灰呂は溌剌と返事をした。灰呂をじっと観察する近衛武士が鋭い視線になる中、帝は息を長く吐いて、


「良い。其方がどのような運命に流されようと、妾はそれを止めようと思わぬが、その心意気は認めよう。次代へ繋ぐため、国を守るため、侍として、尽力せよ」


 静かに、ゆっくりと、強い激励の言葉をかけた帝。簾のせいで表情は捉えられないが、声色からは期待の色が伺える。


 その期待が、決して自分に向けられたものではないと心で言い聞かせながら、灰呂は笑顔で返事をした。


「はッ!斬咲家はいつまでの、帝様と共に!」

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