『建国祭』へ
夏が終わりに差し掛かる頃、この国には『建国祭』というものが催される。
『晴宮』の建国を祝った年に一度の大祭り。国民はそのために暑さを振り切って、各々のすべき役目に励んでいる。
そう、国民は皆、すべき役目に励んで──
「そら行くぞ!暁ぃ!!」
「ドンと来い!でござる!!」
「お二人共!!飾り付け手伝ってください!!」
斬咲家の屋敷の中庭にて、激しい剣戟を交わす二人の侍へ、輪廻は空気が割れるほどの声量で叫んだ。
「なんだ輪廻!某はしっかり働いておるぞ!暁をここに留めておくという大役をこなしておるのだ!」
「のだ!でござる!!」
「はぁもう……ああ言えばこう言う……!」
『分身』を駆使して準備を着々と進める輪廻の傍ら、灰色髪の侍、斬咲灰呂とその娘である暁は木刀片手に剣術の稽古に夢中になっている。
確かに元気すぎる暁を押さえつけておくのは大事な役目ではある。が、装飾を手伝わせるとかもっとあるだろうに。
そう悩んで眉間に皺を寄せる輪廻に、水蓮が「心中お察しします」なんて言葉をかけた。
「まぁ、もういいです。あの人らには期待してませんから。ていうか、暁様はともかく灰呂様が装飾を手伝っているのを見たことがないのですが」
「当主様は昔から、このような準備には参加した試しがありませんね」
「教育すべきは一人だけじゃないみたいですね……」
汗を拭き取り、呆れ混じりの嘆息を漏らした輪廻は洗濯物を運んで行った。
その疲れと哀愁が漂う背中に、水蓮は何故だかシンパシーを感じてならない。
それを口にすると、『不名誉です』と突き放されそうだが。
「まぁそれはさておいて」
水蓮は来る『建国祭』の準備とは別に、最近気がかりなことがある。
中庭に視線を向けると、今年で二十七歳を迎える灰呂と、今年で六歳になる暁が木刀で剣戟を交わしているのだが、
「せぇいやぁ!!」
「うぉわ!?」
六歳の暁の華麗なる手捌きにより、三倍以上の体躯を持つ灰呂が簡単に吹き飛ばされていた。
「わっはっはー!!『晴宮』一ぃーー!!」
いつもの決め台詞と共に、地面にへたり混んだ父の上に飛び乗って木刀を掲げる暁。その甲高い子供らしい無邪気さとは裏腹に、水蓮は暁の才能に目を剥いていた。
───強い。明らかに、他の人間とは一線を画す差がある。
かの大英雄、斬咲赫羅も幼き頃から、あの時代に闊歩していた魔獣や魔族を片っ端から斬り殺していたと伝えられている。
その先祖に納得の力量。暁にはそれが備わっていた。
蛇足という名の忍が、国を人質に求めただけはある。
灰呂の世話係であり、剣術の指導係であった水蓮には分かる。灰呂は間違いなくこの国でトップレベルの侍であるし、常人には想像もつかないほど努力してきた男。
二十五年ほどの灰呂の血を吐くほどの努力。それを齢六歳にして、暁は上回っていた。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……流石は我が娘、『晴宮』の一番も、夢ではないな……」
元気な我が子からの連戦を強いられた父親である灰呂。年齢もあってか、体力は彼の想像する以上の衰えを見せていた。
元気すぎる暁は、灰呂、輪廻、水蓮と三人を回しても体力が有り余る。それでいて求めてくるのが手合わせだから、大人達は毎日クタクタだ。
一番暁の体力を削ってくれるのは、『将軍』である灰呂であるのだが、彼には『将軍』が故にやらなければならない仕事もある。暁に構ってばかりではいられないのだ。
それでも、暁の天真爛漫な笑顔が可愛いというのは共通認識で、誰も暁を咎められないのがこの屋敷の現状だ。
「いえ、唯一注意してくださる方もいらっしゃいますが……」
甘やかされ、皆を振り回す気質がある暁を唯一ピシャリと叱ってくれるのは、母親である紅葉ただ一人だ。
それは暁に対する愛が故の叱責。それが終われば毎度強く抱き締めあっているので、不和はない。
しかし、紅葉にだけ怒るという役目を押し付けてはならない。というかそもそも、暁に非があるという前提が間違いだ。
問題は、暁の有り余る体力と才能、それを活かしきれない環境だ。
「ということで当主様、明日の『建国祭』にて、ご紹介したい方がいます」
「と、言うと?」
「私の師匠です」
水蓮の申し出に、灰呂はパチンと指を鳴らして起き上がった。思わず声が漏れるほどに目からウロコであった灰呂の反応に、戦い足りない暁は首を傾げていた。
そんな愛らしい娘の頭を撫で、灰呂はニカッと笑った。
「喜べ暁!明日、そなたを喜ばせてやる!」
「んん?よく分からないでござるが、楽しみでござる!」
わいわいとはしゃぎ出す二人。灰呂が暁ほどの年齢だった頃から一緒にいた水蓮は、その二人のやり取りを微笑ましいと頬を綻ばせた。
「全く、この血筋は変わりませんね」
~~~
『建国祭』。それはこの国の伝統的な祭りで、毎年行われるお祝い事。
そんな催し物は、とても朝早くから始まる。
「『建国祭』の時間だァァーーーーー!!!!!」
鶏よりも早く叫ばれるこの声は、どこからともなく聞こえてくる。声も声量も全く変わらないので、長年の謎として国内では有名だ。
話は少し逸れたが、とりあえずこの日は、
「『建国祭』にござるーーー!!!!」
「うわぁ!?暁様!?」
たった今起きようとした輪廻の胸の上へ、暁が勢いよく飛び込んできた。
軽い体躯は見た目以上の威力を持って輪廻の身体を穿ち、輪廻は人生で一番辛い目覚まし時計を毎日更新している。
「暁様……朝はもう少し穏やかにですね……」
「でも輪廻、今日は拙者と朝から出店を回る約束でござるよ?拙者、輪廻と祭りに行くのが楽しみで寝れなかったでござる!」
「はい行きましょう直ぐに行きましょうね!」
可愛らしい無邪気な笑顔を向けられ、親よりも親バカな輪廻は忍時代に培った即着替えを発動。目にも止まらぬ速度で着替えを終えて、輪廻は暁と共に居間へと向かう。
居間の襖を開けると、そこには既に灰呂と紅葉と水蓮が揃っていた。
暁は皆に向けて小さな手を振りあげて朝の挨拶をする。それに続いて輪廻も挨拶を済ませると、輪廻は灰呂と車椅子に座る紅葉へ視線を向けた。
「お身体の方は、今日は大丈夫なのですか?」
「うん、平気やよ。今日は調子がええんや。暁も張り切ってるし、うちも楽しみやったからね」
微笑む紅葉の顔色は確かにいい感じ。今日は無理せぬ範囲で祭りを回るつもりらしい。
こうして『建国祭』に顔を出すのは、暁を出産してから初めてのことだ。
「楽しむぞ、紅葉」
「うん。色んなところ連れてってな?」
「あぁ、任せよ!」
灰呂の語りかけに紅葉は穏やかに答えを返す。こうしてみると、やはり夫婦なのだなと改めて思い直す。
「母様!母様も祭りに行くでござるか?」
「そうやよ。母さんも頑張っていくんよ。やから暁、母さんのこと守ってな?」
「合点承知!拙者、父様に代わって母様をお守りするでござる!」
「まるで灰呂様が死んだような言い方ですね」
灰呂から車椅子をガシッと奪い去り、テンションMAXな暁は車椅子を押す気満々だ。そんな暁の小さな手を上からカバーする灰呂。娘の奮闘に嬉しい紅葉。その光景がなんとも微笑まして、
「輪廻殿、ニヤケ面が」
「お互い様でしょう?水蓮様」
外野はずっとこんな感じだった。
「じゃあ行くでござる!まずは、りんご飴でござる!」
「最初から胃にくるものを!流石は我が娘!」
「甘いもんはあんまり食べすぎちゃだめやよ?」
一行は楽しい雰囲気に包まれながら、『建国祭』へ出向いた。