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幸せな日

 多くの犠牲を払い、どうにか防がれた英雄の子の奪取。


 『晴宮』の四分の一を飲み込んだ『地獄釜』と全てを飲み込みかけた『津波』。その二つの大厄災を防ぐのに一役買った輪廻は、栄誉武士として表彰されることとなった。


「大義であった」


 多くの貴族や武士に見つめられながら、帝から祝いの品をいただいた時は、自分の現状に混乱してばかりだった。


 ただ愛する人のために奔走し、それが成し遂げられただけだというのに。


 渡されたのは、新たに作られた二本の短刀だった。叩けば叩くほど固くなる性質を持つ亜甲石という功績から作られる刃は桃色で、咲き誇る桜のようなその姿から、『桜咲さくらさき』なんて単純な名前まで付けてもらった。


 名付け親はもちろん、


「どうだ輪廻!某の名付けの才能の開花が目まぐるしいだろう!」

「えぇ、見苦しいです」


 短刀を懐へしまい、輪廻は主人の戯言を流した。


 その様子に灰呂はしょんぼりとして、一連を見ていた水蓮が大きくため息を吐くという結果となった。


 しかし、情けなくも憎めない灰呂という男、輪廻の見えない場所でかなり奮闘していたと聞いた。


 魔獣の大量発生の現場にて、灰呂が駆けつけてからは死者はゼロ。そのままならば三途の川の向こう側にいただろう武士達も、全員無事に灰呂は連れ帰ってきた。


 それでいて一番おいしいところを掻っ攫い、見事に出産のその時に間に合わせた運の持ち主。


「それがひとえに、部下に恵まれただけなどと」


 それだけ民からの信頼と実績を積み上げながら、口からこぼれる自慢には一切自分のことを混ぜない。強いていえば、名付けのセンスだけだ。


 灰色の髪を持つ侍。その背中を見て、輪廻は不覚にも、この人が『将軍』でよかったと思ってしまった。


 それ以上に、灰呂の従者になれたことを喜ぶ自分も───


「不名誉です」

「何故突然!?」


 自分よりも大きな背中をバシッと叩き、輪廻は不貞腐れたように頬を膨らませ、そしてすぐに笑った。


「嘘です。もう、これは受け入れたことですよ。この名前も、ね」

「む、そうか」


 背中を叩かれ不満気な灰呂を置き去りに、輪廻はそそくさとその場を離れた。向かいたい場所が二つあるからだ。


 まずは、その一つ目へ向かうとしよう。


~~~


 木の葉の色は鮮やかに変わり、山や森が賑やかに見えるこの時期、その場所はひっそりと、世界の色が変わりゆくのを見つめている。


 朽ちた葉っぱが風に吹かれ地面を埋め尽くす。それを踏みながら、輪廻はとある人物の墓の前に立った。


 身分と功績がありながら、他の墓石と変わりのないデザインなのがなんとも彼女らしい。

 必要なものだけを取り付けた合理的が行き過ぎた墓石の前で手を合わせ、輪廻は感謝を口にした。


 一瞬、たった一瞬の交流ではあったが、命を助けてもらったのは事実。なんなら輪廻が呼び出したせいで死んでしまったとも言えるのだ。


 その考えを口にしたら、彼女はきっと否定してくれるだろうが。


「厳しく、規則正しく、されど、その全てを愛だと言い切れるくらい、あなたはお優しい」


 もう聞こえないであろう言葉を投げかけ、輪廻は墓石、『新瀬凪砂』と刻まれたそれに背を向けた。


 これ以上は不要だろう。輪廻はそう思ったし、凪砂ならそう言ったはずだ。後ろ髪引かれつつも、輪廻は振り返らず次の場所へ向かった。


 背中を押す追い風は、秋の前触れだというのに暖かった。


~~~


「紅葉様」


 襖を開け、畳の上に正座した輪廻は次の場所を訪れた。そこにいるのは、輪廻がこの世で最も尊敬し、愛を向ける女性、紅葉だ。


「ん、輪廻、帝様とお話ししてきたん?」

「残念ながら、帝様は破壊された街の復興で多忙の身でありましたから、一言交わすのが限界でした」


 今の紅葉は、もうほとんど体を動かすことができなくなっていた。


 『子守り加護』を酷使して、妊婦でありながら国を守り抜いた反動は大きい。


 紅葉はもう、車椅子に乗ることすらないかもしれない。


「でも、うち、幸せなんよ」

「幸せ……ですか?」

「いい夫といい従者、それに、心強い忍まで傍におるんよ?幸せじゃなかったらうちは大馬鹿者や」


 起き上がるのも一苦労な体で寝返りを打ち、紅葉は輪廻の手を握る。

 以前から弱々しがった手の力が、ますます弱くなっていた。


 黒い髪が白髪となり、生気が日に日に減っていく紅葉。そんな彼女の笑顔に、輪廻は微笑むことしかできなくて。


「大丈夫やよ、輪廻。うちは、まだまだ死なん」

「……本当、に……?」

「本当や。うちの娘が、うちを『お母さん』って呼ぶまでは絶対に」


 斬咲の苗字を持つ人間は嘘をつかない。無理だと思ったことを成し遂げるし、土壇場で奇跡を起こして間に合わせる。

 神に愛され、運命を変える力を持つこの一族に、誰が勝てるだろうか。


「──愛しています、紅葉様」

「なんや急に、照れるわぁ」


 紅葉が風に運ばれて美しさを広げていくこの季節、名もないこの日に輪廻は、最大限の幸せを噛み締めていたのだった。

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