ー第4話ワインバー佐藤カモフラージュ
カウンター席に並んで座る。
明らかに打ち合わせする気はないと千は思った。
「いらっしゃいませ容子様。今宵はおひとりでなく、凛々しい方をお連れで」
「新人の先生。兼子千先生。デビュー作の打ち合わせ」
マスターは首が太くプロレスラーのような体格をしている。
「視ますか?無料コースと有料コースどちらで?」
何も注文していないが、ワインが2つ置かれた。
「佐藤マスターはね。観相学から手相に霊視もできるのよ。とりあえず、無料コースから」
「承知しました。容子様とこちらのお客様。相性が最高です。と云うか、前世でも恋人でしたね。でも結ばれなかった。今生はリベンジです」
「リベンジ?」
「そう。また結ばれなければ、来世でも同じようにチャレンジです。是非頑張って結ばれていただきたい」
編集長は信じていないようで、鼻で聴いている。千は信じたいと思ったので聞いた。
「もし結ばれなければ、どうなります?」
「そこは有料コースですが…お客様が素晴らしい魂をお持ちなので、サービスしましょう。お二人共に、独身で一生を終えられます。お互いを想いながら」
「だったら。結ばれた方が良い」
「その通りです。お二人の努力次第です」
編集長はニヤニヤしている。
「佐藤マスター。くっ付けようとしてる?」
「信じるか信じないかはあなた次第です」
佐藤マスターも微笑んでいる。
「千先生。ダメよ。こういう水商売の言う事信じちゃ」
「僕。コノヨル師匠の店手伝ってましたから、無責任な話は一杯聞きました。インチキ霊媒師とか友達に居ました。でも、佐藤マスターのオーラは本物です」
編集長はガクッとなった。
「あなたもスピ?驚いた」
「そんなハッキリじゃないです。もやっと見えるだけです」
佐藤マスターは
「ごゆっくり」
と言って、別の客に行った。
「送った1話、読んでいただけましたか?」
「あれは。オーケー。素晴らしい。ここから、首がはねられて、桜の話から、現代パートね」
「今日のデート楽しかったので、そのまま書いて良いですか?」
「私は良いけど。「人間関係」は前に別の小説で承認もらえたから、多分使える」
「ワインバー佐藤さんは?」
編集長は右手を上げて叫んだ。
「ちょっとマスター。千先生の新作に、この店使って良い?」
ー大丈夫です。と云うか宣伝して下さいー
笑って叫び返して来た。
夕食はワインバー佐藤の賄いイタリアンだった。他に客は居なくなった。
「千先生。美味しいでしょ?佐藤マスターはね、パリに店持ってたの。2つ星レストランよ?凄いでしょ?」
「素晴らしい」
「いやぁ、負け犬です。3つ星取れなくて、日本に逃げ帰った。で、ワインバーやらないかって頼まれました」
「パリは馬鹿よ。こんな美味しい料理捨てたなんて」
「ありがとうございます。そうだ、千先生に霊能者として認めていただいたので、お礼にあのワインを開けちゃいましょう」
佐藤マスターは、カウンターの床の扉を開けて、降りて行った。
「わぁ~おぅ。佐藤マスターの秘蔵ワインセラーが地下に有るの」
佐藤マスターは埃にまみれた瓶を、ゴミ箱の上ではたいた。
「リシュブールグランクリュ1985です」
「えっ?アンリジャイエの720ミリリットル800万の神のワイン?」
編集長も知っていて言う。
「1000本しか作られなかった。現存するか不明の神のワイン未開封?」
一気に酔いが覚めた。
結局明け方の4時に新宿の路上に出た。
「家に来て。高崎まで歩く?」
「家は、近いんですか?」
「そうね。ここから10分くらい」
「編集長の部屋に行ったら、我慢できません。セックスしちゃいます」
「我慢しなくて良いんじゃない?私もしたいし」
「酔っ払ってしたく有りません」
「うれしい事言ってくれるわね?こんな28のおばさんなんか嫌よね」
「容子編集長は素晴らしい女性です。社長に兼子千をデビューさせて下さいって頭下げてくれたんでしょ?」
「口が軽いのは前橋?あの馬鹿。兼子千は100年に1人の天才。でも、凄すぎて一般読者に理解されない、売れない、なんで小説家になろうで1000PV行かないのよ。なんでわかんないの、良い物ほど売れないのよ日本は」
千は容子編集長を抱きしめた。
「住宅地です。警察呼ばれます」
「セックスして。あなたが大好きなのわかって」
「判りました。咲姫が40万部行ったらプロポーズします」
編集長は吹き出して笑った。
「40万部?40万部って楽勝じゃない?100万部は軽い。私は咲姫を200万部売ってみせます」
「編集長、声を抑えて」
「天才兼子千先生を前に、声は抑えられません!」
容子編集長は、千の胸の中で、イビキを掻いて、天使のような穏やかな顔で眠りについた。