ー第3話渋谷打ち合わせ
千は「咲姫」の1話を容子編集長に送信して、時刻を確認した。
「10時か。早く行って取材しよ」
地下に行くと、香澄さんが居た。
「姐さん。渋谷で編集長と打ち合わせに行ってきます」
「あら?1番まともな服にしたのね?渋谷デート?」
「まさか?昭和な純喫茶でコーヒーだけで2時間ダメ出しです」
「そう?今夜は編集長帰さないでね」
「問題になりますよ」
香澄さんは笑って手を振った。
高崎駅の2番ホームから湘南新宿ラインで、約1時間。宮坂口を出て、ハチ公前を横目にスクランブルを真っ直ぐ渡り、109入口の真南の横断歩道を信号待ちした。
道路の反対側に、若草色のスカートに、薄桃色のトップス。ピンクのヒール。白い小さ目のバッグを掛け、ミドルヘアーが外跳ねの女性が見える。
「デート?判りやすい。彼がいないな」
信号が青になり、女性と接近した。
「千先生っ!」
彼は自分だった。
DJとギャルのカップルがーお互いガンバーと言って追い越して行く。二人とも横断歩道の真ん中で固まっているのだ。
「げっ!編集長?」
バシッと肩を叩かれる。
「げって何?」
「いや。いでたちが素敵過ぎて」
「これが私の勝負服よ」
「あ~デートですか、すいません。16時まで取材します」
パパパパパパパ
クラクションが鳴らされた。
信号が青になっていた。
109側に引っ張っられた。
「違うわよ。私も半年渋谷に来てないから。半年でお店入れ替わるからチェック」
「つまり?前のりしていただいたんですか?」
「そゆこと」
千の右脇にスッと腕が入って来る。
「これパワハラですか?」
「先生が決める事ね?これはパワハラ?体の方は大歓迎みたいだけど?」
千は完璧に膨らんでいる股関を確認した。
「よく判りませんが……多分合意かと」
スペイン通りを北上して、カフェに入る。
「なんて名前の店ですか?」
「人間関係。席数多いから、純喫茶より席が有ると思う」
それでも12時が近いので、かろうじて開いていた席に、編集長がバックを投げて確保した。
見事に、窓に向かって並んでいる椅子2つの背もたれの出ている部分に、バックの紐が掛かった。
「凄い…クノイチですか?」
「前世?多分」
「同じもので良い?買ってくる」
「いえ。僕が」
「座ってて。これは打ち合わせだから、経費で落とせるの」
しばらくすると、編集長が手招きした。
「全部持てないから、とりに来て」
窓に向かって並んで座る。外の通行人が、サムアアップして通り過ぎる。
「これは何ですか?」
「ギネスと、海峡サーモンのマヨネーズ味パリパリ揚げ。ごめんね、夜は高いとこ連れてくから」
「ギネスは1759年にアーサーギネスが創業したビール。ギネスには海峡サーモンが良く合う。今日がどっちも初めててですが」
「ギネスデビューおめでとう!」
編集長がグラスを上げる。乾杯した。
結局20時まで、ウインドウショッピングをして、映画を見て過ごした。
「そう言えば。まだ小説の話してないね?」
「楽しかったので。このまま帰りたい気分です」
「ダメよ。打ち合わせですから?」
「歩きながら?」
容子編集長は吹き出して笑った。
「まぁさかぁ~。ゴミ置き場の前で?ないない。この先に隠れ家的ワインバーが有るから」
入口は民家の引戸で「石橋」と表札が掛かっている。
「石橋さんじゃ?」
「カモフラージュ。ここだから」
引戸を開けると、間接照明に浮き上がった黒い階段が地下に降りている。
降りきると突き当たりの壁に
ワインバー佐藤カモフラージュ
と云う看板が有った。