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『浴室に閉じ込められる夢の少女』

作者: ぽい

 『浴室に閉じ込められる夢の少女』



①自己紹介

 あたちの名前は――――。今年で小学2年生になります!そんなあたちですが、今ひじょーにたいへんなことにまきこまれてしまいました。


「おふろばからでられない!」


そうです。風呂場から出られなくなってしまったのです。あたちの家の風呂場のドアが、押しても引いてもびくともしません。お母さんを呼んでも、お父さんを呼んでも、ぼやぼやの窓から見えるお手洗い場には誰も入ってきません。



②浴室、お風呂場

「あかないよぉ。ママぁ、パパぁ。あたちはここだよ…」


お風呂場にあたちの声がこだまする。こだまの声が聞こえなくなって、シンとした音さ

え聞こえない。あたちはここから出ることができない。時計回りにお風呂場を見渡す。ぼやぼや窓つきのドア、フックに掛かったお父さん用の身体洗いタオル、その下にカラフルなボトルたちが並んでいる。あたちが立ったとき顔が映るカガミ、


「あたち、なきそうなかおをしている。パパもママもはやくあたちをたすけてよ」


お水が出る蛇口と手の届かないところにあるシャワー、お母さんはシャワーを使ってお父さんは浴槽に溜まったお湯を使いあたちを洗う。毎日お母さんと入る浴槽、お父さんとはお休みの日に入るけどお湯がザバーって溢れるからちょっと楽しい。


「よくそうにお水は…入っていない。お水が溜まっているときはまだ一人で入っちゃダメって言われているけど、よかった。怒られちゃうところだった」


こんな状況にもかかわらず両親からの言いつけを気にしてしまう。あたちはまだ一人でお風呂に入ってはいけないとお母さんに言われた。くるぶしまでの深さのお水でだって危ないのだとお父さんに教えられた。…このお風呂場を見渡して、やっぱりあたちの家のお風呂場であると理解したが、ここから出ることができないことには変わらない。生活音が聞こえない密室と冷たいプラスチックの床があたちの心と足を痛めつける。泣きたくなってきた。


「うぅ…、たすけてママ、パパ。こわいよ、さみしいよぉ、うっうわーん!」



あたちは限界を迎えたらしい。泣いている。泣いているあたちを、鏡の中の少女が黙ってみている。あたちと同じ顔、髪型、動きをした少女は心配が我慢に勝ったのか、あたちの行動に飽きたのか、お風呂場に声を出した。


「ねえ、いつまで泣いているの。そんな無駄なことしててもお風呂場からは出られないよ」


「うぅ…、お姉さんだれ?どこから喋っているの?」


「ここよ、ここ。鏡をみて。私が見えるでしょ」


「かがみ?あたちが映っているけど…あれ、なにか変?」


鏡に映る少女はあたちと異なる動きでほほえむ。自分と同じ顔にもかかわらず、年上と思わせるふるまいに、あたちは自分ではないと感じた。


「見えたかしら、それなら自己紹介しないとね。…初めまして、私は――――っていうの、気楽にお姫様と呼びなさい。あなたの名前を教えて?」


「…あたちの名前は―――、あたちちゃんでいいよ。ねえ、ここから出られないの。おひめさまはここから出る方法しっているの?」


あたちは話し相手ができた喜びよりも、お父さんとお母さんに会いたい気持ちのほうが大きい。鏡の中の少女、お姫様との会話を楽しむ余裕はなさそうだ。そんな気持ちを察したのかお姫様は脱出方法を話し始めた。


「脱出方法ね、知っているわ。でもあたちちゃんに言えるかしら?特別な呪文なの」


「いえるよ!パパママに会うためなら、あたちがんばれるから。…呪文を教えておひめさま!」


「わかったわ。では、次の言葉を間違えずに言ってください。


 『とうきょう とっきょ きょかこく』


はいどうぞ」


あたちは大きく息を吸って一気に唱えようとする。


「とうきょうとっきょきょきゃきょきゅ!」


次の瞬間、あたちの姿は真っ赤なリンゴに変身した。手のひらサイズの丸いそれはお風呂場のプラスチックタイルの上でころころと転がっている。


「あらら、呪文を間違えてしまったのね。おいしそうなリンゴ。だめじゃない真っ赤になっちゃって」


お姫様が何かをつぶやくと、リンゴはまばゆい光を発したあと元のあたちの姿に戻った。あたちは何が起きたのか分からずおろおろしている。


「あたちちゃん、呪文はね、どれだけゆっくりでもいいから間違えずに言い切るの。さあもう一度」


「う、うん。(あたち、りんごになっていたの?)


 『とうきょう、とっきょ、きょか、こく!』」


あたちの身体が光り始める。


「ああ、よくできました。しばらくしたら両親にあえるよ。ごめんなさいね、こんなところに閉じ込めてしまって。」


「おひめさまがあたちをとじこめたの?」


「正確には私ではないのだけど………いえ、私のせいね。さみしかったの」


「おひめさまはここからでられないの?」


あたちがそう言ったあと、浴室を消してしまうほどまぶしくなり、あたちの意識が途切れた。


「ごめんね、―――」



③あたち

 あたちの意識が戻る。温かい布団に覆われて、冷たいアイス枕で頭を冷やしているあたちは雪遊びをして風邪をひいたことを思い出した。布団のそばで洗濯物を畳んでいるお母さんが、あたちのうめき声に気づいてあたちの頭をなでる。


「気分はどう?…まだ顔が赤いねぇ」


「ママぁ…、まだ…しんどいよぉ。パパは?」


「パパはまだお仕事だから帰ってきてないよ。お腹すいたでしょ。おかゆ作ってくるからまだねてなさい」


お母さんが立ち上がって部屋を出る。布団の中から伸ばした手は、しかしお母さんを引き留めることができず、冷えたペットボトルにぶつかる。


「のどが渇いたな。ふむっよいしょ」


あたちは身体を起こしペットボトルを持つ。キャップを外し冷たいミネラルウォーターをちょっとだけ飲むと、身体のだるけが少しだけ無くなった気がした。あたりを見渡す。あたちが寝ていた部屋はリビングと隣の和室のようだ。お母さんの存在に安心し、頭がさえてきたあたちは、ふとお風呂場が気になってきた。


「おひめさまはいるのかな。お風呂場に閉じ込められているのかな」


あたちは布団から出てお風呂場に向かう。途中、お母さんに呼び止められるも、顔を洗いたいと言って振り切った。お風呂場の扉の前に立つ。風邪がぶり返したのか心臓の音が少しうるさいし頭も痛い。潤った口内の唾をコクリと飲んで、扉を開ける。


「...おひめさまいる?おーい。…いないかー、いないよね。おーい」


あたちが何度声をあげても返事はない。お湯がたまった浴槽と曇った鏡が、おひめさまと話したお風呂場ではないことを伝えてくる。リビングからお母さんの声が聞こえる。おかゆができたようだ。


「サンタさんがいるなら、おひめさまもきっと居るよね」


お母さんが手洗い場に入ってくる。あたちが何か言っていると不思議に思いながらも、あたちを抱えてリビングへと出ていった。



④後処理

 雪が積もった休日、カランと音を立てて温かいカフェに入る親子。今週限定のりんごケーキを選ぶ少女とショートケーキを選ぶ母親は手をつないでいる。おしゃれなクラシック曲が流れる店内でおいしい、おいしいとりんごケーキを食べる。母親はショートケーキのイチゴを少女の口に運び、幸せそうな顔を見てほほえむ。幸せな家族のしあわせなひととき。開いた席に父親が座る。父親はコーヒーをおいしそうに飲んでいる。しあわせなひとときを。

ホラーにしようと思ったけど、子供を泣かせたらだめだよね。ごめんね、あたちちゃん。

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