夏の海辺と小さな出会い
夏が大好きな少女・真奈は、夏休み、祖父の家がある鎌倉にやってきた。
真奈は中学3年生の陸上部員で、部活の練習がない日も自主練を欠かさない。
この夏の終わりに最後の大会がある。
将来の夢はオリンピック選手! と小学1年の作文で発表するくらい走るのが好きだった。
祖父の家は海が目の前。お気に入りのランニングシューズをはいて、ストレッチをしながら海を見つめた。
今日はどこまで走ろうかな? 高校前駅、それとも藤沢まで? と頭の中で計画を立てる。
熱中症対策のドリンクもベルトのドリンクホルダーにつけて、走り出す。
走り始めると、潮の香りと波の音が心地よく耳に入ってくる。
サーフボードを抱えた人や犬の散歩の人とすれ違い、挨拶を交わすのも、走ることが好きな理由の一つ。
特に夏は、人々に活気がある。
楽しげな笑い声が響いている。
太陽が少しずつ高くなり、気温も上がっていく。
視界いっぱい空と海。見ていると暑さなんて忘れてしまう。
途中、真奈はふと足を止めた。小さな男の子が一人で立っていた。
空を見上げて、何かを探しているようだった。
真奈は近づいて声をかける。
「どうしたの?」
男の子は涙目で、「風船が飛んでいっちゃったんだ。ウサギの絵がついた、青い風船」と答えた。
知らない子だし、買ってあげるというのは違う気がする。そもそも今は財布を持っていない。
「そっか、私も走りながら探してみるよ」
真奈は優しく微笑んだ。
少年も少し笑顔を取り戻し、「ありがとう、お姉ちゃん」と小さくつぶやいた。
風船が飛んでいないか探しながら走り、昼ごはんまでには帰りなさい、と祖母に言われたことを思い出す。
そろそろUターンするか、と視線を駅の方に動かすと、木の枝に青い、うさぎの絵柄の風船が引っかかっていた。
風船を手に、少年と再会する。
心地よい達成感を胸に、真奈は家までの道を、さっきよりも軽やかな足取りで走り出す。
この小さな出会いを、祖父母に話そうと思いながら。