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第二話 教師と生徒と

 実家に帰るまでの自転車旅で、様々な人と情報を交換したのだが、現在の日本の状況はどこも「地獄」と呼んで差し支えないものである。


 ポジティブ・ゾンビどもは日々を享楽的に過ごしていて、飲んだり歌ったり、脱いだり踊ったり、一見すると楽しそうである。しかし、生産的な活動は何一つ行わないため、食料を食い尽くせば餓死するか、共食いに走る悲惨な運命が待っている。

 一方の人間側は、避難所はどこも疑心暗鬼。少しでもポジティブ寄りな発言をしようものなら、感染を疑われて避難所から即刻叩き出されることになる。つまり日々暗い顔をしてひたすらネガティブに過ごすことが最善とされていた。


「避難所生活って、暗い顔してるだけで良いの?」

「いや、それだけでは駄目だな。発言はネガティブでも、行動はアクティブじゃないと……支配者層に気に入られるような立ち回りとか、避難所にとって有益な知識やスキルとか。そういう武器がないと、まともな生活はできないらしい」

「……うわぁ」


 自転車を押して歩きながら、茜と二人で世の中のどうしようもなさを嘆く。人間がみな平等だなんて幻想は、社会が安定しているからこそ主張できる理想論に過ぎない。


 どこに行っても農業、漁業などの知識やスキルを持つ人は重宝されるし、避難所に家畜を連れてきた人間は英雄扱いだ。もちろん医者、看護師、薬剤師なんかは神のように崇められている。

 それから、特別な知識がなくても肉体労働者なんかは活躍の場面がかなり多いそうだが……逆に言えば、大学生なんかの貧弱な「穀潰し」に世間は冷たい。


「俺なんかは一番歓迎されないタイプってことだな」

「でも……引きこもりの私よりはマシじゃない?」

「どうかな。性別も込みでトントンじゃないか」


 うへぇ、と顔を顰める茜の横顔に、なんだか懐かしさを覚える。こうして話してると、まるで小学生の頃にでも戻ったような不思議な感覚になってくるな。


 各避難所の運営方法は地域によって様々だ。

 老人たちが張り切って若者を酷使している場所。血気盛んな若者たちが先頭に立ちながら女を囲っている場所。少数の女たちが多数の男を手玉に取っている場所。規律第一で全てがガチガチに固められている場所……話に聞いただけで、どこもかしこも生き辛そうだ。


 そういうのに嫌気が差して自転車旅を選択する者はたくさんいて、色々と話を聞くことができたのだが。結局、共通して言えるのは「誰かにとってのユートピア」は「他の誰かにとってのディストピア」ということである。


「ふーん。まぁ、この世界は元から地獄だったけど」

「茜にとってはそうかもな。まぁ、一皮剥けば人間なんてこんなもんって話だ」

「はぁ。相変わらず救いようのない世の中だよ」


 そんな話をしながらホームセンターへのんびり向かっていると、道中で自転車屋を発見した。さっそく茜の移動手段を物色することにしようか。さすがに徒歩で移動し続けるのは限界がある。できれば俺の自転車もそろそろ乗り換えたいが。


「……良さげなのはもう残ってないか」

「自転車泥棒って案外多いんだね」

「だな。ここにも二人いるわけだし」


 俺がそう言うと、茜はきょとんと数秒固まった後で「あー確かに、私たちも泥棒だった……え、捕まらないかな」と呟いていた。気付いてなかったんかい。

 そうやって色々見ている中、俺は良いものを見つけた。


「あれはどうだ、茜」

「え、リヤカー付きの自転車? あ、あんなの引けるほど、私はパワフルな女じゃないよ。普通の自転車ですら漕げるか不安なほど貧弱なのに……引きこもりの体力の衰えを舐めないで。基本的にお婆ちゃんレベルだと思ってほしい」


 すごい勢いで卑下が始まったから思わず吹き出しそうになったが、茜は勘違いしている。俺は彼女にリヤカーを引かせるわけではなく、荷台に乗せて運ぼうと思っているのである。

 もちろん道路交通法には違反するのだが、どうせ取り締まる側の警察は機能していないのだ。というか、もっと取り締まらなきゃいけない大事件がそこかしこで発生している状況で、捕まるわけがない。


 旅の途中、こういうタイプのリヤカー付き自転車に子どもを三人ばかり乗せているお母ちゃんと一度遭遇したのだが、話を聞く分にはなかなか便利そうだった。改造して幌でも付ければ移動式テントのようにも扱える。小さい子がいれば、なおさら重宝するだろう。


「ねー康介。私は小さい子と同じ扱いなの?」

「別に無理にとは言わないが……これなら荷物と一緒に座ってるだけで移動できるぞ」

「あ、はい。それで良いです。それが良いです」


 正直ペダルはかなり重くなるし、悪路や坂道を往くのは大変だろう。しかし積載量というメリットはそれを補って余りあるし、これまで登山用リュックに入れて背負っていた荷物を下ろすことができるのも大きいし。何より、引きこもって体力の衰えた茜を連れ回す必要があるからな。


 こんな風にして、俺たちは今後長らくお世話になるリヤカー付き自転車を手に入れることになったのだった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ゾンビ映画で立て籠もる候補として、ショッピング・モールや大型ホームセンターはよく登場する施設だと思う。確かにそれらは便利なモノが色々と揃っている場所だろう。

 特に田舎のショッピング・モールなんて、砂漠におけるオアシスのようなものだからな。暇を持て余した若者の遊び場としても、恋人同士のお出かけスポットとしても、家族連れが週末を過ごす場所としても。


 そして現在は当然のように、ポジティブ・ゾンビどもが毎日楽しく遊び暮らす場所として大盛況なのである。絶対に近づきたくない場所第一位だ。


「……だから小さい方のホムセンに来たの?」

「あぁ。農機具や肥料なんかを中心に扱ってるホームセンターの方が、ゾンビどもに荒らされてる可能性が低いんだ。とは言え、避難所の人たちも物資調達に来るから備蓄食料なんかは残されていないだろうが」


 リヤカー付き自転車の車輪にロックをかけると、俺たちはホームセンターの探索を始める。積載量にはまだ余裕があるので、大きなカートに必要なものをガンガン載せていく。


 衣料品、日用品、アウトドア用品、農業用具に種や肥料。二人でああだこうだ話しながらかき集めていったが、この場所には思いのほか色々な商品が残っていたのでホッとした。さすがに飲食物は根こそぎなくなっていたが。


「康介。これからどうする?」

「そうだな。まずは食料調達かな。横転したトラックなんかは、案外手つかずの物資が多いんだ。缶詰なんかがあればベストだが……ひとまず何かしら探してみよう。あとは、どこか腰を落ち着けられる場所を――」


 そうして、出発しようと思っていた時だった。


 少し離れた場所で、何やら言い争う声。

 茜と目配せをして、物陰に隠れながらコソコソと様子を窺えば……そこにはモップのようなものを構えた小学生くらいの男の子が一人と、青ざめた顔の女の子が三人。そして彼らを説得している女性教師らしき姿があった。


「お願い。先生の言うことを聞いて?」


 女性教師は、ゆっくりとした口調で語りかける。

 俺は近くにあった消火器を取って安全栓を抜いた。


「君たちの意見も分かるの。大人なんて信用できない……世の中には本当に色々な人がいるから」

「……黙れ! 聞きたくない!」

「まだ小学生なのに、こんなところまで自力で逃げてきたのは凄いと思うのよ。だけど……お願い。どうか先生の言うことを聞いて、避難所に戻ってきてほしいの」


 どっちだ。俺はまだ判断しきれないでいた。

 この女性教師が普通の優しい先生だった場合、彼らは避難所に戻った方が平穏な暮らしを送れるだろう。逆にポジティブ・ゾンビだった場合は、子どもたちのピンチということになる。


 俺は茜に耳打ちをして作戦を告げた。その間にも、女性教師は身振り手振りを大きくして子どもたちを説得し始める。


「別に全ての大人を信じろとは言ってるわけではないの。でもあの学校にいる大人たちは、ちゃんとした……子どもを守ろうと思って集まってきた人たちなのよ。どうか、あの人たちを信じる私を信じてくれないかしら」


 女性はそう言って、胸を張って立った。


「……ねぇ先生。信じろと言うなら、質問に答えて」

「え? 何、どうしたの?」

「学校中を探してもケンタがいない。どこにやったんだ」


 男の子の言葉に、女性教師は「なーんだ」と気の抜けたような声を出してニッコリ微笑む。


「それが理由で、大人を信用できないなんて思ったのね。大丈夫、無力な子どもを追い出すなんてことはしないわ。そういう酷いことはしないっていうのが、避難所の大人たちが一番最初に決めたルールなのよ」

「それなら……ケンタは」

「もう、薄情ね。友達なのに気づかなかった?」


 そうして、女性教師は楽しそうに笑う。


「――ケンタなら、朝食のスープに入ってたじゃない」


 その瞬間、俺は消火器のレバーを握った。

 白い消火剤が女性教師の視界を大きく遮り、彼女は顔を押さえて困惑したように踊る。その場に消火器を投げ捨てた俺は、呆気にとられている少年に駆け寄る。


「逃げるぞ」

「待って」

「問答は後だ。今はとにかく」


 するとそこに、リヤカー付き自転車をガラガラと引いてきた茜が登場する。良いタイミングだ。

 そうして、少年一人、少女三人、引きこもり一人を荷台に載せた俺は、死ぬほど重くなったペダルをどうにか漕いでホームセンターを離れることになったのだった。


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