表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

福寿草

作者: はとかぜ

一応、戦国時代くらいの設定です。時代設定がいろいろごっちゃになってるかもしれません。

 




 戦は残酷だ。


 人が人を斬り、撃ち抜く。だが、その跡からは、人の血を吸った、美しい花が咲き誇るだろう。




 ◇◇◇




「おおー!これお花!なんという花なのかな」


 都から離れたとある村には、一人の少女がいた。名前をフキと言い、齢は十であった。


 美しい黒髪で、幼いというのに、周囲の人々の目線を引くような美貌を持っていた。


「その花は福寿草じゃ。珍しい花が咲いたのう。大事にするといい」


 少女がびっくりして振り返ると、そこには老婆がいた。彼女はその老婆を知らないわけでは無かったが、いきなり背後に現れるので、驚いて転げてしまった。


「うわっ!?お、お婆さん……」


「悪いねぇ。挨拶くらいはすべきだったかね?」


 そう言って、大して髪の毛も残っていない白髪をかいて、老婆は立ち上がった。


「懐かしいねぇ、福寿草だなんて。昔を思い出すよ」


「その花は、福寿草と言うのですか?」


「昔、誰かに教えてもらっただけさ」


 老婆は微笑んで、フキの頭を撫でた。その手は温かくて、凄く優しい感触だった。




「私はもう村に戻るよ。フキも暗くなる前に戻りなさい……いえ、帰る前に少しだけ、あそこに寄って帰りましょうかね」




 ◇◇◇




「フキ!俺と遊ぶぞ!」


「ま、またですか……人なんてたくさん居るでしょうに」


「そうは言っても!!俺はフキが好きなんだ!」


 それから数年が経った頃だった。フキには一緒に遊べる友達もでき、その美貌に見惚れた人々からの眼差しも凄まじかった。


 その一人が、フキと同い年になるヘイゾウだった。彼の性格は幼い頃から自由奔放、両親はずっと手を焼いていたとかなんとか、


 ずっとフキに想いを伝え続けているヘイゾウの話を聞いた両親は、偶然出会ったフキに向かって、


「うちのヘイゾウはやめておくといい。将来はろくな人間にはならんし、お前のような美女にはもったいない」


 ……と、言われる始末であった。


「また今度です。一日前とか……もっと前に教えてください!!」


「うーん、わかった!!じゃあ明日!」


 自身満々にそう宣言して、こちらの顔も見ずに立ち去ってしまった。


 なるほどな、と、フキは思った。確かに自由奔放で、人の話を聞かなそうな男だった。


 フキが丘の上の一層目立つ桜の樹だとすれば、彼は野山を駆けずり回る野良猫だ。ときには勝手に彼女の下にやってきて、その下で勝手に眠ったりする。


(なんとか振り払う方法とか無いかな……)


 フキはその場から立ち上がって、村の田んぼの中を歩いた。


 のどかな風景だった。今は夏で、青々とした稲が天に届くようにと、背伸びをしているようだった。


 村の人々は、もう田んぼの方に行って仕事をしている。私も手伝いたいとは思ったが、なかなか難しいのが現状だった。




「やあ、そこのお嬢さん。少し迷ってしまってね。道を教えてはくれないだろうか」


(あれ?見ない顔だし、旅人の方でしょうか)


 フキが後ろに振り向いてみると、そこには編笠を被り、可もなく不可もないくらいの体つきをした男が立っていた。


「わかりましたけど、どちらの方まで?」


「あちらの山の方まで行きたいのだが、ところで……」


 男はずいずいとフキの方に近づいて、


「君はいい身体をしているね。まるで珠のようだ」


「っちょっ!?」


 男は明らかに自発的にフキの胸元に触った。その時に感じた得体のしれない不快感は、フキの心に恐怖を植え付けるには十分だった。


「や、やめっ……」


「ふふふ……」




「なにやってるんだーーっ!!」


「ひでぶぅ!?!?」


 その時、フキはすごいものを見た。ヘイゾウが美しい姿勢でこの変態に飛び蹴りを食らわせていたのだ。


「へ、ヘイゾウ……さっき帰ったんじゃ……」


「いや、付いてきていた」


「付いて……えっ?」


 とりあえずその発言は気にしないでおくが、それはともかく、今は彼にお礼を言わなくてはならない。


「あ、ありがとう……ございます」


「気をつけておけよ。少しは人を警戒しないとな。将来は俺が嫁に取るんだから」


「っ〜〜!!??」


 あまりにも大胆すぎる俺の嫁発言に、牡丹の花のように真っ赤に頬を染めてフキは駆け出した。


「あっ!!おーい」


「さっ……さようならぁーっ!!また明日ですーっ!!」


 逃げるフキを、ヘイゾウはなんの悪気もなく追いかけていく。その一部始終を見ていたら農民たちは、二人に聞こえぬよう、ひそひそと話した。


「若いとはいいのう」


「そうだなあ……ヘイゾウにはもう少し節操を持ってもらいたいがな」


 ヘイゾウの父は、苦笑いしながらそう呟いた。




 ◇◇◇




「なあ、聞いたか。もうすぐこの近くの国境(くにざかい)で戦が起こるらしい」


「また戦に駆り出されることになるのかねぇ。嫌だねぇ」


 それから、さらに数年後、村には不穏な噂が流れていた。


 この国の大名様と、隣国の大名の同盟の交渉がこじれて、武力行使が検討される事態になったのだ。


「困っちゃうんですけどねぇ……」


「ま、心配はないだろう。戦が起きても逃げれば良いしな」


 フキの隣にはヘイゾウが立っていて、笑顔のままでそう言った。


 理解しているのかはわからないが、もし戦が起こるようなことになったら、村の男は健康であれば兵として戦に駆り出されることになる。


 物資運搬か、それとも最前線に出るのかは分からないが、どっちにしろ危険なのには変わりない。


(……離れたくないなぁ)


 幼少期にずっと関わって、一種の安心感のようなものを、フキはヘイゾウに抱いていた。


 好意のような、だけどそうじゃない複雑な気持ち。


 時折、畑で鍬を振り下ろす彼の姿を見る。滴る汗が陽の光をはね返して、きらきら光るのがわかった。


 その姿が、どこか凛々しかった。


「さぁって、そろそろ収穫の時期だし、俺が作った米、フキにも食わせてやるよ!!年貢に出す分を納めてからな」


「じゃあ私も手伝いますよー」


 秋の風が、私の頬を撫でていく。


 金色の稲穂が、その風に吹かれてかすかに揺れる。


 冬ももう少しだった。


 ◇◇◇


 ――――――…………




 長い冬が終わり、春がやってきた。


 厳しい寒さで膠着していた戦線は、初春の雪解けとともに動き始めた。


 戦は激戦になり、両軍ともに多数の死傷者を出すことになった。


 不足した戦力を補うために、周辺の村から健康な男を兵として徴集することになった。


 当然、ヘイゾウも。


 少なからずこうなることは分かっていたから、せめて笑顔で送り出すって、決めたんだから。


 もうすぐ出立するヘイゾウを見送るために、私はその場に向かって歩いていた。


 その足取りはどこか重たかった。まるで両足が鉛になったように。


「ん、何だ。来ていたのか」


「来ないかと思っていたの?」


 少し古びた甲冑を身にまとったヘイゾウは、いつもと変わらず飄々とした様子だった。


「……いつか帰ってきてね」


 私は必死で笑顔を取り繕った。いつか、いつでもいいから帰ってきてほしいという願いを同時に心にこめて。


「いてっ」


「頑張って笑顔作ってるな。流石に分かるぞ、そのくらい」


 ヘイゾウに頭を指で弾かれた。


「悲しいのか?」


「……当たり前です!!だって……一緒に成長してきたのなんて、ヘイゾウくらいだから……」


「そう言えば、俺たちまだ祝言挙げてなかったな。今挙げるか?」


「だっ、大丈夫です!」


 こんなときなのに、ヘイゾウは本当に変わりなかった。これが永遠の別れになるかもしれないのに。


「……お前、やっぱり俺と一緒に居たいんだろ。なんでそんなに美人なのに、未だに伴侶が居ないんだ?」


「……し、しらない……」


 流石に誤魔化すのも余裕が無くなってきたかもしれない。


 もうさっさと認めてしまえば良いのかも、ヘイゾウが好きなんだって。


「ま、もう時間が無いしな。これ」


「え……これって……」




 ヘイゾウは私に一輪の花を差し出した。私にはそれがなんだか分かった。


「福寿草……?」


「知っていたんだな。さっき道端に生えていたから、一つだけ拝借させてもらったんだ」


 美しい金色の花だった。十年近く前に、見つけた花と同じだった。


「きれいだろ。お前にはこの花がよく似合うと思ったからさ。フキ」


「……うん……!」


 私は受け取った花を、私は大切に、傷つけないように注意深く持った。


 花にはかすかにヘイゾウのぬくもりが感じられて、大事に持っていたことがうかがえた。




「フキ、俺は二度とここに帰ってこないかもしれない。俺の身体も帰ってこないかもしれない。


 だけど、お前には俺の帰りを待っていてほしい。戻ってこなかったら……俺が待ってるわ」


「縁起でもないこと言わないでください」


「手厳しいな。頑張ってくるからさ、だから期待しておいてくれ」


 ヘイゾウはそう言い残して、道の先に進んでいく。私はその後ろ姿をずっと見守って、


 そして、




「…………なら!最期まで戦って……骸だけになっても絶対帰ってきてください!!強い男と一緒じゃないと、亡くなった両親に顔向けできません!!」


 ヘイゾウが驚いたようにこちらを振り向いた。


 きっと私はひどい顔をしているだろう。唇を噛んで、必死で涙が出ないようにしている私の顔は。


 ヘイゾウは満面の笑顔でこちらに精一杯の大声で、こう言った。




「あったりまえだ!!俺より強くて、お前にふさわしい男なんていないって、


 この身体で証明してやる!!」


 私は、微笑んで、茎が潰れかねない勢いで、花を、自分の胸で抱きとめた。


 ◇◇◇




 やっぱり素直じゃないよな。


 必死で涙を堪えていたな。綺麗な顔が台無しだった。


 わかってる。俺は強い男で居てやるよ。




 フキのそばで、彼女を守ることがもう二度と出来なくとも、


 フキは俺を、俺なんかのことを好きになってくれたんだ。


 彼女の顔に泥を塗らないように、


 俺は最期まで勇敢な男だったって、フキが村の子どもたちに恥ずかしがらずに語れるようにしてやるんだ


 そして、次は俺があいつのことを、待っているんだ。


 早く来んなよ。長生きしろよって願いながらな。


 ま、生きて帰るのが一番良いけどな。




 幸せに生きてくれ。永遠の幸福を、俺は願っているよ。




 ◇◇◇


 ――――――――…………


 ―――――…………




 夏、雨の日は長く続き、晴れの日には太陽が稲を照らした。私は毎日木陰で涼んで花を見た。


 夏の蒸し暑さは、全く変わらなかった。




 秋、稲穂の収穫に出向く農民たちはほとんどいなかったから、私たちで収穫をした。


 だんだんと涼しくなって、冬の訪れを感じさせた。




 冬、しんしんと雪が降り積もり、毎日私は一人囲炉裏の前で温まっていた。


 ある日には流星群を見た。引き込まれそうなほど、美しい光景だった。




 春


 ◇◇◇




 戦の生き残りたちは村に続々と帰ってきた。この国はなんとか勝てたらしい。


 私は目を凝らしてヘイゾウの姿を探した。


 みんながたくさん家族と合流する中、私は躍起になって列の中を走り回った。


「……フキ」


「あ……おじさん……ヘイゾウさんのお父様……」


 道の中を走り回るフキの姿を見つけたのは、ヘイゾウとともに戦へ向かっていた彼の父親だった。


「ヘイゾウを探しているのか……?」


「っ……はい……」


 彼は全身ボロボロの状態で、止血はされていても、全く傷跡が隠せていなかった。


「ここにはいない……向こうに向かってくれ。せめて、最後に顔を見てやってくれ」


「……やっぱり……」


 私はうつむいた。


 だけどここにいないということは、そういうことだったのだろう。


「フキ……ヘイゾウは……」


「……はい」


「勇ましかった、最期に俺と、武将の一人を守って散った。あいつもきっと、悔いは無かったはずだ」


 その言葉で、私は少しだけ気持ちが安心したような感じがした。彼の心は、きっと最期まで私のことばっかりだったのかもしれない。


「ありがとうございます、行ってきますね」




 指をさされた場所に向かうと、そこにはたくさんの遺体があった。


 遺体の残っていて、身元が分かればここに戻ってくるらしい。




「……いたっ!!」


 私はたくさん安置された遺体の中から、ヘイゾウを見つけ出した。


 もう血は通っていなくて、冷たい身体だったけど、顔には穏やかな表情を浮かべていた。それだけはすごく安心した。


 最後に伝える言葉、私はなにも考えていなかったし、実際にすごく、爆発するほど悲しかったから、一瞬口をつぐんでしまったけど、


 はっきりと今の本心を打ち明けようと、私は口を開いた。




「……お父様から聞いたのです。あなたの活躍のこと」


 返事はない。顔の表情も動かないけど、だけど、


 私は、きっとヘイゾウが聞いていると信じて話し続ける。


「あなたは最期まで勇敢だったって。だけど、強いて言うなら、生きて帰って欲しかった。


 私が恥ずかしがりなせいで、あのときまで想いを伝えられなかったから、帰ってきたときに面と向かって伝えたかった」


 言葉を紡ぐ。自分の気持ちを持ち前の美しい声を使って、ヘイゾウに向かって話し続ける。


 涙が溢れた。だけどもう我慢はしない。




「だから……ひぐっ……今、伝えるから……聞いていて。


 ずっとあなたが好きだった!すごく強くて、旅人の人に襲われかけた時だって、助けてくれたのはあなただった!私に美味しいご飯を分けてくれたり、何度も何度も、私を綺麗だと言ってくれたり!!


 もう……手遅れなのかもしれないけど……うぅ……あなたのことは、もう絶対に忘れない。ヘイゾウの分まで、ちゃんと私が幸せになるから!!」




 冷たい手を、両手でギュッと握りしめて、同時に一輪の小さい花を、手渡した。


 春風のふく青い、青いの空に映える金色の花。一年前に、ヘイゾウにもらったあの花と同じ。




「福寿草……さっき見つけてきたんですよ。いたら渡してあげようと思って。私の気持ちを、受け取ってください」


 涙の珠の一つはは花の上に落ちて、綺麗な水晶のように輝いた。




 私は、もう一度手を握って、自分の声で、何気なく話しかけるように、






「ありがとう。お疲れ様」




 ◇◇◇




 ―――――――――…………




 ――――――…………




 ―――………




 幾年が過ぎただろうか。


 もう私の歳を数える気にもならない。


 だけど、彼のことは、頭の片隅にずっと残っていて、どれだけ体が衰えても、それだけは消えることがなかった。


「おおー!これお花!なんという花なのかな」


 村の外れから声が聞こえてきた。おそらく小さい少女の声だ。


 私は少女のそばまで寄って、腰を下ろしてこう話した。


「その花は福寿草じゃ。珍しい花が咲いたのう。大事にするといい」


「うわっ!?お、お婆さん……」


 少女はびっくりしたような顔でこちらを見た。良く見れば普通に知り合いの子どもの一人であった。


「悪いねぇ。挨拶くらいはすべきだったかね?」


 私は白く染まった髪の毛をかきながら、衰えた腰を上げた。


 美人と呼ばれたのも、ずいぶん昔の話になってしまった。


「懐かしいねぇ、福寿草だなんて。昔を思い出すよ」


 私は、ヘイゾウとの出会いと生活、そして別れを思い浮かべながら、そう言った。


「その花は、福寿草と言うのですか?」


「昔、誰かに教えてもらっただけさ」


 そう言えば、私もおばあさんに、この花の名前を教えてもらったっけ。昔すぎてあまり思い出せない。


 私は少女の頭を撫でて、村の方に向かって歩いた。


「私はもう村に戻るよ。ユキも暗くなる前に戻りなさい……」


 そう、思ったのだが、やっぱり私は別の方向に踵を返した。


「いえ、帰る前に少しだけ、あそこに寄って帰りましょうかね」




 ◇◇◇




 やってきたのは、この村の共同墓地だ。この村で亡くなった者達は、みなここに埋葬されている。


「……ヘイゾウ……あなたが亡くなってから、かなり経ちますね……私ももう少しでしょうかね」


 やっぱり、ここに供える花と言ったら、これくらいしか私には思いつかなかった。


 菊のように上品ではないけど、この花には、


 福寿草の花には、私とヘイゾウの想いが詰まっているから。




「待ってくれているんだよね。ヘイゾウも、私の両親も、ヘイゾウのお父様とかも、みんな」


 私はあまり信心深いとは言えないかもしれないけど、神様仏様には、何度も本気で願ったんだ。ヘイゾウと一緒にいられますようにって。




 今一度、私はヘイゾウのお墓の前で祈った。


 ヘイゾウに触れた、大切な両の手を合わせて。







 福寿草 終

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ