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【短編】従順な伯爵令嬢は死にました

勢いで書いた超短編です。

「女は男の後を三歩下がって歩くべし」


それがエーデルワイスの父親の口癖だった。


「はい。お父様」

伯爵令嬢エーデルワイスは、その言葉通りに育った。

白金色の髪に金色の瞳、傾国と謳われるほどの美貌。


ダンス、立ち振る舞い、刺繍に学問、乗馬。

全てを完璧に、でも驕らずに。


完璧にできなかった場合は、一日食事を抜かれた。


上手く出来たとしても

「お父様!私今日、ダンスの先生にほめられたのです。だから……その」

褒めてもらおうと、そう父に伝えた日は、驕っているとして三日食事を抜かれた。

それ以来、エーデルワイスは褒めてもらうことを諦めた。


そうした努力が実を結び、エーデルワイスが13になる頃には、彼女は「完璧で清楚な令嬢」として、男性貴族の憧れの的となる。


エーデルワイスは、どんな男性から声をかけられても、微笑んでソツなく返すだけだった。

男性たちはそういうエーデルワイスを望んでいた。

彼女は、誰にも興味を示さなかった。恋なんてしても政略結婚に潰されることがわかっていたから。


ある日、父がエーデルワイスを呼び出した。

「エーデルワイス、王太子殿下からも縁談が来ているぞ」

「はい、お父様」


「やはり、俺の教育は正しかった。これからは、王太子妃になれるよう努めろ」

「はい。お父様」


「王太子殿下に逆らわず、淑やかにな」

「はい。お父様」


それからは、王太子妃の教育も始まった。

伯爵令嬢であるエーデルワイスは、その身分による家庭教育差を埋めるため、他の令嬢たちより多くのことを学ぶ必要があった。彼女は寝る間も惜しんで、努力をする。教師たちが彼女を褒めたたえても、困ったように微笑むだけだった。


(私なんで生きているのかしら)


やっとベッドにたどり着けても、そう思い、眠れない日もあった。


そうしているうちに一年が経ち、エーデルワイスと6歳上の王太子との婚約パーティーが開かれた。

そのパーティーに、王太子は遅れてきた。


遅れてきた王太子の腕には男爵令嬢が腕を絡みつかせていた。

周りは気の毒そうな視線を送るだけで、誰も何も言わなかった。父親でさえ。

「お前がエーデルワイスか。後で寝所に来い」

開口一番そう言った王太子は、好色そうな目でエーデルワイスを見つめた。


「はい。殿下」

エーデルワイスはそう答える。何故だか頭が痛かった。

嫌なのかもしれないとふと思ったが、口が先に「はい」と動いていた。そう教育されていたから。


王太子が、男爵令嬢といちゃつき始めたので、エーデルワイスは一人バルコニーの方に出た。

夜空には星が瞬いており、パーティーの喧騒が遠くに聞こえる。

思えば、一人の時間は久しぶりだ。

と、そこに


「悲しそうな顔だね。お嬢さん」

と声をかけられた。


「そうなのでしょうか」

いつものエーデルワイスなら、そんな声は無視して微笑んでいた。しかしその日、彼女は少し変だった。


「私は悲しいのでしょうか」


「楽しそうには、見えないな」

声の主は背の高い青年だった。あまり見ない柄の、金刺繍のついた服を着ている。

その手には銀杯が握られていた。

青年は少し微笑んだようだった。

「大丈夫?」


「大丈夫です」

そう言う彼女の白い頬に涙が一滴伝った。


「そうか……」

青年は少し困ったように呟いた後、口元に手をあてた。

内緒話をするように。

「実は――僕は魔法使いなんだ」

「まほう……つかい?」


少女は、聞き返した。そんなもの、物語の中でしか見たことが無かった。

「ああ。だから今からお嬢さんに魔法をかけよう」


いつもならとても信じられるものではない。

しかし、少女はその日変だった。

「……お願い、します」


もう少女は、何もかもどうでも良かった。父も王太子も清楚な令嬢であることも、全てどうでも良かったのだ。

魔法なんて、かけられるものなら、かけてみればいい。


青年はクスリと笑って、持っていた銀杯を少女に手渡した。

中の赤色の液体はキラキラと星明りで光っていた。


「これを飲めば、お嬢さんは一度死ぬ。そして生まれ変わるんだ。

――自信に満ち溢れた、強くて自分を大切にする女性に」


「生まれ……変わる」

少女は一気に杯を煽った。魔法の薬は、苺水の味がする。


そうして、彼女は死んだ。


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


バルコニーから帰ってきたエーデルワイスはどこか様子が変だった。

そのことに王太子は少し遅れて気が付いた。なぜなら、男爵令嬢と熱い接吻を交わしていたから。


カツ、カツ、カツ、カツ

ハイヒールを鳴らして現れたエーデルワイスは真っすぐに王太子のもとへ向かった。


「なんだエーデルワイス?妬いたか?」

こちらも見ずに接吻を続ける王太子に、エーデルワイスは礼をした。

「殿下。失礼いたしますわ」

「は?」


その瞬間


パシーン!!!!!!!


乾いた音がホールに響いた。会場の視線が王太子に注がれる。

エーデルワイスが彼の横面をはたいたのだ。


「!?」

頬を押さえてこちらを見た王太子を見下ろし、エーデルワイスはにっこりと笑った。


「殿下が、浮気をされていたので」


暫く後、王太子の顔がどす黒く染まった。

「衛兵!!何をしている!!この女を殺せ!!」


王太子はそう喚くが、衛兵は戸惑った。

(殺すほどではないだろう)

場もエーデルワイスに同情的であった。

王太子が先ほどから男爵令嬢と接吻していたのは、皆見ていたのだから。


エーデルワイスは啖呵を切った。

「あら、殺して頂いても構いませんわよ。だって私、今まで死んでいたようなものでしたから」


「なんだと!」

誰も動こうとしないのを見て、王太子は苛立たしそうに続ける。

「この女!従順で浮気しても大丈夫だと聞いて選んでやったのに……婚約破棄だ!!」


「ふふ、わかりましたわ」

エーデルワイスは、驚いた様子もなくそれを受けた。むしろどこか楽しそうであった。

楽し気なエーデルワイスは美しく、男性たちのみならず女性も見とれるような魅力がある。

王太子は、悔しそうに唇を噛んだ。

事件は一応の決着を見せようとしていた。


しかし、


「ふざけるなぁぁ!!!エーデルワイス!!!!!!」

怒号がホールに響き渡る。

エーデルワイスの父が鬼の形相でやって来たのだ。


「お父様」

「この親不孝ものが!!女は黙って笑っていればいいのだ!!!そう教えただろう!!」


唾を飛ばし、怒る父を、エーデルワイスは涼しい顔で受け流した。

「私、それが嫌になったのですわ。お父様、ごめんあそばせ」


「お前!!こんなこと!!許されると思って――」

「ええ。ですから、親子の縁を切らせていただきます」

「何を!?」


そう言い、殴ろうとする父の拳をヒョイと避け、エーデルワイスは颯爽と会場を後にした。

「さようなら。お父様」

後には唖然とした人々のみが残されることとなった。


その後、自分が乗ってきた馬車に一人乗り、エーデルワイスは屋敷に戻った。

そして、最低限のドレスと宝石を持って愛馬に跨り、彼女は姿をくらました。


それから数日後、その騒ぎは国を越えて伝わった。

主に愚かな王太子と、悲劇の令嬢の話として。

あの婚約パーティーには他国の者も多く来ていたのだ。

彼女が今まで積み上げてきた評判と、王太子が積み上げてきた悪評を鑑みると当然の結果であった。


世論に後押しされた王は王太子の非礼を認め、エーデルワイスを国中探したが、彼女は見つからなかった。


そう、彼女は他国に亡命したのである。

賢く、美しいエーデルワイスを欲しがる国は多く、その中でも条件の良い大きな帝国にエーデルワイスは保護された。


後に、賢者と称されるエーデルワイスを手に入れたことで、帝国は更に発展していくこととなる。

一方そんな人材を失い、我儘王子をかかえた王国は衰退の一途を辿ることとなるが、それはまた別のお話。


さて、帝国へ亡命した彼女が驚いたことが一つある。

「魔法使い……!」

「おや、久しぶりお嬢さん」


宮殿で、魔法使いに再会したのだ。

青年は明るいところで見ると、美しい黒髪の優男であった。エーデルワイスを見て青い目を細める。


「エーデルワイス様。正面におられるのは第二皇子、ベテルギウス殿下であられます」

メイドの言葉に彼女は微笑んだ。


「なんだ。魔法使いではなかったのね」

「でも、効いたでしょう?」


ベテルギウスの言葉にエーデルワイスは吹き出した。

「ええ、効きましたわ。従順な伯爵令嬢は死にました」


二人は笑い、回廊に日が差し込む。

エーデルワイスの未来は、明るく輝いていた。




余談ではあるが、エーデルワイスと黒髪の夫との仲は大変良好であったという。

本当に蛇足ではあるが、明記しておくこととする。

読んでくださり、ありがとうございます。

こういう短編をたまに書いてます。評価やコメントなど、頂けると励みになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] エーデルワイスに同情的な人が多い様なのに何で悪評だらけの王子が放置されているのかな? 魔法の薬は本当に魔法の薬だったんでしょうか?
[一言] 微ざまぁは、か弱き令嬢に頬を張られてちょっと痛かったことですかね? 殺せと叫ぶ馬鹿王子は処分されなかったようですし、虐待クズ父も特に痛い目見てないし。
[一言] 見事W
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