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隣の芝とアイシングクッキー

 私は、どうやら勝ち組に見えるらしい。


「本当に小芝さんは、羨ましいわぁ」


 近所にゴミを出しに行った後、鹿島さんにつかまった。近所でも有名な噂好きな主婦で、一度捕まると、長時間雑談をするハメになった。


 内心「げっ!」と思ったが、あからさまに逃げる訳にはいかない。


 適当に話を合わせるが、鹿島さんは私の事を羨ましいと何度も言っていた。


 私は平凡な主婦だったが、趣味で作ったアイシングクッキーが人気になり、ネットでバズってしまった。それがキッカケになりネット上でお小遣い稼ぎができていた。ブログは放置していても黙っていても収入があったりする。その件について鹿島さんは羨ましいらしい。


 しかし、長年妊活をやっても子供が生まれず、夫婦間も冷え切っていたとは言えない。どんな幸せそうな家庭でも、何か事情はあるものだった。鹿島さんはお金が無いといつも騒いでいたが、子供がいるだけで十分ではないかとも思う。決して口には出せないが。人それぞれ事情があると思うと、一方的に嫉妬なども出来ないが、そんな事も口には出せない。目立つ職業の芸能人も、プライベートが無いのは同情してしまったりする。


「ところでチーちゃんって、最近見かけませんけど、どうしたんですか?」


 私は一つ気になる事を聞いてみた。チーちゃんは、この近所に住む野良猫だった。黒猫で近所の住人からは愛されていたが。


「チーちゃんは、うちで預かってるのよ」

「え? 何でですか?」

「なんかチョコレートを食べさせられたみたいで、保護したのよ。可哀想に。誰がこんなイタズラしたのかしら」

「えー、信じられませんよ」


 猫にはチョコレートが与えてはいけない。知らずに与えた場合も考えられたが、わざとやった可能性も考えられる。一体誰がこんな嫌がらせをしたんだろう。


 気づくと鹿島さんとは、チーちゃんのことで気持ちが一致していた。犯人を見つけようと盛り上がっていた。


 しかし、鹿島さんはパートで忙しい。一方、私は専業主婦で時間はある。という事で私は犯人を調査する事になった。


 ポスターなどを貼って目立つ行動はできない。どうやって調査しようと考えていたら、閃いた。アイシングクッキーを配りながら、人々に聞き込みをしたら、口を滑らせるんじゃないだとうか。


 さっそくチーちゃんに似せた黒猫のアイシングクッキーのデザインを描き、作る事にした。クッキー生地を猫型で切り抜き、オーブンで焼く。焼いたクッキーを冷やした後、アイシングしていく。細かい作業してだが、手を動かしていると、チーちゃんをいじめた犯人への気持ちは落ち着いて来た。


 知らずチョコレートを与えたのかもしれない。それに、こも平和な町内で悪意を持って猫をいじめている人がいるとは、考えた苦なかった。我ながらお人好しだと思うが、悪い方にばかり考えたくはなかった。


 出来上がったアイシングクッキーは、我ながら可愛くできた。写真を撮り、SNSにアップしたら、そこそこ評判も良かった。これだったら犯人もうっかり口を滑らせるかもしれない。


 出来上がったアイシングクッキーを小袋に包み、リボンやシールで綺麗にラッピングした。これを全部紙袋に入れ、さっそく外に出かける事にした。


 まず近所の公園へいく。主婦層や小さな子供が集まっている公園だった。砂場やブランコは、子供がはしゃいでいたが、ベンチの方では若いママ達が集まっていた。


「こんにちは!」


 私は顔馴染みの主婦に声をかけ、アイシングクッキーを配った。


「作り過ぎちゃったんです。もらってください!」


 笑顔でそう言い、クッキーを配る。チーちゃんを模したアイシングクッキーは、大好評だった。


「わー、可愛い!」

「可愛い!」


 やっぱり女性は、可愛いものに弱いようだ。主婦達の目尻は下がりっぱなしだった。この瞬間を見計らい、チーちゃんのことを聞いてみた。


「さあ、あの黒猫をいじめてたところなんて知らないわ」

「ええ、私も」


 目立った収穫はない。しかし、こんな猫のアイシングクッキーを喜ぶ人達が、チーちゃんをいじめるとは考えられなかった。


「僕たちは、なんか知らない?」


 あまり期待していないが、子供に聞いてみる事にした。もちろん、アイシングクッキーを渡す。子供達にも大好評だった。


「うーん、田宮さんが怪しい!」


 子供の一人がそう言った。田宮さんはこの近所で晴れ者扱いされている老婆だった。家の前で占い師のような事をしているが、怪しいので誰も近づかない。ガリガリに痩せ細り、髪の毛は紫だった。外見も魔女のようだった。確かに外見はかなり怪しいが。


 私は公園を後にすると、田宮さんの宇の前まで行ってみた。家の前に机を出し「手相鑑定します」というのぼりも出していたが、客らしき人の影はどこにも無い。閑古鳥が鳴いていた。


 私は思い切って、この怪しい老婆に話しかけた。もちろん、アイシングクッキーも渡す。


 おそるおそる田宮さんの表情を見てみたが、猫のアイシングクッキーに目尻を下げていた。


「まあ、可愛い猫ちゃん!」


 しかも猫撫で声まであげていた。やっぱり、可愛いものが嫌いな女性はいないようだ。こんな見た目な老婆だが、そんな気持ちは捨ててはいないようだった。外見だけで決めつないでよかったとも思ったりした。


「田宮さん、チーちゃんの事は何か知らない?」


 アイシングクッキーを見ながら笑っている田宮さんに、聞いてみた。


「あぁ、あの黒猫ね。知ってるよ。佐々木さんの奥さんが、チョコレートをあげているのをみた」

「え?」


 衝撃的な証言だった。


 佐々木さんは近所でも有名な主婦だった。確か料理本やオシャレなエッセイ本なども出版していて、私とは全く違うような成功をしていた。顔も美人で、優雅なマダムといった雰囲気だった。子供も優秀で、確か優秀な私立中学に通っていたはずだったが。


「佐々木さんの旦那は、不倫してるんだよ。いやだねぇ。きっとそのストレスさ。人間ってわからないものだねぇ」


 田宮さんは、ゲスい噂話をニヤニヤ笑いながらしていた。


 佐々木さんの旦那が不倫している事も衝撃的だった。確か優しそうなルックスの旦那だったが。


「可哀想、佐々木さん」


 田宮さんは笑いながら、そんな事を言っていた。


 犯人はわかったが、これはどうするべきか。警察にいくのも、必要以上に騒ぎすぎるきもする。そもそもチョコレートが猫にとって悪いものか知らなかった可能性も捨てきれない。


 私はこの件については、公表しない事にした。今のところは、佐々木さんは再犯している様子もないし、旦那の不倫がキッカケでの犯行だとしたら、公にするのは可哀想にも思えてしまった。


 我ながら甘いとも思ってしまったが、家庭にはそれぞれ事情がある。


「という事です。佐々木さんが犯人の可能性大ですが、この件は私達で黙っておきましょう」


 ああ、鹿島さんには一応報告しておいた。今はチーちゃんの飼い主だし。


「そっか…。あの佐々木さんも事情があったのね。まあ、私も間違えてチョコレートあげたと思う事にするわ」


 鹿島さんもこの件については、納得してくれた。表情は微妙だったが、隣の芝もそれぞれ事情があるのだろう。


 私の家の事情も解決している様子は全く無いが、今日もアイシングクッキーを作ろう。主婦達や田宮さんにアイシングクッキーを配った事がきっかけで、誕生日のクッキーを作って欲しいと依頼された。お金を出してくれるようで、仕事と言って良いだろう。


 どんなデザインにしよう。喜んでくれる人の顔を想像してたら、胸に希望が満ちてきた。

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