価値とオーガニック野菜
藤原美雪は、いわゆる自然派女子だった。数年前に病気になり、色々調べていたら、食が大事だと気づいた。
添加物や農薬などをできるだけ排除し、きちんと自炊しはじめてから、病気もよくなり、医者からも驚かれた。今もそんな食生活を続けていた。いや、むしろどんどんハマっていき、今はオーガニックカフェで働いてもいた。同じく自然派のママや女子たちと作ったカフェだったが、意外と食にこだわっている人も多いようで、経営は順調だった。雑穀米の薬膳カレーやオーガニック野菜のおにぎりプレートは、カフェでも大好評だった。
そんな美雪の休日は、田舎に出向き、農家を訪ねる事が多かった。仕事の野菜を手に入れる為というのもあるが、家で食べる野菜を特別に買う事が多い。今日は、一番仲良くしている秦野緑の農家にいく事にした。
緑は、完全無農薬でこだわりのオーガニック野菜を作っていた。今の時期はトマトや茄子などの夏野菜が美味しい。まるで太陽の光を食べたかのように味も生き生きとしている。見た目は不揃いだったりするが、その分自然の恵みをいただいていると実感する。緑のところの野菜と比べると、スーパーの野菜は死んだ状態に見えたりする。綺麗だが、どうも味気がない。一説によると、野菜の味や栄養も昭和に比べて落ちているらしい。
そんな事を考えつつ、緑の農家がある美素町という駅に降り立つ。駅前は昔ながらの商店街などがあり栄えているが、北の方に進むと野菜畑だらけの土地に出る。舗装されていない田舎道を歩き、緑の農家についた。
広々と野菜畑はもちろん、緑の家のは梅の木や枇杷の木が植えられていた。古い木造も一軒家だったが、両親と妹や弟と暮らしているらしい。今は夏休みのせいか家からは子供のはしゃぎ声も響いていた。蝉の音や鳥の鳴き声も聞こえ、日本の夏らしい。自然女子の美雪はこの音を聞くだけで、うっとりtした表情を浮かべていた。
家の前には無人販売所もあり、とうもろこし、茄子、トマト、レタスなども売られていた。どれも一個100円だ。
こんな素晴らしい野菜が100円なんて!
美雪は大興奮で無人販売所の生き生きとした野菜を眺めるが、異変に気付いた。代金を入れる貯金箱が盗まれていた。猫の形も貯金箱があるはずだったが、綺麗に消えていた。
「え? どういう事?」
無人販売所のあたりを見てみるが、貯金箱はどこにも無い。盗まれたとみて間違い無いだろう。
「緑さーん!」
美雪は野菜畑の方まで走っていき、作業中の緑に声をかけた。土の匂いが心地よいが、今はそんな事を楽しんでいる場合じゃない。
「まじか!」
作業をとめ、緑さんは顔をしかめた。農家だけあり、作業着がよく似合ってるいる。歳は美雪と同じ歳ぐらいのアラサー男子だが、日に焼け、髪の毛も少々痛んでいたが、都会にいるモヤシ男子なんかより、よっぽどイケメンに見えたりする。一説によると、農業をしていて鬱になる可能性も低いらしい。
「じゃあ、美雪さんに犯人探して貰おうかな」
「えー?」
「今忙しいんだよ。犯人見つけてくれたら、一籠ぶん、野菜あげるさ」
そう言って緑さんはガハハと大きく笑っていた。
あの美味しい野菜がタダ?
美雪は美味しいエサにつられて、犯人を探す事にした。
中国人窃盗団などスケールの大きい事も考えたが、田舎で数百円入った貯金箱をわざわざ盗むのはコスパが悪い。それに野菜を盗んだ方が腹のどう考えても良い。都会に行って美雪のような自然派に売りつければ、かなり儲けが出るとも考える。お金は価値の一つ。もし今のお金の価値が無くなったら、食べられる野菜の方が価値が上がる。今は日本経済も不安定だし、確実に食べられる野菜の方がお金より価値が上がる事もあり得ない話ではない。
とりあえず、近所に住人に聞き込みをする事にした。
無人販売所の近くを通りかかった老人をとっつかまえ、何か知ってないか聞く。都会では見ないような格好に爺さんだった。タンクトップにハーフパンツ、サンダルというラフすぎる格好だった。
「さあ、知らんがね。でも、こんなお金盗むようなやつなんて、うちの町ではいないさ。おそらく新しく来たやつらだろう」
「それって誰かわかる?」
爺さんは何名か名前をあげてくれた。一人は、最近田舎暮らしを始めた陰謀論マニアの夫婦、もう一人も最近引っ越して来た未亡人。陰謀論夫婦はともかく、未亡人は金持ちらしい。ここから見える大きな家が未亡人の持ち主らしい。
「わかった。ありがとう!」
「困った時はお互いさまよ」
美雪は老人に礼を言うと、まず陰謀論夫婦の家を訪ねて見た。普通の二階建ての一軒家だったが、庭には野菜畑、井戸水、シェルターまでああった。家の屋根にはソーラーパネルもあり、これで電気を賄っているのだろうか。
「もしもし」
庭で畑作業をしていた夫婦に声をかける。妻も夫もアラフォー世代、作業着姿だったが、案外にこやかに話しかけてくれた。二人とも緑の野菜のファンという事で盛り上がってしまう。
「で、無人販売所で金が盗まれたんです。何か知ってません?」
共通の話題で盛り上がった為か、スムーズに本題に入れた。
「さあ。でも犯人はきっと現場に帰ってくるわ」
妻はなぜか自信満々だった。
「そうだ、現場が何よりだ!」
夫の方も自信満々だった。よくわからないが、夫婦の圧に押されて、再び無人販売所に戻ってみる事にした。
すると、そこには無人販売所で何かコソコソとやってる女が一人いた。
犯人?
陰謀論夫婦、勘良すぎ!
「何やってるんですか?」
美雪は女性に声をかけようとしたが、向こうもすぐに気づき、逃げだした。
「ちょ、ちょっと待って!」
美雪もあわてて追いかける。逃げるという事は、やましい事があるのだ。この女は犯人とみて間違いないだろう。
年齢は五十歳ぐらいだろうか。淡いピンクのワンピース、麦藁帽子、サンダルと身なりは良い方だった。しかし、サンダルは走りにくいだろう。緑の畑の前で転び、あっけなく捕まった。
「緑さーん! こいつが犯人みたい!」
さっそく緑も呼び、事情を聞き事にした。案外、犯人は素直で、罪を告白した。ポロポロと涙をこぼしていたので、思わず同情はしてしまうが。
犯人は最近越してきた未亡人だった。しかし、夫も子供もいない毎日に退屈し、スリルを求めてお金を盗んだと告白。思わず呆れてしまう動機だったが、緑は同情的だった。
「お金あるんでしょ? 私には盗む理由はわからない」
美雪は素直にそう思う。
「お金なんて価値の一つよ。持っていても何も嬉しく無い」
犯人のこんなセリフは一度言ってみたいものだが、それは理解できる。確かにお金があれば出来る事も多いが、もし大きな戦争や災害があったら紙切れになる可能性だってある。お金の価値は平和な経済社会という前提の上で成り立つ。
「まあ、警察とかには言わんが、俺の野菜食ってくか? 一人で食事してるから、悪い事考えるんだよ」
緑はあっさりと犯人を許し、家の縁側まで連れていった。そして犯人にも美雪にもスイカを切ってご馳走してくれた。
天使塩を振って食べると、美味しかった。口いっぱいに甘しょっぱさが広がる。果肉の自然な甘みと天然塩が口の中で溶け合う。
この美味しいスイカに犯人も、笑顔を見せるほどだった。とりあえず、もう再犯の可能性は低そうだった。
「それにしても、お金の価値なんて無いとか一度言ってみたいわ」
美雪がそう言うと、緑も犯人もちょっと呆れたように苦笑していた。
こうして美雪は、約束通り籠いっぱいのオーガニック野菜を緑からもらった。小さな謎解きだったが、こんなご褒美を貰えた。
また、謎解きをしても良いと思ったが、そうそう平和な田舎では何も起きない。まあ、何も起きないのが一番価値がある事だろう。