まるいドーナツと消えたエプロンの謎
仕事中、ドーナツショップへ行くのが楽しみだった。
「サクラさん、ハニーシュガーと、オールドファッション、それと……」
ケースに並ぶ色とりどりのドーナツから厳選した三つを選び、コーヒーをつける。これでワンコイン。大手チェーンでもない個人経営のドーナツショップなので、経営が心配になるぐらいだが。
「あはは、また不倫調査してるんだ?」
「そうだよ、探偵の仕事なんてこんなのばっか」
店主のサクラさんに愚痴りながら、ドーナツを食べるのがささやかな楽しみだったりする。正直、中年の探偵には他に趣味もなく、甘くて丸いドーナツだけが慰めだ。
小さな街のドーナツ屋は私のような考えを持つ者が多いらしい。カウンター席は満席で、飛ぶようにドーナツが売れていく。本当はサクラさんに愚痴りたいが、もう難しいだろう。
サクラさんの作るドーナツは、とても美味しい。見た目は小さなおばあちゃんなのに、味は世界一だ。
「うま、コーヒーともあうわ」
あっという間に皿の上は空になり、ガラスケース内のドーナツも売れきれ。ここは一日の分のドーナツが売れ切れると閉店になる。なるべく食品ロスを出さない為だ。人気がある時には昼過ぎに閉店になる事もあるとか。今日もおそらく同じ時ぐらいに閉店になるだろう。
「何かよ、もう売り切れかよ」
客の一人、お爺さんが文句を言っているのが聞こえた。いわゆるカスハラか。サクラさんもタジタジだったので、他の常連客と一緒に注意したら、尻尾を巻いて去っていった。
「みんなありがとう。でも、最近はカスハラだけが悩みじゃないんだよ」
サクラさんはため息をつきながら、ドーナツを載せていたトレーをしまっていた。
「何かあったんです?」
気になって聞く。
「実は……」
ドーナツショップでエプロンが消えているという。特に臨時でバイトで入っている孫のエプロン、帽子、手袋などが消えているとか。
「誰が盗んでいるんだろうね」
サクラさんは苦いため息をついていた。確か孫は女子大生で、ルックスも良いタイプだった。これは犯罪の匂いがする。調査する事を決めた。
お節介とも思ったが、心のオアシスである甘いドーナツが消え失せるのは、避けたい。そうでなくても、個人経営の飲食店は厳しいと聞く。
そして夜。
犯行時刻は昼間ではなく、何らかの方法で鍵を開け、侵入している者の犯行ではないかと考えた私は、店へ向かった。
「うん? 明かりがついているぞ」
人はいないはずなのに、なぜ灯りが?
そう思った時、裏口から男が飛び出してきた。とっさの事で、すぐには捕まえられなかったが、走って追いかけた。
相手の脚は早かったが、私も伊達に探偵業はしていない。成り行きでコンビニの万引き犯も捕まえた事がある。何とか走り込み、男を捕まえた。
すぐに警察にも通報した。男はもう逃げられないと悟ると、項垂れ、罪を告白。
男はイケメンだった。年齢は三十歳ぐらいだが、アイドルグループにいそうな顔立ち。女性が好きそうな甘いマスク。恵まれた容姿のくせに、中身は変態だった。
特に女性の制服を集めるのが好きで、ここで働いている孫にも一目惚れ。海外でエリートサラリーマンをやっている傍ら、鍵の技術もつけていた為、簡単にエプロンを盗む事が出来たというが。
「許してください! 僕はエプロンの匂いを嗅いだり、しゃぶったりする事が好きだったんです!」
泣きながら変態発言をする男に、私も呆れていいのか、叱って注意するべきかわからない。罪自体は軽いものだが、男にも家族がいるだろう。それを想像すると、笑えない。
「あ、うん。分かったから、ちゃんと警察にも事情を話してください」
そう言うのが限界だった。探偵という職業上、エリートや高収入、高学歴にも闇が深い事はよく知ってはいたが。
とはいえ、これで事件は解決した。サクラさんも安心したようで、大きくて丸いドーナツを奢ってくれた。中にはベリーソースとクリームが沢山詰められた贅沢な一品。
あ犯人については微妙だが、こうしてドーナツを食べていると、どうでも良くなってきた。
イケメンにも闇があると思えば気も抜ける。完璧な人はそうそういないのだろう。完璧なのは、このドーナツだけかもしれない。何だか肩の力も抜けてきた。
「さあ、ドーナツも美味しいし、明日からまた仕事頑張ってかー」
腹も満たされたら、まだまだ頑張れそうな気がしていた。