未亡人の専属寿司職人〜走るお寿司屋さんと安楽椅子未亡人〜
白鳥花江は未亡人だった。夫は白鳥グループという大きな会社の取締役だったが、数年前に死去。会社は全部息子に任せ、のんきに暮らしていた。年齢はもう七十歳だったが、銀色の髪は上品にセットされ、老け込んだ雰囲気は全くしない。
「宮田くん、お寿司の腕、ちょっと上達したのでは?」
そ言うと、花江は鮪の握り寿司を食べた。
ここは花江が住む家の食堂だ。大きなレンガ造りの洋館で、食堂一つとっても広い。窓からは薔薇や池など美しい庭を見え、どう見ても金持ちの屋敷だった。
そんな花江は、とある寿司職人を専属で雇い、寿司の味を楽しんでいた。目の前で握ってくれる寿司を食べる事は何と贅沢か。茶碗蒸しやお茶もより美味しく感じる。
といっても寿司の出来はプロ級とは言い難い。こも寿司職人、宮田翔はまだ半人前だ。
一ヶ月前、とある高級寿司店に舌鼓を打っていた花江だが、当時下っ端の職人だった宮田がいじめられているのに気づき、家に雇う事に決めた。完全に善意だ。宮田はまだ二十歳。ろくに給料も払れず、虐げられている姿が不憫だった。いえゆるブラック企業でこき使われていた様で可哀想。日本ではこういった飲食店ではブラック化しやすいらしい。「見て覚えろ」等効率が悪い事をし、新米いじめも想像以上に多いらしい。
寿司の出来は高級寿司店ほどではない。それでも大きく、素朴でシャリの握り具合も悪くない。硬すぎずゆる過ぎず、ちょうど良い。それに宮田の人柄が伝わるような味もいい。派手ではない。繊細でもないが、素直さや誠実さも感じ取れる。
「ありがとうございます!」
「いいのよ。それにしてもミャンちゃんはどこに行ったのかしらね」
花江はおっとりと上品に笑っていたが、飼い猫が行方不明になっているのが気になっていた。
雑種猫だ。保健所で引き取った猫だったが、花江が大切にかってやると、毛並みもよくなり、立派な美猫になった。それが数日前から行方不明に。決して気の強い性格では無いので心配だった。
「さあ。でも気になりますね」
「そうだ、あなた。伊佐さんのお家に行って寿司握ってきなさいよ」
「は?」
「あやしいのよね。家にお寿司屋さん来たらぺちゃくちゃ事情を話すと思いません?」
「思いません!」
宮田はキッパリと否定した。
しかし花江の熱意に押された。また出張寿司屋なんて面白そうという噂も広がり、宮田は怪しい家に出向き、寿司を握りに行った。
一方、花江は家でのんびりしていた。宮田に指示を与え、走らせるだけ。
「ミャンちゃんなんていませんでしたよ」
「だったら次は相沢さん家に行ってちょうだい」
「いや、大変ですよー」
とは言っても出張寿司屋は評判もよく、宮田の腕も上がり、料金もいただけるようになってきた。やはりあのままブラック企業でこき使われているのはもったいない。宮田を拾って正解だった。
「次は千代田さんちへ」
「はい!」
この頃になると、宮田も従順な犬のように言う事を聞き、花江の指示を仰いでいた。
結局、ミャンちゃんは千代田の家にいた。誘拐されていた。千代田も花江と同じ未亡人で、寂しさ故の犯行だったらしい。最初は宮田にバレた時は、嘘ついて誤魔化そうとしていたが、美味しい寿司をその場でにぎり、最終的には全部吐かせたらしい。
「よくやりました、宮田くん」
「でももう探偵みたいのはしたくないな。俺は寿司握るだけでいいです」
そう愚痴をこぼしながらも、宮田は大きな手で寿司を握っていく。出来上がった寿司は繊細な芸術品のような趣きもあり、すっかり腕前も上達してしまっていた。シャリの握り具合もちょうど良く、最高ではないか。
「そう? でも、こもお寿司本当に美味しいじゃない?」
花江はそう呟くと、握られたばかりのサーモンの寿司を食べる。事件が解決した後に食べる寿司は、いつもの倍以上に美味しい。他にも玉子、穴子、海老、マグロ……。舌が蕩けそう。
「ミャ〜!」
ミャンちゃんも花江に近づき鳴いた。羨ましそうな鳴き声で、宮田も苦笑するほどだった。
「また何か事件がないかしら」
「いや、もうこりごりです!」
宮田はもっと苦笑していた。それでも美味しいお寿司を味わいながら、花江は優しく微笑んでいた。