乙女ゲームな異世界で破滅フラグを折っていいですか? 食堂のおばちゃん、異世界で悪役令嬢と探偵始めます
私は学生食堂のおばちゃん。職場ではベテランで、学生たちからも慕われていた。名前はタビサ。三十七歳。独身で実家暮らし。剣と魔法の国の都で、貴族のご子息や令嬢が集まる学園の食堂が職場だ。給料もよく何の不満もなかった、ある日。
「うん?」
皿洗いの仕事をしている時、急に悟った。この世界は乙女ゲームの世界なのだと。
いわゆる異世界転生してしまったらしいが、前の世界の「私」は死んだ記憶はない。そもそもどんな人間だったかも分からないが、乙女ゲームの設定、絵、キャラクター、シナリオが洪水のように頭へ流れていた。
ゲーム名前は「異世界カフェで探偵始めました〜容疑者全員から告白されて困ってます〜」だ。乙女ゲームだが、コージーミステリ要素のある作品で、ヒロインは容疑者全員から求愛されながら謎解きも進行していく。ちょっと変わった乙女ゲームだった。
確かゲーム製作者の一人がアメリカのミステリマニアで、ネット小説でも異世舞台のコージーミステリを書いていたとか。その後、アメリカ人が書いた異世界舞台のコージーミステリが受賞し、日本でも翻訳され、この製作者がブチギレ。「私だって異世界コージーミステリ書いていたのにー。別にパクリじゃないけど、この設定が独創的とか言われて腹立つわー」と怒り狂いながらこの乙女ゲームが出来た経緯があるらしいが……。
そんな背景を思い出しつつ、私はこの先の事を考えたら、笑えない。
「私、殺されるじゃん!」
ゲーム序盤、殺人事件が発生するが、その被害者は私だった。確か犯人は悪役令嬢。食堂のおばちゃんである私が、悪役令嬢がヒロインのいじめ工作している場面を偶然見つけ、口論の末、殺されたというシナリオだった。
ヒロインにこの犯罪も暴かれ、断罪され、ざまぁ展開になるのだが、殺された私については誰も覚えていない。ゲーム内では名前も間違えられていた。
「ああ、どうしよう。私、ゲーム最初で死ぬじゃん。破滅フラグ立ってるー」
とにかく殺人事件を防ぐのが第一だ。私はまず、悪役令嬢・ローゼと仲良くなり、破滅フラグを折ることに決めた。
確かローゼは貴族の娘だが、両親に無視され、愛されてない設定だった。きっと愛に飢えていたから殺人事件なんて起こしたのに違いない。
「ローゼ、一緒に食事をしましょう」
仕事が終わると、悪役令嬢のローゼを誘い、街に出向き、よく食事に行くようになった。庶民向けのカフェでパスタ、スープ、牛丼などを食べた。日本人が制作者なので、中世ナンチャッテヨーロッパ異世界でも庶民の店には日本食もある。
「ふん、私はこんな庶民向けの調理なんて食べないわ」
最初はローゼも私と食事する事に嫌がっていた。金髪縦ロール、鋭い顔という悪役令嬢風のルックスも怖かったが、ちゃんと話してみると、中身は普通の子。
貴族社会の重圧や、結婚相手を探さなければいけない事などを愚痴る姿は、同情してしまうぐらいだった。破滅フラグとか関係なく、ローゼと友達になりたいと思う。
「そんな悩むんじゃないよ。悩んだら、いつでも食堂のおばちゃんに相談しな」
「ありがとう、タビサ。話していたら、スッキリしてきたわ」
こうしてローゼと親しくなり、仲良くなってきた。これだったら破滅フラグも折れてきただろうと安心していたが、ローゼの家が没落。
殺人事件は起きなかったが、この辺りは乙女ゲームのシナリオ通りらしい。修道院に行くのは嫌だと泣いていたローゼだが、食堂で雇う事に決めた。万年人手不足だった食堂ではあっさり許可が出て、ローゼと一緒に働く事の決まり、私も張り切って彼女に指導していた。
「玉ねぎを切る時は、コツがあってね」
「タビサ、玉ねぎって泣けるよ。切るだけでこんな難しいの?」
最初はローゼも慣れない仕事に戸惑っていたが、慣れてくると、笑顔で働いていた。今では私ともすっかり親しくなり、一緒に通勤しているぐらいだったが……。
今朝、ローゼと一緒に出勤し、更衣室で着替えようと扉を開けた時。
「いやああああ!」
「きゃあ、なにこれ!」
私もローゼも悲鳴をあげていた。そこには死体があったから。しかも学園長の死体で、何者かに胸を刺されて血を流していた。
第一発見者の私とローゼは、白警団達に長時間の取り調べを受けていた。明らかに白警団達は私達を疑っていた。
「こ、これは破滅フラグね……」
「タビサ、こうなったら犯人を探しましょう!」
ローゼはやる気いっぱい。若いエネルギーに圧倒されそうになるが、確かにこのままではいけない。
「う、うん。この破滅フラグは折らないとね!」
私はローゼに同意し、犯人を探し初めていた。
不安もあったが、大丈夫だろう。ローゼという相棒もいる。学園長殺人事件はシナリオとは全く違う展開だが、この世界の設定やキャラクターもよく知ってるのは有利なはずだ。
この破滅フラグも必ず折ってやる。私はそう心に決めていた。




