田舎ニートの生存戦略〜無人野菜販売所事件〜
「はあ、俺、異世界転生してーな。子供部屋おじさんの最後の砦だわ」
鷹人は実家の縁側でゴロゴロしながらラノベを読んでいた。ここからは山、畑、田んぼがよく見える。どう見ても長閑な田舎だ。
年齢は四十歳。ブラック企業ばかり勤めていた。直近では回転寿司屋の雇われ店長をやっていたが、数々のパワハラ、暴力、いじめに参ってしまい、田舎に帰ってきた。
いわゆる子供部屋おじさんだ。親の脛齧っているニートだが、人の多い場所に出るとパニック発作もあり、完全に詰んだ状態だった。子供部屋おじさんの背後はたいていブラック企業かいじめがあった。失われた三十年の結果とも言える存在で、これからもっと急増していく事だろう。
もちろん独身だ。婚活をした事もあったが、女どもの寄生虫願望に辟易。もちろん、素直さや愛嬌があれば良いが、見かけは大人しそうな割に中身は強烈なフェミニストも多く、ウンザリしてしまった。フェミニズムは女のワガママを叶える魔法の杖だと思ってそう。
「お前、これからどうすんの? さすがに毎日ラノベ読むのはやばくね?」
そこに幼馴染の坂下悠太郎がやってきた。農家の長男。子供が四人もいる。悠太郎は畑で育てたというスイカをくれたが、とても大きくうまそう。無農薬だそうだ。もっとも出荷する野菜には種から農薬を使っていた。何という二毛作と思うが、ブラック企業に揉まれた鷹人は可愛いものだと思う。
「そうは言ってもなー」
「まあ、ここは田舎だからな。ご近所さんとの付き合いが円滑にできれば、生き残れるかもね?」
「そうか?」
「宮田のおばちゃんが犬の散歩して欲しいて言ってた。手伝ってやれよ。どうせ暇だろ?」
そう言われると断れない。ご近所の宮田おばちゃんの所へ行き、犬の散歩。お駄賃として小麦粉と出汁パックを貰った。もっともどちらとも賞味期限が近く使いにくい。
「だったら鷹人。鈴木さんちにお裾分けに持って行けば? あそこの奥さん、料理好きだし」
「そうか、そうするか」
「どうせ暇でしょ。早く持って行ってあげな」
という事でご近所の鈴木さん家に持っていった。六十過ぎの奥さんで掃除や電球替えもさせられたが、お礼に猫ちゃんのポーチを貰った。
可愛いポーチだった。新品未使用だが、子供部屋おじさんには使いにくそう。
「どうしよかなー」
田んぼ道をぶらぶら歩いていたら、親子連れを発見。子供は三歳ぐらいでギャン泣き。ポーチをあげたら泣き止み、母親からチョコレートやクッキー缶をもらってしまう。クッキー缶は重く、高級そうだ。頂きものらしい。
「いや、こんなお菓子もらってもなー」
困った鷹人は近所の農家に向かった。あそこのお婆ちゃんは甘いもの好きだ。持って行ったら喜ぶだろう。
農家の門の前には無人野菜販売所があった。性善説で運営されてる所だが、料金箱が壊れてる。
「ちょ、お婆ちゃん。この箱、壊れてるぜ?」
「そうなんだよ。困ったもんだね」
鷹人はクッキー缶をあげた、俺に野菜をどっさり貰ったが、これは気になる。
「誰が盗んでるんだろ。腹立つな」
「だったら、鷹人君が捕まえてくれよ。どうせ暇だろ?」
そう言われるとぐうの音も出ない。
翌日、鷹人は無人野菜販売所に張り付き、犯人が来るのを待った。
草陰に隠れながらラノベを読む。確かに暇だが、田舎で物物交換してたら、意外と食費がかかっていない事にも気づいた。悠太郎が言うようにご近所付き合いだけでも生き残れないか? 山奥や田舎で週数回のバイト生活しながら生きているニートの話も聞いた事がある。
年収だって税金で持っていかれるのだったら、低収入の方が得か? 節税や副業、投資の勉強でもすれば、何とか生き残れる?
そんな計算が頭を巡ったところ、見知らぬ人影!
男が料金箱を壊して小銭を盗んでいるではないか。
「待て!」
鷹人に気づいた泥棒は逃げようとしたが、何とか取り押さえた。
ブラックだったが、コンビニで高校生からバイトしていた時も万引き犯をよく捕まえていた。その経験が生きた。
警察に引き渡し、無事事件は解決した。警察やお婆ちゃんからはお礼を申し出てくれたが、辞退した。
犯人も引きこもりニートだった。他に友達もなく、家族も高齢者の母親だけ。自暴自棄になって無敵な人になったようで笑えない。孤立は犯罪の温床だ。田舎ニートの鷹人もそれは生存戦略に失敗している気がする。犯人に同情心もあり、何だか後味が悪いが……。
とはいえ、この事でご近所で鷹人の評判が鰻のぼり。家事や畑仕事の手伝いをする代わりに、果物や野菜、米などを貰うようになった。いつもお礼が貰えるとは限らないので、何とか子供部屋おじさんでも生き残れる道を探したい。
「よし、俺は負けないぞ。頑張ってみる!」
「鷹人、なんか雰囲気変わったな」
家の縁側で悠太郎に会った。
「ところで俺んちの物置き小屋から肥料や農薬だけ盗まれてるんだよ。お前、どうせ暇だろ。犯人を見つけてくれよ」
「はー?」
「まあ、息子のイタズラだと思うけど、大事にしたくないし、頼む。解決したら寿司奢ってやる」
寿司なんて言われたら、頷くしかない。もしかしたら、ご近所の謎や困り事を解決する相談所みたいな仕事もアリか?
「わかった。絶対犯人見つけるぞ!」
「頑張れ。期待してる」
まだまだ鷹人は生きている。希望もある。
さて、これからの生存戦略をじっくりと練ろうじゃないか。もちろん犯人も捕まえる。何しろ時間はたっぷりある。どうせ暇だ。焦る必要は無いだろう。




