謎ときハーブティー〜ローズマリーの目覚め〜
太一は不機嫌だった。
とある香料メーカーでマーケティングの仕事をしていたが、近年はオーガニック嗜好が強い。それに化学物質過敏症という疾患も認知されつつあり、太一の仕事も思うようにいかない。かく言う太一自身も香料だらけの研究室にいると、頭痛、不眠、食欲不振などに襲われていた。
そんなある日。
家の近所にオーガニックカフェが開店しているのに気づいた。元々は空き地だった場にナチュラルに収まっていた。
見た目もナチュラル。古民家風で、黒板式の立て看板には意識高そうな情報がいっぱい書いてある。
思わず「ケッ!」と思う。こんないかにも女子が好みそうな場に興味はない。
「あれ? 太一君じゃね?」
スルーしようかと思ったが、店の中から店員が出てきた。
知り合いだった。というか地元が一緒の高校の時の先輩。美人で当時から高嶺の花だったが、アラフォーになった現在でも肌も髪もツルピカ。確かに皺やシミもあったが、雰囲気は高校時代とさほど変わらない。
名前は日向泉。何だか女優っぽい名前だが、本人の雰囲気によく合っている。今はシンプルなシャツにジーパン、それにエプロンという格好だが、清潔感も加味されていた。
「私、ここの店のオーナーなんだよ。ね、ちょっとお茶でもしていかない?」
「はあ?」
「何か疲れてるっぽいし、うちで健康なもの食べたら回復するでしょう」
最初は断ったが泉先輩に押し切られ、入店。
小さなカフェだったが、いかにも自然派ママっぽい連中が陣取っていた。他にもインテリアや店の雰囲気は完全に女向け。ちょっと面倒で意識高そうな女向け。非常に居心地が悪いが、とりあえずカウンター席に座った。
「俺、こういうの嫌いなんだよね」
仕事でのストレスもあったせいか、悪い事を言ってしまった。
「自然派とか、ナチュラルとか。意識高すぎて気持ち悪いっていうか」
「へえ」
意外な事に泉先輩は太一の話をよく聞いてくれた。
身体の調子を整える薬膳カレーとやらも注文したが、量は少なく、具は野菜ばっかり。米は黒い。おそらく雑穀米と思われるが、カレーの相性自体は悪くない。
飲み物がカフェインレスのコーヒー。オーガニックらしいが、正直コンビニのコーヒーと違いがわからない。
「うちの母は、こういう店好きだろうけど」
「へえ」
泉先輩は特に表情を変えない。太一が場違いな事はよく分かっているようだ。
「ハーブティーとかよく飲んでたけど、かえって眠れなくなってたし。あんなの効果ないじゃん」
その母親ももう亡くなっていた。突然の事故で、ハーブティーは全く関係ないが、今も良い気分はしない。
「ハーブティーの効果はゆっくりジワジワだからね。最低でも一カ月は様子を見てほしい」
「そうかな。俺は何の効果もないと思うけど」
「そう?」
泉先輩は試飲としてカモミールティーやラベンダーティー、パッションフラワーティーをくれた。
確かに香りはいい。味もどれも草っぽく、美味しくは無いが、即座に眠くはならない。
「こっちはどう?」
次はローズマリーティーというのをくれた。味も同じようにピンとこない。しかし匂いはスッと強そう。何だか目元がシャキッとしてきた。
「ローズマリーティーは覚醒効果があるの」
「えー?」
ハーブティーというと全部眠くなるイメージだった。カフェも入ってないからだろう。
「他にもミントティーとかもそう。これは覚醒効果があるの想像つくでしょ?」
「ミントはスースーしてるもんな」
「ええ。だからお母様はミントやローズマリーティーを飲んでたのかも? 特にローズマリーは肌に良いハーブだからね。不眠対策ではなく、アンチエイジング目的で飲んでいたのかもね?」
泉先輩は自信満々。ドヤ顔で自身の推理を語っていた。
その後、太一は母親とのトークアプリの履歴を見ていた。
「あ、本当だ。肌の為にローズマリーティー飲んだってあるわ……」
つまり、不眠には効果なくて当然だったのだ。調べるとローズマリーは、庭に植えてるだけでも不眠になったというケースもあるらしい。
「なるほど、ローズマリーは眠らせるものではなかったか……」
意外とハーブは奥が深いようだ。偏見を持っていた事が恥ずかしい。
「また、先輩のカフェ行ってみるかな。最近、喉も痛いしなー」
職場では化学物質がある香料を嗅がざるおえない。仕事を辞めるわけにはいかない。だからこそ、ちょっとぐらいは健康に良いもの食べても良い気がしていた。
「いらっしゃい」
カフェにつくと、泉先輩は笑顔で迎えてくれた。
「うちの母親、ローズマリーのハーブティー飲んでましたよ」
「でしょ。最近はローズマリーオイル配合の入浴剤も売ってるけど、夜使うのは控えた方がいいかもね」
相変わらず泉先輩はドヤ顔。でも、その表情も今は憎めない。
「おススメのハーブティーある? 喉が痛い」
「あるわ。味は薬っぽいけど、タイムのハーブティーを飲みましょう」
こうして泉先輩はガラスポットに入ったハーブティーを運んでくれた。
ふわふわの湯気と共にタイムのハーブティーを口に含む。
「まあ、味は癖あるかもなー」
「でもその分、効くわよ」
「他に何かおススメある? 最近疲れてさー」
泉先輩はハーブの蘊蓄を語っていた。その横顔を見ながら、太一も真剣に聞いていた。
最初はハーブティーとか馬鹿にしれていたけれど……。
薬のように即効性のないものも悪くないかもしれない。とりあえず一カ月はハーブティーを飲んでみよう。じっくりと身体に効いてくるのも悪くないだろう。偏見も持つのももったい無いだろう。今までこういうハーブティーを嫌っていたのも、偏見だったのだと気づく。
ローズマリーティーなんて飲んでいないのに、目が覚めたような気分だった。




