北欧カフェで謎解きを〜ドリーム・ロールケーキと午後三時のフィーカ〜
謎の体調不良に悩まされていた。
「はあ。なんか疲れるわ……」
午後三時、上司から郵便局や銀行に行き、雑務を片付けていたが、雪子はそれだけでも疲れてしまった。
小さなイベント会社の事務職だが、雪子は何でも屋化していた。時には営業やイベントの設営、着ぐるみの中の人までやった事もあり、疲れる。転職サイトではブラック企業の噂も絶えない。故に新しい人も来ない。先輩もどんどん辞めていく。今は産休の先輩の分の仕事もやっているので、余計に大変だった。
おそらくこの原因不明の体調不良は過労によるものだろう。病院に行ってもそう言われたが、だからと言って仕事を辞めて良いのかも謎。転職市場での価値を思うと、このままダラダラと会社にいた方がいいのかもと後ろ向きにもなる。
「あれ? こんな所にカフェなんてあった?」
会社の近くの路地裏を歩いている時だった。小さなカフェがあるのに気づいた。一見オシャレな民家にも見える。緑に囲まれたカフェはオフィス街のオアシスか?
カフェは北欧をテーマにしているらしい。店の前にある立て看板に書いてあった。北欧にはフィーカというお茶の習慣があり、「このカフェでゆっくり憩うのはどうですか?」ともある。
惹かれてしまう。今、このカフェに入るのは明らかにサボりだが、郵便局が混んでいたとでも言えばいいか。吸い込まれるように店内へ。
雪子はどちらと言えば真面目なタイプ。学校の成績も良かった。現在は社畜。そんな雪子がちょっとサボるだけでドキドキする。
店内は広く、北欧風の音楽が爽やかに流れていた。窓も大きく、ここから庭の自然が見られるのも楽しい。インテリアもセンスがあり、さすが北欧カフェ。といっても意識高そう。敷居も高そう。客は雪子しかいなかった。
「いらっしゃいませ」
店員は若い男だった。この人一人しかいないので、店長だろう。北欧のハーフと勘違いしそうだになるぐら整った顔立ち。もっとも身のこなしもスマートで意識高そう。悪く言えば近寄りがたいイケメン。
このカフェの雰囲気に圧倒されていた。正直、コーヒーだけ飲んで帰ろうかと思ったが、カウンターのガラスケースに入っているシナモンロール、レモンケーキ、パウンドケーキ、ロールケーキに惹かれてしまう。特にロールケーキが一番美味しそう。生地は黒めだが、その代わりクリームの白やベリー類の赤が映えていた。
「あのロールケーキ美味しそう」
「では、スライスしましょう」
「ありがとう。でも、私、最近体調不良で甘いもの食べて良いか謎なんですよね」
調べたら白砂糖やトランス脂肪酸が体調不良を引き起こすとも言われていた。一応それらを避けていたが、何の改善もなかった。
「もしかしたらお客様、グルテンフリーの方が向いているかもしれません」
「グルテンフリー?」
それは聞いた事がある。小麦粉抜きの療法だが、それを抜くのは大変。朝ごはんはどうしてもパンの方が楽で、毎朝食べていたが。
「とりあえずニ週間グルテンフリーを試してみてください。体調に劇的な変化があれば、グルテンフリーが向いているかも。グルテンフリーに効果ある人は、やった後に頭も冴えるんですよね。もっとも体質的な事なので、向いていない人もいますが、試してみる価値はあります」
「そっか。試してみようかな」
「ちなみにこのドリーム・ロールケーキもグルテンフリーです」
「嘘?」
そうが見えない。グルテンフリーの米粉パンやケーキなど見た目はパッとしないイメージがあった。
「ええ。本当です、ドリーム・ロールケーキは片栗粉が材料なんです」
「へえ。そうは見えないね」
「意外でしょう? お茶はタイムのハーブティーが良いと思います」
「何の効果があるんですか?」
「喉や肌荒れに効きます。失礼ですが、お客様の声、少し枯れていますし」
気づかなかった。会社でも指摘されなかったが、それだけ疲れていたのかも……。
こうしてドリーム・ロールケーキとタイムのハーブティーを楽しんだ。ハーブティーはちょっと薬っぽかったが、身体に良さそう。喉が喜んでる感じがした。
ドリーム・ロールケーキもヨーグルト風味のクリームが美味しく、普通のロールケーキに全く負けていない。店員によると、お祝いに食べられるケーキのようで、その夢のような美味しさからドリーム・ケーキと呼ばれるようになったとか。
「美味しい」
気づくとペロリと完食。サボっている罪悪感も消えてしまい、ちょっと元気になった気がした。
その後、グルテンフリーも実践してみた。小麦粉は全く問題ない人も多いそうだが、母に聞くと子供の頃の雪子はパンを食べた後、よく下痢をしていたそうだ。そう言えばラーメンを食べた後も必ず具合が悪くなっていた事も思い出す。
グルテンフリーは海外では一般的で、ピザ生地なども選べるらしい。残念ながら日本ではあまり普及していなかったが、工夫すれば小麦粉抜き生活も簡単だった。それに美味しいドリーム・ロールケーキがあると思えば頑張れた。
二週間後、謎の体調不良はだいぶ改善していた。頭も冴えてきて、やっぱり今の会社にいるのは疑問しかなく、退職する事に決めた。
「という事で会社辞めました」
あの北欧カフェへ出向き、お礼を伝えると、店長は笑顔。最初はとっつき難い店員だったが、笑顔は本当にイケメンに見えて困る。
「辞めた後はどうするんです?」
「実はノープランです」
雪子は明るく言うので、店員はもう何も言えない雰囲気だった。
「まあ、ノープランでも良いと思います」
「ええ。実はグルテンフリーの美味しい食べ物とか、アレルギー持っている人も楽しめる料理の開発とか色々考えています。今はまだ夢ですけど」
「素晴らしいじゃないですか。応援します」
親や友人、元カレなどは雪子の退職にも猛反対していたが、まあ、良いか。少なくとも味方は一人いる。
たまには夢を見るのも悪くないはず。人生何があるか分からない。夢が叶わなくても、行動していたら、絶対に後悔は無いはずだ。何もせず指を咥えて見ているのは、後で傷つきそうだ。
ドリーム・ロールケーキと共に未来への夢も噛み締めていた。
参考
聖書をいつも生活に(クリスチャン新聞 福音版2024年6月号)
北欧のテーブル いのちのパンを料理に添えて
その15 夢見るドリーム・ロールケーキ




