没落華族令嬢の怪しい副業
時は大正初期。西洋の文化が入り込み、日本も変わりゆく時代。
「本当はあんたは使えない子ね! 無能なんだから!」
「申し訳ありません。華子お嬢様……」
「うるさいわね! そんな辛気臭い顔を見せるんじゃないわよ!!!」
いつもの華子お嬢様の癇癪が始まった。ちょっと間違えてお茶を持っていただけでこの有り様だ。私と同じ十六歳には決して見えない。駄々っ子にしか見えないものだが。私はうっすらと笑いながら大人の対応をしていた。
そんな対応が一番良いだろう。私も元々は華族令嬢だったが、家が没落し、親戚のこの家に身を寄せていた。この家は成金で、西洋風の立派だ。華子お嬢様も綺麗な洋装をしていたが、特に似合ってはいない。
「失礼します、お嬢様」
「もう、うるさい! この無能、どっか行け!!!」
私はそそくさと女中部屋へ下がった。世間的にはこの家に引き取られた事になっていたが、ほぼ女中と同じ扱い。こうしてボロを着ながら華子お嬢様の世話もしていた。
「今日も華子お嬢様は癇癪もち、と」
女中部屋に誰もいない事を確認すると、こっそりと手帳に書き込んだ。後でこれは「資料」になるので、しっかり記録していく必要があった。
次は屋敷のご主人様の部屋へ。いつも通り掃除していた。いや、見せかけていた。ご主人様の卓を漁り、手紙や写真、手帳などを見ていく。
案の定、妾に貢いでいる記録があった。会社の金も王領している模様。これも「資料」として記録。
次は一番上のお嬢様・理子の所へ。今は習い事に行っていないが、近所の書生との恋文が見つかった。確か理子お嬢様は御曹司と婚約が決まってなかったかしら?
これも「資料」として記録していった。
最後に奥様の部屋だ。奥様は浪費家で今日もデパートに行っている。卓や鏡台にはどっさりと宝石や指輪があったが、手紙も紛れていた。奥様は、最近舞台役者と不倫中だそうだ。金も貢いでいるらしい。おかげで今は貯金もなく、華子お嬢様も身売り同然で嫁に出す予定らしい。
「果たしてうまくいくかな? うん、難しいかもね」
こうして一家全員の秘密を握っている私は、楽しくなってきた。
人間、誰しも秘密があるもの。それを見つけただけでも、儲け物。私は「虐げられた可哀想な没落令嬢」ではない。転んでもただでは起きない。何倍かにして当人達にお返ししようと思う。
こうして一家の「資料」と共に、私はとある民家に向かっていた。一見は民家だが、小さく「古賀探偵事務所」と看板が出ていた。
私はここで探偵助手の副業をやっている。なんせ今の女中生活では稼げないし、求人広告を漁っていたところ、ここで働けるようになった。
確かに今の時代は女は稼げない。普通は家にいるか、女中をやるか、身体を売るか、妾になるかとう道しかないが、探偵の古賀のおじさんは変わり者だった。なぜか「探偵に向いているかもしれぬ」と言われていた。
「おじさん、今日もうちの調査して来たわ。これが資料」
「おお、よくやった」
それに今はうちの事を素行調査している依頼者もいて、けっこう簡単に仕事ができて。金持ちの家はたびたび素行調査の依頼があるようで、私はよく女中として潜入し、調べる仕事をしていた。
今回はたまたま今いる自分の家の依頼だったので、楽勝だったが。
「ちゃんと調べられているじゃないか。あんたの家はひでーな」
「ねえ、ひどいでしょ?」
探偵事務所の応接室でしばらく二人でお茶を飲んでいた。あの家は洋室ばかりだが、ここは和室で居心地がいい。他にも古賀のおじさんから素行調査のコツ、バレずに尾行する方法などを聞き、胸が高鳴る。最初はイヤイヤやっていた仕事だったが、今は楽しんでいる自分がいるのも事実だった。
「探偵業って案外楽しいね」
思わずそう言ってしまうぐらい。
「あんたは見かけは普通の女学生に見えるがな」
「おじさん、たぶんそれが良いのよ。おかげで一度もバレそうになった事ないから」
「それは良い!」
二人で笑い合っている時だった。来客が訪問してきた。
洋装姿の若い男だった。なんとあの華子お嬢様の婚約候補らしい。名前は鹿島裕司。鹿島も成金一家の息子だが、手堅く商売をやっているようで、だらしがなくワガママで癇癪もちの嫁は要らないとはっきりと言っていた。
鹿島の希望通りになるかもしれない。私とおじさんは華子お嬢様の素行の結果を説明し、この婚約は辞めた方が良いと言っておいた。
「そうか。こんな酷い女だったのか。やはり、この婚約は破棄にしましょう」
鹿島は「資料」を見ながら、ほっと安堵していた。見かけは整った顔立ちの御曹司。近寄りがたいが、この表情は人間らしく見えた。
「それにしても、君。いくら仕事でもそんな虐げられて大丈夫なのかい?」
しかも私にも気遣いを忘れない。育ちが良いのだろう。それ故にしっかりと素行調査するあたりは、ただの良い人ではなさそうだが。
「ええ。別に私は可哀想な没落令嬢じゃありませんから。やられたら、本人にお返しします。タダでは起きませんね」
「この子は、本当に根性があるんだ」
おじさんに褒められ、私は赤面してしまう。その点は普通の女学生とさほど変わりないのかもしれないが。
「うん?」
しかし、なぜか目の前にいる鹿島も赤面しているのだが。暑いのだろうか。今の季節はちょうど秋だったはず……。
「決めました。あなたが私の婚約者になってください。ここまで肝が据わっていれば、俺のような階級の男でも大丈夫でしょう」
その上、突然婚約の言葉まで貰ってしまった。鹿島の顔は熱したように真っ赤。
「ちょ、どういう事ですか。意味がわかりません!」
私の頭も混乱し、鹿島以上に顔が赤くなってしまうが、おじさんはケラケラ笑っているだけ。
「良い縁談じゃないか」
そう言われましても……。
「僕は強い女が好きなんだよ」
鹿島からもそんな事を言われ、勘弁して欲しい。
「僕の嫁になったら、別に働いたっていいよ。この探偵事務所でね」
それは心が揺れてしまうじゃないか。
こんな私の探偵業がまだまだ始まったばかり。未来はどうなるか分からないものだ。とりあえず華子お嬢様に虐げられて卑屈にならないで良かったかもしれない。それだけは確実に言える事だった。




