裏切り者のシムネル・ケーキ
春はイースターの季節だ。イースターは、日本ではさほど有名ではないが、イエス・キリストの復活を祝うお祭り。
もっともイースターの起源は全くキリスト教とは関係なく、クリスチャンの内輪で揉めるテーマだったりするが、私は単純に面白いと思う。
ミッション系の女子高に通い、聖書研究会にも所属するクリスチャンの私は、この時期が楽しみだったりする。
今日も聖書研究会の部室をイースター仕様に飾り付け、派手な卵にオブジェを隠し、エッグハントの準備などをしていた。
部員二人の弱小研究会ながら、部室は派手な卵、ひよこ、うさぎで華やか。もっとも本棚は分厚い聖書がずらりと並び、そこだけは濃厚で貫禄さえある雰囲気が漂っていた。
「部長。そんなエッグハントなんてくだらないですよ。っていうか、イースターは異郷のお祭りです」
後輩でもあり副部長の由奈。彼女はイースターだけでなく、クリスマスも異郷の祭りだと否定的な立場だった。元々陰謀論マニアでもあり、世間で流行っているイベントも否定的な子だった。
「いいじゃないの。どうせ、世間はキリスト教自体に興味ないんだから。こういうイベントを利用してみようよ。ヲタクな部分見せたらダメだよ、普通の人はドン引きするから。特に教義で揉めてるっぽい雰囲気見せるとね」
「そうですかねー? イースターはやっぱり起源が悪いと思うんです」
「そんな猜疑心ばっかり持たない。っていうか世の中の物は起源が悪いものばっかりよ。人間だってそうじゃん。だからイエス様が綺麗に変えてくれたんでしょ?」
「そうですけどー」
由奈はなかなか納得していなかったが、そういうお年頃なのだろう。厨二病は誰もが達道だ。今は暖かく見守ろうと思った時。部室に来客があった。
「わあ。イースターの飾りで派手だね。こんにちは」
尋ねてきたのは、古川実美さん。OGで今は牧師夫人という立場の女性だった。たまに部室にやって来ては、時々お茶して帰っていく。見た目も優しそう。女子高生の私からしたら、憧れのお姉さんというタイプの人。
「実はイースターのケーキ焼いてきたの。二人で食べて?」
実美さんは白くて大きなボックスを手渡した。この箱はどう見てもケーキのボックスで、ずっしりと重い。
「ありがとうございます!」
「じゃあね。ハッピーイースター!」
実美さんはすぐに帰ってしまった。残された私達はこのケーキを食べる事にした。
「なんかあの実美さん、胡散臭そうな人」
なぜか由奈は実美さんに良い感情を持っていないが、箱を開けてケーキを切り分けようとしていた。
箱の中身はシムネル・ケーキ。イースター時期にイギリスで食べられるケーキだった。見た目が特徴的でマジパンが十一個個飾り付けられておる。丸くて大きなマジパンは卵のようにも見えて、かわいいケーキ。この飾りのおかげで、かなり映える。SNSに載せたら目立ちそう。
「部長、このケーキよく見てください。マジパンが十二個あるのはおかしくないですか?」
「確かに。変ねぇ」
シムネル・ケーキのマジパンは十一個が普通だった。これはイエス・キリストの弟子の数を表現している。本当は十二人弟子がいたが、ユダが裏切ったので十一人。
「実美さんは間違えた?」
「まあ、イエス様の弟子はその後追加もされたから完全に間違いではないけど……」
そう言いながら違和感しかない。やっぱりシムネル・ケーキのマジパンは十一個と決まっている。しっかりしていそうな実美さんが、間違えるだろうか。
ケーキは二人で食べた。味は最高だったが、この十二個のマジパンは違和感が残る。
「確かにおかしよね」
そこに顧問の杉岡先生も来た。アラフォー独身の杉岡先生だが、甘いものに目がなく、ケーキをがっつきながら首を傾げていた。
「甘いもの好きの私が言うけど、シムネル・ケーキのマジパンは十一個だよ。実美さん、何でこんな事?」
この場にいる全員が疑問に思っていた。
「実美さんのSNS見てみようか。こんなケーキ作るぐらいだから、きっとやってるよな」
どういう理論か不明だが、由奈はサクサクとパソコンを動かし、実美さんのSNSを調べていた。教会でブログや動画配信をやっているようで、実美さんのSNSはあっという間に発見。
「実美さんみたいなタイプは絶対裏垢やってるよな。検索してみよー」
由奈の好奇心に火がついてしまったらしい。何分か検索し続けて、由奈さんの裏垢ブログを発見していた。表のブログでアップしている画像と共通点が多いようで、由奈はすぐに発見していた。
「どれどれ」
杉岡先生も好奇心いっぱい。実美さんの裏垢ブログを見ていたが、私はあまり笑えない。
良い気分のブログではなかった。大変な教会運営の愚痴ばかり。最近ではイースターを祝うかどうかで教会員と揉め、ストレスで皮膚炎にもなってしまったそうだ。
「イースターに裏切り者入りのケーキを作ってやった。あー、腹立つか……」
このケーキを作った経緯もあった。あまりのもストレスを感じた実美さんは、裏切り者、つまりユダを含めた十二人の弟子を見立てた飾りのケーキを焼いてしまったという。
突発な行動で、別に実美さんが信仰心を失ったわけではなさそうだが、彼女のストレスを想像すると複雑だ。真白にデコレーションされたこのケーキは、見た目は純粋無垢。でもその裏側はそうでもない。うーん、とても複雑……。
「由奈、もうイースター祝うとか祝わない件で文句言ったりするの辞めない?」
「そうよー。こんなストレス溜めている人がいると思うと、ね?」
私だけでなく、杉岡先生にも注意され、由奈は肩をすくめていた。
「う、わかりました。イースターは異郷の祭りとか、地域教会はイースターの起源も知らない情弱とか陰謀論言うの辞めます……。牧師夫人って大変な仕事だったんだね……」
とうとう由奈も反省しているぐらい。
こうしてケーキの謎は解けた。すっきりとした気分にはなれなかったが、このケーキは美味しい。美味しいもの自体に罪はない。私達は、少々苦笑しながらも、シムネル・ケーキの甘さを楽しんでいた。




