お局さんはお見通しです!〜とある不倫OLの調査報告書〜
雪沢南は、世間知らずな女だった。お嬢様として蝶よ花よと育てられ、コネでとある化粧品メーカーへ就職。
家族経営の中小企業ではあったが、経理部に配属され、入社当時はチヤホヤされていた。現代日本は少子化していたし、短大卒の若者というだけでも希少価値があったのだろう。実際、南は容姿が整い、見かけただけはアイドルのように可愛くもあった。
そんな南は、悪い大人からしたら赤子の手をひねるぐらいイージーだった。上司も高野とあっという間に不倫関係になった。世間知らずの南からしたら、高野は大人の落ち着きがあり、イケメンに見えたのだろう。騙されているのも知らずに……。
そんな不倫はあっさりとバレた。南は移動になったが、高野は何のお咎めなし。それどころか、南がハニートラップ的なことをしたと全責任を負わされた。逆に高野は出世していった。
「こんな理不尽な事ってありますー?」
ぶつぶつ文句を言いながら、荷物をまとめ、移動先の部署へ向かっていた。
移動先は「ハイパーメデア部」という何だかよく分からない部署。無能と障害者雇用人材しかいないという噂で、余計に憂鬱。いくら世間知らずとはいえ、不倫の代償は高くついたわけだった。
「本日から移動になりました。雪沢南と申します。よろしくお願いします」
ハイパーメデア部は、薄暗い地下室にあった。席はデスクが四つ。これで島一つだ。あとは部長のデスクがあるが、他の本棚には大量の本や資料があり、一体ここって何? 本は「尾行」とか「盗聴」や「悪用禁止の心理学」という単語が見え、普通の本棚とは全く違う雰囲気。
部長は、五十代の女性。見るからにお局。名前も坪根さんと言う。他の社員もADHDもちのオタクくん、言葉遣いが絶望的に悪いギャル、幽霊のように存在感がないアラフォーさん……。他の面々もなかなか濃く、ここって本当に会社か? 劇団にでも間違って入ってしまったような気がするのだが。
「ここはね、探偵を仕事にしてるのよ」
この中で一番害のなさそうな幽霊アラフォーさんが、仕事内容を教えてくれた。ハイパーメデア部というのは名ばかりで、実際は社員の不倫、横領、サボりなどを調査している探偵団なのだという。最近は備品や商品を転売するものも多く、その調査もしているらしい。
まさか、南の不倫もこの人達が調べた?
「その通り。私は何でもお見通し!」
坪根さんはドヤ顔!
逃げたい、何この変な部署!
かと言って逃げられるわけもない。坪根さん達に南の不倫調査の経緯を説明してもらった。
まずはギャルが社内の女子社員の噂を収集。ADHDのオタクくんが高野や南のSNSを調査。最後に幽霊アラフォー女が尾行し、証拠写真を押さえたという。
「っていうか坪根さんはドヤ顔している割に何もしてません?」
思わず突っ込んだが、彼らに指示を出したのは全部坪根さん。確かに適材適所というか、リーダーらしくはあったが。
「不倫は辞めなよー」
「そうですよ!」
「ええ、不倫は絶対辞めた方が良いですね」
色々と言い返そうとも思ったが、彼らに不倫のことを突っ込まれると、何も言えない。チームワークは悪くなさそう。
こうして不倫をして、移動になってしまった南。元々仕事への意識は低く、結婚するまでの腰掛けだと決めていたが、ここいる面々は案外楽しそう。
確かに営業部などにいたら、使えないタイプかも知れないが、こんな仕事だと適材適所で開花しているようにも見えた。やはり、この坪根さんってすごい人?
「でも何で私がこの部署に? 私、特に探偵とかできませんよ?」
その不安もあった。噂やネットを調べたり、尾行をするのも出来なさそう。あるのは愛嬌と美貌ぐらいだ。
「そこでだ。雪沢にはターゲットへ色気大作戦をやってもらう。雪沢は容姿だけはいいから、是非と人事部に推薦したのだ。本当はクビだったんだぞ」
「え? つまり私はハニートラップ的な? あの噂は高野の作り話ですって」
「わかってる。愛想よくニコニコしながら話を聞き出せばいいから」
坪根さんはそう言うが、これは逆らえられなさそう。お局オーラに震えてくる。それに鷹のように鋭い目を見ていたら、本当に何でもお見通しという雰囲気だった。
「それに高野は会社の金を使い込んでいる疑惑がある。何か知っていないか?」
「えー、高野さんって横領までやってたんですか?」
坪根の情報には驚いたが、よくよく考えれば、怪しい所があった。繁忙期でもないのに一人で残業もしていたし、金遣いも荒かった。
「どうだい? 雪沢もちゃんと高野を調べて、成敗したくないかい?」
と言われても……。
坪根だけでなく、ギャルもADHDのオタクくんも幽霊アラフォーも乗り気だった。
「た、確かに高野は許せません。協力できる事はします。仕事ですし!」
南もだんだんとやる気になってきて、高野を調べる事に決めた。
さっそく他に面々も仕事を始めたが、私はまだ初日。高野の不倫調査の報告書をファイリングする作業から始まった。
「はは、雪沢。間抜け面で写真撮られてるなー」
「部長、笑わないでくださいよ」
無邪気に笑っている坪根さんは、根は良い人そうだ。
まあ、とりあえずここでの仕事も頑張ってみよう。世間知らずでバカだったけれど、今は仕事へのやる気も出てきた。
まだまだ南の新しい日常は始まったばかり。ランチに美味しいワンコイン弁当を買って、帰りにはスタバでコーヒー飲んで帰ろう。
それに高野の横領が明らかになったシーンを想像するだけで、胸がスカッとしてきた。このメンバーだったら、きっとそうなるだろう。
今は不倫の心の痛みも、癒えていく気がしていた。




