余命一年の探偵〜事件の後の希望のケーキ〜
村瀬良太は会社社長としてバリバリと稼いでいた。ネットでもインフルエンサーとして自己啓発が人気となり、書籍やセミナーなどの仕事も多かった。寝る間も惜しみ、バリバリと仕事をこなしていたが。
無理がたったのだろう。身体を壊して余命一年と診断を受けた。今のところは薬で症状を抑えているが、時限爆弾のようにいつ命を取られるか分からない。医者は「希望を持って一年」という。
嫌でも死について考えさせられた。このまま仕事漬けになり、死んでも良いのか。やり残した事はないか考えてしまった。
会社も後輩に手放し、やりたい事をやってみる事に決めた。
良太は元々ミステリー小説が好きだった。子供の頃の夢は探偵だった。今はその夢を自分で叶えても良い気がした。
不倫調査ばかりだったが、探偵をやっている時は楽しい。病気の進行も遅れているようで、医者も驚いているぐらいだった。
どうせ金、家族、名誉、健康、恋も死後の世界に持っていけない。だとしたら、今世でしたい事をやってみたい。今まで頑張ってきた事も否定はしたくは無いが、死を前にしたらガラクタにしか見えないものだった。
そんなある日。いつものように不倫調査をしていたが、どうも様子がおかしい。不倫女はその関係だけでなく、若いホストにも狂っていて、借金もあったが、いつも以上に金回りが良い。
詳しく調べると、会社の金を横領している噂も出てきた。証拠がないのが悔しいぐらいだ。これは不倫調査だけでなく、横領メインに調べても良いか。
などと思っていたが、そこまで体調は優れないので、一応警察にこんな噂がある事は通報しておいた。これでこの事件は解決だと決めていたが、間違っていたか?
そんなある日の夕方、探偵事務所に帰ると、例の不倫女がいた!
しかも包丁を振り回しながら、良太を脅してきた。
「何をコソコソ嗅ぎ回ってんだ! 私の事を警察に言ってないだろうな!」
不倫女はまだ三十歳のはずだが、もう老女のようだ。その内面はすっかり老け込んでいるのだろう。当たり前だ。人の道に外れる事をし、精神が健全に保てるわけがない。
「お前、そんな事やって楽しいか? 辛くないのか?」
できるだけ不倫女を刺激しないよう気をつけたが、逆効果だった。
「うるさい!」
「そんな金や男を手にしてどうするんだよ? 死後の世界には持っていけないぞ。美容も健康も無駄、無駄。死んだら全部奪われるもんだぞ」
不倫女はなぜか「死」という言葉には反応してきた。
「いいだろう。俺を殺したければ、殺せ」
「はあ? あんた何言ってんだよ?」
「俺は余命一年の探偵さ。もうこの世にあるものには何の未練もないのさ」
「ちょ、お前、死ぬのかよ?」
「おお。殺しがいないかもな?」
不倫女の威勢はどんどんしょぼくなってきた。包丁を持っていた右手も力が無くなってきた。
「いいか、本当に金、健康、美貌、男なんかも無意味になるぞ。死後に持ち越せないものに執着して何になるんだ? だったら、お前も死後の事ももう少し考えろ」
「うっ……」
「本当にしたい事、大事な事を考えろ。お金盗んで男に狂ってる場合じゃない。お前だって明日死ぬかもしれないんだ。いつ病気や事故に遭うかわかんないぞ!」
女はここで号泣した。泣き崩れ、今までの罪も洗いざらい告白してきた。横領はもちろん、不倫も何度も繰り返してきたそうだ。
「そうか。死ぬと思うとこんな事している場合でもなかった。ごめんなさい……」
ちょうど不倫女が謝った時だった。警察が訪ねに来て、彼女は捕まった。ちょうど警察にこの事を相談したいと来て貰う予定だったが、グッドタイミング過ぎた。
女はその後、警察にも全て自供し、被害者にも謝罪の言葉を述べているという。もちろん、良太にもその言葉が届いた。
「うん、今回の事件は疲れたわ……」
探偵といっても、こんな犯人と対面するのは初めてだった。体力はごっそり奪われ、入院も決まってしまった。
「きっと入院食もまずいだろうし、ケーキでも食べるか」
喫茶店でいちごのショートケーキ、フルーツタルト、チーズケーキを注文して食べた。
もしかしたら、このケーキふが最後になるかもしれない。それでもケーキは、いつも通りに甘い。こんな事件の後の良太を励ましているかのようだった。
「あの女もこれからも頑張って欲しいな。死ぬ気で行けば何とかなるさ。人生、諦めるんじゃねぇよ」
ケーキを完食し、皿はすっかり綺麗になっていた。コーヒーを啜りながら、あの女の事も思う。生きているのなら、まだまだ大丈夫だろう。
「ごちそう様。さて、これから入院の準備もするか……」
意外と良太の表情は晴れ晴れとしていた。自分もまだまだだ。生きてさえいれば何とかなる。今は希望しかなかった。