異世界やみつき町中華の秘密
昼時の厨房は忙しい。まるで戦場だ。私は重い中華鍋を動かしながら、チャーハンを作っていた。
一方、一緒に働く師匠は唐揚げを揚げている。厨房は熱気と油の匂い、そして賑やかな調理の音に満たされている。ここ、異世界町中華のいつもの昼の日常だ。
私、小上桜はもともと日本人だった。両親が経営する町中華で看板娘として働いていたが、ある日異世界転移してしまった。
しかも中華風の大陸国家の都へ。中心部には後宮もあり、その周辺に放射状に街が広がっていた。
言葉が話せず行くところがなかった私を拾ったのは、高級中華料理屋を経営する師匠だった。見た目は豚にそっくりなおじさんだが、奥さんを亡くし、一人娘の愛花と必死に店を守っていたらしい。
実際、師匠が作る中華料理は美味しかったが、お金持ち向けでどうもパンチが弱い。いっそ町中華風にリオープンしたら?と提案し、今の異世界町中華屋を開いて今に至る。
チャーハン、エビチリ、カニ玉、レバニラ、坦々麺、焼き餃子など日本風の町中華。この中華風の国の料理とはだいぶ違ったが、意外にも好評で、連日店は混み合っていた。
「サクラ! 早く大盛りチャーハン! お客様がお待ちです!」
給仕をしている愛花からせっつかれ、私は皿にチャーハンを盛った。黄金色のパラパラチャーハンだ。いり玉子の色が皿にチャーハンを引き立てている。
我ながら「美味しそう……」と思うぐらいだが、それを持って愛花は客に給仕しに行ってしまった。
その後もカニ玉、レバニラの注文が続き、息をつく間もなく、仕事を続けた。一緒に厨房に立つ師匠もお疲れ気味。
「サクラ! 最近炒め物も上手くなったじゃないか?」
「師匠、本当?」
もっともたまに褒められるので、嬉しい。何よりこうして連日繁盛しているのも最高だ。店自体は小さな町中華だったが、お客さんから「美味しかった。やみつきになりそう」などと言われると嬉しくて仕方ない。
師匠や愛花とも上手くコンビネーションが取れていたし、私もこの国の言葉もマスターしつつある。確かに中華風の異世界に来てどうしようかと思っていたが、何とか生きていけそう。何よりこっちでも町中華ができるのが幸せ。
そう思っていたある日。
店の裏にゴミを捨てに行ったら、店から出てきた客が何か話しているのを耳にした。
若い男二人組だったが、後宮にスパイを送り、寵姫に毒を盛るとか話しているのだが……。
確かにまだ私はこの国の言葉は完璧じゃない。でもお客さんとコミュニケーションをとるうちに、リスニング力だけは上がっていた。
これは放って置けない。
昼すぎ、賄いを食べながら休憩中、この事を師匠や愛花に話してみた。
まかないはスパイシー唐揚げとレバニラ炒め、それにスープと白米。まかないと言っても豪華すぎるぐらいだった。
「って話している男二人組を見つけたんだ。どうしよう?」
スパイシー唐揚げは一個が大きく、何とか咀嚼した後、話してみた。
「そいつは困ったね。一応後宮の役人に連絡しておくよ」
「お父ちゃんは後宮で料理人してた時もあったんだよ」
「愛花、本当?」
話は脱線気味。愛花はまだ十三歳なので、私より子供だ。仕事中はしっかりしているが、家族と一緒にいるときは無邪気ななものだ。
「でも確実な証拠もない。どうやって捕まえる?」
「そうだな」
師匠は私の言葉に考え込んでいた。
「だったら、サクラ。うちでメガ盛りのやみつき町中華作って、犯人を誘きよせようよ」
「えー、いいの?」
愛花は無邪気に笑っていた。
「それ、良いじゃん!」
師匠も乗り気だ。結局、この作戦をとる事にした。
お値段据え置きで全メニュー三倍盛りの出血フェアが始まった。
連日お客さんが遅寄せていた。犯人と思われる男達も毎日通い、依存症のようにチャーハンやカニ玉をかき込んでいた。まさにやみつき。
「うまい、うまい!」
「チャーハン最高!」
食事をしている二人の姿は、一見は普通だった。なかなか尻尾を見せなかったある日。ついにチャーハンや焼き餃子を食べながら寵姫殺害計画をペラペラ話していた。
店に待機していた役人に現行犯逮捕され、犯人達の鞄からは毒物も見つかった。
事件は未遂のまま解決できた。私や愛花、師匠は手を取って喜んだものだ。皇帝からも御礼として食料油を一年分貰い、余計に嬉しい。
もっとも大盛りフェアは好評すぎた。食材も無くなってしまい、三日ほど休業する事になってしまった。食材が届くまでは仕方ないだろう。
その三日間も町中華にやみつきになった客が店を覗いているぐらい。
思わぬ副産物だったが、店は余計に繁盛し、ますます私達は忙しくなってしまった。