消えたプリンの謎〜女刑事の甘い休暇〜
嶋井結夏は女刑事だった。バリバリとキャリアを積み、最近は大きな殺人事件の犯人も捕まえたところだ。
確実に婚期は逃しつつあるが、平和な世を守るため日々研鑽を積んでいた。
もっとも今日と明日は休暇。久々に休みをとる事ができ、開放感でいっぱいだ。さっそく近所の人気洋菓子店に向かう事にした。
見た目はバリキャリな結夏だったが、実は甘いものに目がない。ケーキ、チョコレート、クレープ、シュークリーム、メロンパンと甘いものは何でも好き。犯人の家を張り込んでいる時もドーナツを箱買いして食べると、余計に頑張れる気する。後輩刑事にはドン引きされているけれど……。
近所の洋菓子店は周辺の商店街とコラボ企画中だった。特にプリンの陶器は昭和レトロな器入り。ネットで写真を見るだけでも可愛い一品。器も可愛いこのプリンを何としてでも手に入れたい。
早起きして洋菓子店へ向かった。列にも並んだが、売り切れだった。目の前にいる男が大量購入し、買えなくなってしまった。
悔しい。涙が出そうだが仕方ない。コンビニやスーパーでプリンを買えば良いじゃないかと思ったが、そこも全部売り切れていた。
「は? どういう事?」
まるでプリンが街から忽然と消えてしまったみたい。消えたプリンの謎だ。仕事で扱っている殺人事件よりスケールはかなりショボいが、何か嫌な予感もする。犯罪が裏にいるかもしれない。
という事で調査をする事にした。まずはスーパーの店員に話を聞いた。
「なんか若い男がプリンを買い占めしてましたよ」
「どういう事?」
「実はあるメーカーのプリンが終売になるんです。不況ですかね。偶然他のプリンもメーカーでシステム障害があったりして、入ってこないんですよ」
「それはわかったけど、一人でそんなプリンなんて食べれる?」
そんな質問をしてみたら、自分だったら余裕と気づいた。我ながら恥ずかしくなってきたので、次はこコンビニへ。
「ああ、あれは転売屋だよ」
コンビニ店長は苦笑しながら教えてくれた。
「終売になるお菓子とかキャンペーンのノベルティとか買い占めてるんだよ。どう見ても転売屋」
転売屋は聞いた事はあるが、現状では別に犯罪でもない。刑事として捕まえられないが、一応転売屋の男の特徴を聞き出す。
若い男、メガネ。ブランドもののバッグを使用。
特徴を似顔絵におこし、イライラしてきた。洋菓子店で目の前で買いしめた男の特徴とも当てはまる。おそらく洋菓子店のプリンも器を転売しているのだろう。
ブランドのもののバッグを持っていえる事は、金にも困っていないだろう。もしくは転売で得た金で買ったものと思われるが、プリンが食べられなかった悔しさもあり、どうにか出来ないかと思った。
「逮捕はできない。だからと言って刑事として注意するのも職権濫用みたいだし……」
ぶつぶつ呟きながら商店街を歩いていると、あの転売屋が見えた!
生ゴミを持っていたが、中身はプリンだった。きっと洋菓子店で買い占めたものを捨てたのだ。器だけ転売したのだろう。
あの捨てられたプリンは結夏が食べるはずのものだった。そう思うと、怒りは沸点まで登った。
仕事であう殺人犯も許せないが、こうした法律スレスレの事をする男も許せない!
「待ちなさい! この転売ヤー!」
「うわ、何だよ、このオバハン!」
「何ですって!」
気づくと転売屋を追いかけ回していた。なぜかお追っているのか。なぜ追いかけられているのか。お互い全く不明だったが、結夏の鬼の形相に、ついに転売屋も土下座して謝っていた。
「ごめんなさい! もうプリンの転売はしません!」
「わかったのなら、それで良いのよ」
こうして無事に消えたプリンの謎は解決した。洋菓子店も今後は個数制限を設けて対応していくという。
めでたし、めでたし。
「ああ、プリン美味しい!」
翌日、プリンも無事に入手でき、結夏は甘い休暇を楽しんでいた。
もっとも商店街では「食べ物の恨みは怖いねぇ」と結夏の事が噂されている事とは、本人は全く知らなかった。
転売屋を追いかけ回している結夏の顔はある種の噂となり、子供たちの間で都市伝説になっている事も結夏は知らなかった。
「うん、プリンって最高に美味しい!」
今はただ甘いプリンを食べながら、目を細めているだけだった。