天気の神様
翌朝は激しく雨が降っていたこともあり、祖父が車で駅まで送ってくれることになった。「こっちは慣れたか?」「うん、お陰様で。小さいころからよく遊びにも来てたし。」「そうか。無理せんようにな。」とぶっきらぼうながらも愛情を感じる祖父の雰囲気が恭弥は好きだった。恭弥が祖父宅に住むようになったのはおよそ1年前である。2年前に母が病気で倒れたことで常に介護が必要な状態となった。今でこそ介護の頻度は少なったものの、当時は父も仕事を休まざるを得ず、生活が一変した。治療に掛かる費用を工面するため借金もかさみ、返済ができず自宅の電気やガス、水道が止まるといったことも経験した。中学を卒業したら働くつもりでいたが、父から高校だけは出てほしいと説得されたこともあり、今通う高校に進学することになった。母の介護のため、そして借金返済のためという目的で両親が離婚して、祖父宅に引っ越してから1年ほどが経過した。通学時間が2時間以上かかるようになり、特に朝が辛いことを除けば今の生活に満足しているし、特に祖父母には心から感謝している。「気をつけてな。」車から降りる恭弥に祖父が相変わらずの調子で送り出してくれた。「ありがとう。行ってきます。」恭弥はドアを閉めまだ薄暗い空を一度見上げ、改札に向かった。
「恭弥、帰りにファミレス行こうぜ。」夕方のホームルーム前、恭弥の前に座る太一が話しかけてきた。「テニス部も休みにするし、行っても良いけど。でもあんま金がないんだよな。」「俺もないから大丈夫だ。」何が大丈夫か全く理解できなかったが、「じゃ、ちょっとだけいくか。」と返した。学校が終わり、近くのファミレスに着いてからドリンクバーとポテトを注文した。注いできたドリンクをテーブルに置きながら「恭弥とここに来るのなんか久々だよな?」と話しかけてきた。「だな。こないだまで夏休みだったし、そのあとはお互い部活もあったしな。」「たまの休息、恵みの雨ってことで天気の神様に感謝だな。」「そんな神様聞いたことないぞ。」と突っ込む。
太一は小学校の低学年からサッカーを始め、中学生のころは県選抜に選ばれたこともあるそうだ。恭弥達の学校は公立ということもあり、太一ほどの経歴を持つ生徒はいない。大抵は名門私立高校に推薦で行くか、クラブチームに入るそうで、太一の実力は群を抜いている。「恭弥ってさ、テニスいつまで続けんの?」「考えたことないけど来年の夏で引退するまでだろうな。」「ま、普通はそうだよな。俺さ、そろそろサッカー部やめようと思ってんだよね。」この間全国と言っていた男が引退を示唆したことに驚き「え、なんで?」と尋ねた。「両親がさ、そろそろ受験勉強を本格的に始めろ、サッカーはいつでもできるけど受験勉強は今しかできない、って言うんだよ。」「そりゃ一理あるかもしれないが、サッカーだって今のメンバーとできるのは今だけだろ?それで良いのかよ?」「嫌に決まってんだろ。俺からサッカーを取ったら何が残ると思う?」「何が残るんだよ?」「分かんねーか?ただの良い男になっちまうだろ?」聞いて損したと思ったが話が進まないので「で、どうすんの?」「聞いて損したって顔に書いてあるぞ。まぁ、それは良いけど今まで色々面倒見てもらったことも考えると従うしかないかなと思ってる。正直サッカーの腕、いや脚もこれ上がらないようにも思ってたし。タイミング的にはありなのかなと。」「おい、いちいち面倒な言い回しはやめろ。サッカー部辞めるのは残念だけど、俺は太一が決めたことを尊重するし応援するよ。」「お前のそういうところ嫌いじゃないぜ。」とにやにやしながら茶化されたので「うるさい。そろそろ帰るぞ。」と言い残ったポテトを平らげた。帰り支度をしていると「こら、寄り道してないで早く帰りなさい。」と予期せぬ叱責に驚き、声の方を見上げると、悪戯そうに笑う由依とその隣に理子がいた。
「何でいるんだよ」「雨宿りだよ。悪い?」「悪いなんて言ってないけど脅かすなよ。」「それは何かやましいことがあるってことですかね?」と絡まれ、これ以上は何も言うまいと心に決めた。お手洗いから戻ってきた太一が「あれ?七瀬さんと東城さん、何でいるの?」「雨宿りしてたんだってさ」と代わって答えると「お前に聞いてない。でも二人でいるの珍しくない?」と太一は後先を考えず、ずけずけと質問を重ねる。太一は常に浅慮という概念がない、否、裏表がなく思ったことを素直に表現することができるのだ。「そうかな?クラスは違うけど1年の時から委員会が一緒だから。こう見えて親友です。」仲が良いことをアピールするためか理子に腕組をしつつ由依が答えた。「それは大変失礼しました。いやー美女が横並び、贅沢な光景を見れて満足です。雨の神様に感謝だな、恭弥。」「天気の神様じゃなかったっけ?由依も東城さんが困ってそうだからそろそろ開放してあげたら?」とため息交じりに突っ込みながら場を鎮めるように努めた。「全然困ってないし、大丈夫だよ。」慌てて理子が否定した。「恭弥は相変わらず失礼だけど、相田君に免じて許してあげる。ていうか、私たちが隣の席にいたの気が付いてなかったでしょ?いつ気が付くかなって話してたのにつまんない。」「つまんないって言われてもな。悪かったよ。」由依は恭弥のことを許しているようには見えなかったが、恭弥からすると怒られるのは筋違いだと思っていたのであまり深堀はしなかった。「そろそろ行こうぜ。また降ってくるかもしれないし、由依も東城さんも雨が止んでるうちに帰った方が良いよ。」とその場をまとめに入った。太一から「俺は?」と寂しそうに聞かれたので「お前は風邪ひかないから大丈夫だろ。」と答え会計を済ませた。そのまま解散となったが、時計の針は午後6時を指していた。




