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あの空を、僕は決して忘れない  作者: ヤマノ コダマ
4/9

出会い

駅に向かう帰り道、昼間に太一から言われた中学の時のことを思い出していた。当時恭弥たちの地域では20校程のテニス部があったのだが筑三中学という学校が絶対的な強さを誇っていた。恭弥の通っていた国分中学もその次に位置する程度の強さであったが、その差は歴然であった。恭弥たちの1学年上の先輩たちは歴代国分中学テニス部でも最強と言われるほどのメンバーがそろっていた。恭弥が中学2年の夏の大会、恭弥はチームの3番手として試合に出場した。大会の結果は決勝で筑三中学に敗れ準優勝だった。結果だけ見ればあと一歩と思えるが試合は散々なもので1番手のエースペアを相手の三番手ペアにぶつけぎりぎりで勝ったというもので、恭弥の3番手ペアや2番手ペアは1セットも取れずに見事に零封された。圧倒的な実力差を見せつけられ心が折れかけてしまったが、そこからはそれまで以上に練習に明け暮れ打倒筑三中学を誓ったのだった。1年がたち恭弥達が最後の大会に臨むことになった。恭弥や国分中テニス部の仲間たちは筑三中学校に1年前の雪辱を果たしこの大会を優勝することだけを目指しており、順調に決勝まで勝ち上がることができたが、国分中の試合が終わったころ、北側のコートで行われていたもう一つの準決勝で波乱が起きた。なんとあの絶対的王者である筑三中学がそこで姿を消すことになってしまったのだ。そのジャイアントキリングをやってのけたのは上岡栄太率いる中山中学だった。


恭弥が栄太のことを知ったのはこの時が初めてだった。その時に聞いた話によると栄太はこの大会直前に東京から転校してきたそうで、栄太のことを知る人はいなかっただろう。筑三中学は昨年よりもさらに強くなっており、この大会の優勝は十中八九この絶対的王者であろう、というのが選手や大会関係者ほとんどの認識だったはずだ。偵察を行っていた1年によると中山中学は小細工をせず筑三中学の1番手ペアに1番手ペアを、2番手ペアに2番手ペアをぶつけたそうだ。栄太は1番手の後衛で接戦の結果筑三中学の1番手を破った。驚いたことに栄太のペアになった前衛はサーブレシーブ以外ボールに触ることはなく、栄太一人で試合に勝利したという。中山中学の2番手ペアは決して下手ではないが、到底筑三中学の2番手ペアにかなう腕前ではなかったそうだが、直前の試合が尾を引いてしまいミスを連発してしまい自滅したそうだ。気持ちはよくわかる。何せ筑三中学の1番手ペアは1年前からこの絶対的王者である学校のそれであり、敗れる姿など誰も見たことがないのだろうから。


「筑三負けちゃったね。」同じ会場で一足先に同じく決勝戦にコマを進めていた女子テニス部の由依が話しかけてきた。「あぁ。全く信じられないけど。」「だよね。上岡君だっけ?初めて見たけど、すごく上手だよね。それに・・・」「それに?」「あー、何だかかっこいいよね。女子は皆キャーキャー言ってたよ。」初めて見る相手だが、今更ながら顔もスタイルもずば抜けていると気が付いて「気が付かなかった。確かにあれは反則だな。」とため息交じりに漏らした。「・・・恭弥も負けてないと思うけど」聞き間違いだろうか、まだ興奮冷めやらない雑踏の中そんな一言が聞こえた気がした。「想定したものとは違うけど、優勝には近づいたのかもしれないな。」「油断したらダメだからね。」釘を刺してきた由依に「分かってるよ。最後の夏だし、一緒に優勝しような。」と告げコーチから指定されていた男子テニス部のテントに向かった。


それから1時間後いよいよ決勝が始まった。直前に3位決定戦が行われたが、準決勝の姿が嘘のように筑三中学が貫録を見せつけストレート勝ちを収めた。コーチから決勝は小細工なしに1番手からぶつかっていくオーダーを伝えられており、恭弥はこの大会で衝撃のデビューを飾った栄太との対戦を望んでいた。希望がかない恭弥のペアの相手は栄太のペアであった。試合が始まり恭弥達が意外なほどあっさりと3ゲームを先取した。あと1ゲームを取れば恭弥達の勝利となる。「筑三に勝ったからどんなもんかと思ったけど、たまたまだったんだな。」とコートの外から後輩の声が聞こえた。それを聞いた他校の女子生徒が「上岡君は準決勝ですごく頑張ったから、体力が戻ってないだけよ!そうじゃなかったら上岡君が負けるはずがないでしょ!」と栄太を擁護した。「体力がないことはただのいいわけだ!それで勝てないなら実力不足ってことだよ!」と外野でも争いが起こってしまい、何だかこっぱずかしい思いをしていたころあちらこちらで「栄太君頑張って!」「上岡君負けないで!」と栄太を応援する黄色い声援がこだまする完全アウェーな雰囲気となってしまい、それに呼応するように栄太が息を吹き返した。ゲームカウントが3-3と勝利目前が一転してしまったころ、別のコートで決勝を戦い終えた女子テニス部が駆け付けた。その時点では明らかに疲労困憊で孤軍奮闘している栄太を応援するのは性別を問わなくなっており、恭弥達のアウェー感はより一層増していた。あろうことか駆けつけてくれた女子テニス部も恭弥達を応援できる雰囲気ではなく、むしろ進んで栄太を応援しているようにすら見える者もいた。その中に由依を見つけたが、表情が暗く聞かずとも女子テニス部の対戦結果を知ることができた。試合が進み結局4-6で栄太達に軍配が上がった。恭弥にはもちろん悔しさはあったものの、それよりも栄太の頑張りに祝福を告げていた。


「あーあ、負けちまったなー。」駅からの帰り道、恭弥の自転車の後ろにのる由依に話しかけた。「うん。でも恭弥すごく頑張ってた。惜しかったと思うよ。」「ありがと。悔しさもあるけど、まぁ3年間楽しかったな。由依はどうだった?」「私も同じかな。精一杯頑張った、と思う。男子は優勝できたんだし胸を張ってよ。」決勝戦、恭弥のペア以外は完勝し、国分中学男子テニス部は悲願の優勝を果たしたのだった。ただ、女子テニス部は決勝に敗れた。タイミングが悪く応援に行けなかったのだが、試合中に由依が足をくじいてしまい、試合を途中棄権することになったそうだ。2番手は勝利したものの3番手が負けてしまった。責任感が強く空気を読むことに長けている由依だからこそ、恭弥の前ではいつもと変わらない平静を装っているが、その実自分を強く責めていることが手に取るように分かった。「俺もお前もやり残しができたし、高校に入ってから返さないとな。ところで、お前ちょっと太った?」と敢えて由依の地雷を踏みに行った。「うるさい!」と背中を軽く叩かれたが小さな声で「でも、ありがと。」と聞こえた。「あー腹減ったなー。」と返事はせず、ゆっくりとペダルをこぎ続けた。


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