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あの空を、僕は決して忘れない  作者: ヤマノ コダマ
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始まりの季節

「ごめんなさい。吉野君とはお付き合いできません。」高校二年の夏休み、淡い恋は儚くも一瞬で終わった。皮肉にもその日はこの夏一番の晴天で、この悲劇を覆い隠す雲などどこにも見当たらなかった。


「恭弥久しぶりー。夏休みは何か面白いことあったか?」と全身真っ黒に日焼けした姿が印象的な相田太一がにやにやしながら話しかけてきた。「いや、特に。それよりお前焼けすぎ。」と夏の淡い失恋エピソードに気が付かれないようにぶっきらぼうに答えた。「今年の夏は本当に暑かったなー。俺はよく海にいたからこの通りだよ。俺ほどこの夏を満喫した奴はいないはずだ。」と朝から妙にテンション高めの友人を見ながら「それはよかったな。」と答えたところでまもなく始業時間となることを知らせるチャイムが鳴った。その直後「皆席についてー。ホームルームを始めるわよ。」担任の江田の声が聞こえ、生徒たちはそそくさと自分たちの席に着いた。今日から長い夏休みが明け2学期が始めるわけだが、今年のそれは例年と比較にならない程に憂鬱であった。


本日は2学期の始業式だったため、全校生徒と全教職員が体育館に集合する。校長の話はいつも長く、ひたすらに退屈だ。授業を受けていたほうがよっぽどましにも思っている程だが、今日ばかりはそんな感情を認識する余裕など一切ないのである。東条理子は恭弥と同じ体育委員としてクラスメイトの整列や点呼などを一緒に行う役目を担っており、二人そろって担任の江田のもとに行き点呼結果を報告する必要がある。この人物こそ恭弥がこの夏に人生初めての告白を決行したその人物であるわけで、いまさらながら非常に気まずい思いをすることになったと痛感し、告白してしまったことを後悔せざるを得なかった。


「吉野君、女子は全員揃ってたよ。男子はどうだった?」と恭弥がこれ以上にない程の後悔と葛藤している一方で彼女は普段通りの様子で話しかけてきた、もとい、業務確認をしてきた。「男子も全員揃ってた。じゃあ報告に行こうか。」と冷静を装い答えたところ「私が報告してくるから吉野君は座ってて。」と笑って、やや小走りで江田のもとに向かっていくのであった。「一緒に報告に行かなくて良いのか?お前江田に怒られるぞ。」と後ろにいる太一が小声で話しかけてきたので「まぁ大丈夫だろ。」とそっけなく返したところ、「珍しいな。意外にまじめなお前にしては。東城さんと喧嘩でもしたのか?」と聞いてきた。焦りを感じさせないよう「そんなわけないだろ。てか意外って失礼だぞ。目立つから静かにしとけ。」と答えたところに、点呼報告を終えて理子が戻ってきて恭弥の隣に座るのであった。自分から報告は一人でしに行くといったのだから、わざわざお礼は言わなくていいか、とか、話しかけると困るだろうなと考えていたところ、校長の話が始まった。


普段なら実際経過した時間よりも長く感じる始業式も、改めてこれからのことを考えていたらあっという間に終わっていた。教室に戻るとあちこちで「校長の話が長かった」、「明日からが億劫だ」、「時を戻す力が欲しい」といったどこの教室でも誰かが言っているのだろうなと思える声が聞こえてきた。「恭弥、お前今日は部活あるのか?」と太一が話しかけてきた。「いや、今日は休みにした。自主練したい奴は部活に顔を出すと思うけど。お前は?サッカー部やるの?」「うちは今日から本格始動だ。というか夏休みの間も始動はしていたからちょっと違うか。まぁ今日くらいは休みで良いとも思うが、高校の部活は部長のリーダーシップによるところが大きいから。大変だろうけど頑張れよ。来年は一緒に全国行こうぜ。」と恥ずかしげもなく全国と口にする太一を見ながら「お前はよく頑張ってるよ。お互い悔いを残さないよう全うしようぜ。」と答えた恭弥はテニス部に所属しており、この夏に三年生が引退すると同時に新部長として任命された。今日は二学期初日であり、本来なら一日も無駄にすることなく新しいスタートを切りたいところだが、男子テニス部メンバーの多くから今日は休みが欲しいとの意見が出たため明日からの始動というわけだ。もちろん恭弥自身も今日ばかりはあまり学校に長居したくないという思いであったことも否定できない。


そうこうしていると昼過ぎのホームルームが終わり、生徒たちは思い思いの行く先に向かうこととなった。太一と別れて下駄箱を出たところで「恭弥のクラスも今終わったの?男子は今日部活休みってほんと?」と話しかけられた。「おつかれ。男子は今日休み。明日から始動するよ。」「そんなで大丈夫なの?ただでさえ、先輩が抜けた後で頑張らないといけない時期じゃない?」「分かってるよ。でも急ぎすぎてもよくないし、ちゃんと考えてるから。」「もう。部長も大変だろうけど頑張ってよね。」と会話を交わした彼女は恭弥の幼馴染で女子テニス部の部長でもある七瀬由依である。クラスこそ異なるがコートを分け合うテニス部で且つ部長同士という立場であり、何よりもお互いの幼少期を知り合う腐れ縁のような存在である。今でこそ部活の時にしか顔を合わせなくなったが、以前は学校外でも顔を合わせない日がないというほどの間柄であった。「それじゃ、由依も頑張れよ。」と今日の自分に言えた立場でない言葉を口にして帰路についた。


翌日は朝8時過ぎに教室に到着した。「おい恭弥、東城さんの話聞いたか?告白されたんだって。」と挨拶もそこそこに太一が今の恭弥にとっては一番避けたい趣旨の話題について話しかけてきた。「え、な、なに?東城さん?告白?」と不意打ちを食らったため冷静さを欠いたリアクションをしてしまった。恭弥が彼女に告白して無残な結果になったことは親友である太一にも伝えていなかったし、できることならだれにも知られたくないと思っていた。いずれ知られることになったとしても、そんなこともあったなと笑い話にできる時期であることを切に願っていたが、二学期が始まって二日目でその日が来るとは、と恥ずかしいやら情けないやらといった感情でいたところ、「昨日さ、1組の浜野が告白したんだって。二学期が始まって早々に頑張ってるよな。」と観念して想定していたものと違う情報が飛び込んできたため、朝から心臓に悪い思いをしたが、ほっとした表情を隠しながら「へー。すごいな。浜野って野球部のエースだよな?で、結果はどうだったんだ?」と妙に冷静にその結末をうかがった。「ダメだったらしい。始業式後に告白するとか格好良すぎだろ。逆に男を上げたんじゃね?」とにやけながら答えを聞き出すことに成功したが浜野に心から同情した。「で、なんでそれをお前が知ってんだ?」とあまり踏み込みすぎないように気を付けながら質問したところ「東城さんの家って俺の家の割と近くでさ、公園に東城さんと浜野がいるところ目撃したんだよ。普段見ない組み合わせだったから気になってたんだけど、俺があの手この手で情報収集したという訳。」「あの手この手って・・・。浜野も可哀そうに。」と改めて野球部のエースに憐れみを向けるのであった。「言っとくけど、東城さんが教えてくれたわけじゃないからな。俺の手柄だ。」と自慢げに話す親友に対し「手柄ってなんだよ。東城さんも可哀そうに。二人のためにも言いふらすなよ。」といずれ自分も同じ目に遭いかねないことも視野に入れ釘を刺しておいた。「分かってるよ。お前も頑張れよ。」と謎のエールを送られ、朝のホームルームが始まった。


その日の授業は6限目まであったため、夏休みになまった集中力を取り戻すにはハードな1日であった。授業中、朝のホームルーム前に太一から聞いた話を思い出し、教室の中央、前から2列目に席を構える東条理子の背中を何気に見ながら「東城さんって、本当にもてるんだな。」「ほかにも何人からも告白をされてるんだろうな。」「俺がふられても仕方ないよな。」等と物憂げに考えていたところ、「吉野君聞いてる?この問題を答えてみて。」と教壇に立つ数学担当教師の三瀬から指名を受けた。考え事をしていたせいもあり、すぐに反応できず、何度目かの呼びかけに反応することになってしまったようで、教室中のクラスメイトから注目を浴びることになってしまった。もちろん恭弥は答えにたどり着けず、非常に情けない姿を披露することになってしまった。授業終わりの休憩時間に「何ボケーっとしてんだよ。お前の目線わかりやすいから気をつけろよ。」と太一に茶化されたが、「何のことか分からないが、まだ夏休み気分が抜けてないだけだよ。」と答えたところ深いため息をつかれてしまった。太一は人一倍色恋に強い興味を持っており、恭弥自身も興味がないわけではないが、思春期だからと一言では片付けにくい程度であるといえるだろう。決して嫌味なわけではなく、裏表がないところは好感が持てると評価できるかもしれないが、それは身内にあたる男子だけで会話することを前提にしたものである。


その日の授業が終わり、下駄箱に向かうと、今一番避けたい人物である東城理子が靴に履き替えようとしているところに出くわしてしまった。理子は二人の間には何事もなかったかのような軽やかな笑顔で「あ、吉野君お疲れ様。今から部活かな?」と声をかけられ「そ、そうそう。この後部活。」と冷静さを装い答えた。東城理子はやや控えめな性格ながら裏表がなく誰からも好かれる雰囲気をまとっている。外見は腰に掛かるほどの長さで艶のあるストレートの黒髪、ひときわ大きな瞳、ぱっちりした二重、透き通る白い肌等々文句のつけようがない。身長は180㎝の恭弥の肩程の高さであり、世の中の男性の多くが思い描く理想の女性といって過言はないだろう。本来ならばこの場からそすぐにでも立ち去りたい気持ちであったが「あの、東城さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど少しいいかな。」と理子の目から視線を外しながら続けた。「え、あ、うん。いいけど何かな。」と少々警戒した様子もあったが、了承を得ることができた。

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