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私の幸せ

作者: 流鏑馬嵐

姉の幸せの姉視点の話。

姉の幸せを読まなくても大丈夫な程噛み合わない姉妹の話。










婚約者が出来た。

母の実家より爵位の高い子爵家との縁組。

街にいる同年代の男の子には無い落ち着きを好意的に受け止めた。

既に祖父から手配された教師から貴族的な教育を学んでいたから、子爵家にも好意的に受け取られたみたいだった。

婚約者の彼とは度々会っては親睦を深めた。

医師としての高みを目指す彼を、支えられるようにと意欲的に学ぶのはとても楽しい。

年の離れた妹が両親の愛情を一身に受けていても気にならなくなった程。

そうすれば自然と妹に優しくも出来た。 

医師の妻としての勉強と並行して父の商会も手伝う。別々の分野だからこそ違って学びがいがあるし、一方で学んだ事でももう一方で役に立つ知識も多く無駄のない学びに益々意欲的になって行った。

婚約者とは順調に信頼関係を築けていると思う。

時々熱く見つめられると心が落ち着かなくなるが不快感等なく、喜びが心を温める。

物語の様な激しいものではないけれど、私の心は婚約者からの愛で満たされていた。

彼の心も私からの気持ちで満たされていたからか、彼は自分の夢を何度も語って聞かせてくれた。

いずれ隣国に医学を学びに行き、戻ってきたら私と共に国中を周り病に苦しむ人々を助けるのだと。

私も力強く頷き、彼の妻として恥じない人間になる事を彼に誓った。

そして成人を迎えた彼は語った通り隣国へと旅立った。

婚姻の延期と誓約書も事前に話し合っていた為スムーズに話は進んだ。

ただ少しだけ、少しだけ寂しさが胸を叩いたが彼が戻ってきた時誇れる人間になろうと思えば、その寂しさとも上手く折り合いをつけて行ける気がした。

彼が隣国にいる間は商会の仕事の傍ら医学書を読みながら医師の手伝いが出来るように学ぶのを欠かさなかった。

婚約者とはこまめに手紙を贈りあってお互いを慈しんだ。

けれどもそれも1年経ちどんどん手紙の届く間隔が空いていき、ある時から返事は届かなくなった。心配になり何度も何度も送るが返事はない。

それとなく子爵家に呼ばれる度に彼の様子を聞いてみるが変わりはないと言う。

ただ忙しなく学ぶ事に時間を割いている様子が伝わってきたので、忙しさを理由に書く時間が無いのだと自分に言い聞かせた。

3年がたち、婚約者の隣という足場がぐらつき出すと周りの反応が変わってきた。

親しい同性の友人達からあからさまに見下されだした。曰く貴族と婚姻するだろう立場を尊重していたのだと。とうの昔に婚姻を済ませている彼女達とこのまま友人関係を続ける意味も意義も見い出せずそっと距離を取った。

それでも数人変わることなく親しくしてくれる友人がいるからその人達を大切にしよう。

少し心に影がさすと、不安になる。

その不安を払拭する為更に仕事と学びに力を入れた。

年の離れた妹の婚姻について父と母の考えを偶然知ってしまった。

年頃になって好いた人が現れたらどんな家の男でも妹の気持ちがあるなら許そう。

私のように婚約者を決めてしまうと家同士の柵が生まれる。なるべくそうならないように。

私と婚約者との間に柵等、ない。

私達の関係はちゃんと信頼関係があるはずだ。

なのに。なのに。

心に黒い染みを落とされたようだ。

そこからは両親も妹も真っ直ぐ見ることが出来なくなった。

誤魔化すように仕事に打ち込む。

5年が経ち、彼に送る手紙も少なくなり。

私の心から彼がどんどんと色褪せていく。彼の心の中の私も色褪せて消えかけているだろう。

最近、商会に来る異性から声をかけられることが増えた。

立場上無下にもできず、やんわりと断りを口にする。

その態度が悪かったのか、減っていた友人が更に減った。

よく分からない噂が流れては消え、その度に精神も減る。

婚約者との事を柵と言った両親に相談なんかできる訳もなく。

かと言って彼らは妹に付きっきりで私の様子を伺うことも無い。

取引先で商品を売り込んだり、異国の商人に他国の話を聞いてる時ふと思う。

婚姻などせず異国に行き商人として生きる。

そんな事出来る訳が無いけれど、夢を見るぐらい許される事じゃないか、と。

それこそ煩わしい柵を全て捨てて、生きていく。

それはとてもきらきらとして素晴らしい物に思えた。

そしてその夢を追いかける私の背を押す出来事が。

早急にと呼ばれた子爵家の当主からもたらされた婚約者の裏切りの話は、あまり私の心に波を立てることは無かった。

だってもう彼の居場所なんて私の心には無かったのだから。

寝耳に水な様子の子爵からの謝罪を丁寧に受け入れた我が家。

そして両家による話し合いは多額の慰謝料で婚約の白紙と言う結末で結ばれた。

両親も妹もまるで腫れ物の様な私の顔色ばかり伺ってきた。

今更だと何処か遠くで思いながらも、私を長く縛った柵が断ち切れた事の方に心は浮き足立った。

家族はとうの昔に私を縛らないし、親しい友人もこの白紙で居なくなった。最後の鎖の婚約者も居なくなった私は、何処までも自由に飛んでいける。

飛んでいきたい!!!!

そこからは早かった。

子爵家からの慰謝料には手をつけず、貯めていた商会の給金だけを持って、海を渡ったあの国へ行こう。私があの国に憧れを抱いてることなんて誰も知らない。柵のない私を追う人間もいないだろう。

少しずつ準備をして、普段通り仕事をする。

ある程度仕事に区切りをつけてから、出立だ。

そして数日後、私は船に乗っていた。

2週間弱の船旅はとても楽しかった。知らない旅人と話したり、老夫婦にあの国の話を聞いたり、船員に口説かれたり。

自由に様々な人々と触れ合うのは楽しくまた学びにもなった。

船旅を終えて新しい国に足をつける瞬間の感動は一生忘れられない。

最初のひと月ほどは新たな故郷となるこの国を見て回った。

婚約者を思い出さない事は無かったが、新しい出会いが感傷を綺麗に吹き飛ばして行った。

そしてたまたま立ち寄った街で私は人生をかけた出会いを得る。

とある店先で言い合いをしている男性達。剣呑な様子にそろそろ暴力沙汰にでもなるかと思われたその時、1人の女性が颯爽と間に入りみるみる話を纏めていったのだ。

緩急をつけ、けれどけして引かず。

話しぶりは正しく商人。知的な瞳と女性らしさが上手く男達を乗せ、宥め、すかし、利益を取る。

私は今この時に過去を全て捨て去って、新しい自分の目標を見定めた。彼女だ。私の新たなる柵は、選べるならば彼女かいい。

喧騒を収め近くの商会に入っていく彼女にすかさず声をかけた。

貴方と一緒に働くにはどこの商会に行けばいいのか??と。

そうして私が選んだ柵は少し辟易としながらも私を縛る事を許した。

彼女の商会で下積みを積むのは楽しいばかりではなかったが、やりがいと私自身の自己肯定感の底上げに繋がり、より私を商人らしく変えていった。

彼女いわく、私は2人も必要ないんだけどね。

その言葉通り4年で彼女の右腕となった私は、商会と彼女の為と言う名目で新しい商会を私名義で立ち上げその頭に据えられた。

彼女の商人としての名前を更に大きくする為喜んで新しい店に行けば何故か彼女の兄であり国に仕える税務官殿が満面の笑みで待ち構えていて、あれよあれよという間に熱烈に口説かれ外堀を埋められ子供が出来た。この期間は思い出すのも恥ずかしいが彼に翻弄されまくりだった。

他国生まれの私が結婚するには1度あの国に戻る必要がある。

たまたま長く付き合いのある商人が父の知人だった事を思い出し、国に帰る際に家族への言伝を頼んだ。今まで知らない顔をしていた事を詫びたがそれはお互い様だと商人の顔で言われた。

ちょうど忙しさが落ち着く1年後に国に帰ることにした。

彼は離れるのを最後まで嫌がったが義理の妹になる彼女の説得と子供の子守りに陥落し私を見送ってくれた。

また2週間船旅をしたが特に郷愁に駆られることも無く遠方に商いに行くのと変わらない心持ちで居られることに、喜びを感じていた。

早く済ませて愛する彼と子供、送り出してくれた義妹の元に帰ろう。

うっかり船上でも商売をしながら、無事に船旅は終わりまずは役場に行き国の戸籍から私の存在を抹消する。そうすれば新しい国の申請書が貰える。

それを持って多分伴侶に渡せば全て恙無く処理してくれるだろう。なんと言っても国に仕えてる文官だから。

手続きは思いのほか早く終わって少しだけ街の店の商品を流し見してから、6年ぶりの懐かしいはずの商会の前に立った。

活気はウチの商会の方が勝ってるな。

まぁ年季と信頼度はこちらの方が上だが。

隅から隅まで商売人として見てしまうのはもう癖みたいなものだ。

見知った顔もチラホラ。けれどあちらは気がついていない。一応知った顔に声をかけ商会長に渡りをつけた。気が付かれないのを嬉しく感じるのは何故だろうね?

通された応接室で初めて名前を明かすと商会長である父は目を開いて驚いていた。

歳を取り衰え出した商人とこれから脂の乗り出す商人。華やかさを意図して親しみを出す為握手を両手でガッチリと。

商談では無いはずの、でも何よりも大事な私という商品の商談である。

しくじる訳には行かない。

父は急ぎ母と妹を呼んだようだ。2人が来る前に飲み物と軽食が振る舞われた。茶葉は1級品だ。舐められてはいない。目の前の商人の表情は忙しない。流石にこの焼き菓子は懐かしさを感じる。

前哨戦はまずまずかな。予告はしていたけれど不意打ちのように来たのは成功だった。

母と妹も揃い6年ぶりの再会。

妹は子供っぽさがないけれど面影のある女性に。

母はやはり年月を感じさせた。

そして母からは熱い抱擁の涙を頂いた。こんな人だったかな。仕事で接した時間の多い父より母の印象は少なく浅い。まぁ貴族女性らしくはあるが。

妹は喜びよりも複雑さが手に取るように分かる表情で明らかに商会では働いてないことがわかる。

商人には向いてないのは昔からか。

そんな妹は昔のまま純粋に鈍感に何故居なくなったのかを聞いてきた。

実際、喜び勇んで出ていったと言うのは簡単だが、もうどうせ二度と戻るつもりも無いのだし商人らしく私の利益が損なわれないように上手く話さなければ、ね。

だから心の奥底にしまっていて忘れられた感傷ごと相手にぶつける。今やそんな事微塵も思ってないけれど、まだこの国にいてがむしゃらだった頃の私に、今の私が報いてもバチは当たらないだろう。

実際本当に居場所なんかなかったし作る気もあまり無かったのだから、しょうがない事だったんだけど。むしろ必要とされなかった事であの国に行けたんだから結果黒字も黒字なんだけれど。

本当に捨て去るのは、あの国に帰ってあの人と結婚してからなんだけどその辺は言わぬが花。

それよりも!!!

ここからはジメジメした話じゃなくちょっとした自慢話よ!!

義妹との出会いから今や商会を立ち上げるまでを簡潔かつ耳触りのいい言葉で喋る。

捨てた云々の話からずっと顔色が悪いけれどそんな気にする必要も無いのにね。

独壇場のように1人喋り続けていたら急に扉が開いた。

流石に少し驚いて顔に出そうだったけれど、動揺を立ち上がる仕草で誤魔化して懐かしい友に会ったように大きな仕草で進んで手を握った。

私も歳をとったけれど元婚約者の彼もまた歳をとったんだね。握った感じでは手は荒れ少し消毒液の香りがするから医師は続けているのだろう。

18歳で隣国に見送ってからほぼ同じ年月ぶりの再会だ。

お互いに面影しか分からないだろうけど。

彼の家族の話の前に軽く私の家族の話をする。先手必勝で私の流れを作り出す。とか何とか考えながら、ただただ愛する彼らを自慢したいだけだったりするんだけど。

よくわからない戸惑いが元婚約者から伝わってくるが彼の家族や子供の話は聞いてはいけないことだったのだろうか??

流石に元婚約者の情報も6年前から更新されてないから私にはこの状況がよくわからないけれど。

よくよく聞いてみればなんともお粗末な話だった。

子爵家に長年勤めてた使用人が主人を謀るなんて極刑ものじゃなかろうか。

これが今の伴侶の話なら仕える王を謀るって事で私も義妹も子供すら胴と首が離れるだけじゃ済まないだろう。それは困る。

縋るように見られる意味も理解したくないし。

よし。この国の柵は相変わらず私にとっては煩わしいだけだね。

私の気持ち的にこの商談は成功してる手応えだし、さっさと集られる前に帰りましょうか!!

元婚約者にはこれからいい事あるよ!!

って軽くフォローして父と母と妹には社交辞令的な挨拶と仕事の口上を述べてお暇請い。

引き止める言葉を吐かせることなく、終始私のペースで古い商会を後にした。

この国と商売するにしろ私は足を踏み入れず信頼する部下に任せちゃおってな事を考えながら予約してた帰りの船に乗って帰路に付く。

1級品の茶葉とあの国に受けそうな雑貨や食べ物をさりげなく積み込んで。

およそひと月ぶりに帰ってきた港には行く前より慣れた手つきで子供を抱える彼が今か今かと船を待っていたのでした。

私の居場所であり愛する柵は満面の笑みでおかえりって言って抱きしめてくれた。

私は私として最高の笑顔でただいま!!





そんな私のしあわせのはなし。







それから数ヶ月後、やっと捨てれると思って過去の事を洗いざらい話した私の、気持ちごと恩やら柵やら捨てに行くと言う彼に更に愛を感じてしまうのでした。








おわり


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公に感情移入できました。 (僕は男性ですが(笑)) [気になる点] これを基に、新しい小説書けそうだと思いました。 [一言] 面白かったです。 スイスイと読めました。 次回作も頑…
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